教員 Pick Up 一覧
2015/02/02
現場に行くことから始まる
体感の社会福祉学
専修大学人間科学部 馬場 純子 教授
今回は、人間科学部で「ケアの社会学」や社会福祉論を教える馬場純子教授をご紹介。認知症という言葉も介護保険もなかった頃から高齢者ケアの確立に取り組み、自身も家族を在宅介護しながら研究員や教員を務めてきた。ケアと共に歩んできた同教授に、研究遍歴や教育への取り組みを聞いた。
ケアのあるべき姿を模索し続けて数十年
馬場教授(前列左から2番目)とゼミ生
今の日本の課題を語るとき、高齢社会、認知症、介護といったキーワードは欠かせない。こうした課題は今でこそ注目を集めているが、馬場教授が研究を始めた1980年代中頃の日本には、介護保険はもちろん認知症やケアマネジメントという言葉も使われていなかった。しかし教授は、こうした黎明期から一貫してケアのあるべき姿を模索。研究や著書を通して、日本の高齢者支援の発展に貢献してきた。
「専門は社会福祉で、特に在宅介護を受けている高齢者の支援や認知症のケアを中心に研究してきました。本当は、大学院時代に東京都足立区にある「家庭福祉センター」の学童保育で2年間実習したこともあり、学童を通してその近隣の低所得層の人々の暮らしを知ることになり、高齢者だけでなく障害者や子どもも含めた何らかの支援を必要とする方々へのケア全般を研究したかったのですが、今後の社会を考えたら高齢者支援は急務。これは誰かがやらなければならないと思いました。また、大学卒業後に紹介された勤務先が東京都老人総合研究所だったので。この分野を目指したと言うよりは、自然とその方向へ導かれたというのが本当のところですね(笑)」
教授はそう笑うが、この分野への熱意は並大抵ではない。同研究所では認知症や寝たきりの人を在宅介護する家庭を戸別訪問し、介護家族の負担を調査。その後教授は大学の博士課程で在宅介護の方法について学び、神奈川県の委託研究で認知症の方々の在宅介護方法の開発研究に携わった。ここでも各家庭を回って在宅介護の更なる工夫のために調査研究を行い、その結果を『痴呆性高齢者の在宅介護』という本にまとめている。時は平成の始め、まだ痴呆やボケという言葉が普通に使われて、認知症という言葉がなかった頃だ。
「その後、高齢者に対するケアマネジメントを研究するようになり、この分野の先進国であるイギリスの手法を日本に取り入れようと研究を模索奮闘しました。研究結果は2000年にスタートした介護保険の仕組みに生かされたほか、介護支援専門員の研修やケアプランのモデルづくりにも取り組むことになりました。挫折や苦労もありましたが、この経験がさらに研究を深めるきっかけにもなっています」
学生に「まず現場の空気を吸ってらっしゃい」
介護保険の誕生に関わったことで、さらなる課題に気づいた教授。しかも夫の両親や自分の母を在宅介護していたため、途中から介護保険の利用者にもなった。研究者であり介護当事者、そして仕事を持つ女性──。さまざまな立場を経験しているからこそ、「日本の介護保険にはまだ解決すべき点が多い」と語る。
「それでも研究を始めた当時に比べれば、高齢者支援や介護に関する社会の認知度はかなり高まりました。介護保険制度導入により企業等の民間活力が参入することになり、ある程度は予測していたものの、ここまで普及するとは予想していなかったので、高齢者介護について認知度があがったことはとてもうれしいですね。ただ、その一方でこの分野は知識だけでなく現場を知ることが重要なので、学生にも現場に足を運ぶようにと言っています」
馬場教授の指導は徹底した現場主義。ゼミだけでなく講義にもフィールドワークがあり、学生は社会福祉施設などの社会福祉の現場に行ってレポートを提出することが求められる。また「社会調査実習」という授業では、学生が長野県の福祉施設に泊まり込み、入居者との交流や職員へのインタビューや参与観察を体験。各自のテーマに沿って調査分析を行い、その結果を報告書にまとめるまでの一連の社会調査方法について学んでいる。つまり社会の現実を知る方法としての社会調査について、現場に身を置いて学ぶのである。
「学生には常々、社会福祉は机上だけではわからないから、現場の空気を吸って匂いを感じてらっしゃいと言っています。卒論の時期にも『自分の足で情報収集してこないと書けないわよ!』ってワーワー言っていますよ(笑)。学生は大変がっていますが、なかには行った地域の福祉政策に興味を持ち、地域研究に進んだ子もいます。社会福祉は、本当に現場を見ないと何も始まらないと思っています。」
常識に頼らず、自分の頭で考えて行動を
認知症の当事者や介護家族になる可能性は誰にでもある。そのとき必要になるのは、確かなケアと介護への支援だ。教授はこの点にも目を向けており、今後は介護職員の資質を高めるため、すなわちケアマネジメントの質を高める教育や研修、業務環境、介護家族を含めたケアマネジメントの手法を追求していくつもりだという。
「最近は、子どもが親の介護をするために仕事を辞めざるを得ないケースや老老介護が増えています。本来ケアマネジメントとは、福祉や医療などのサービスとそれを必要とする人をつなぐ、支援のサービス提供方法の一つのこと。助けを必要としているのは本人も家族も同じですから、皆が十分なサービスを受けられる仕組みを作らなければ。また、そのサービスを提供する介護支援専門員の資質も重要です。本人や家族が安心して依頼できるような人材を、もっと増やしていきたいですね」
教授はよく笑い、よくしゃべり、自分の考えをざっくばらんに語ってくれる。社会福祉学もケアマネジメント論も、教授の口から説明されるとごく身近な話題に思えてくるから不思議だ。ゼミはアットホームな雰囲気で、学生同士もとても仲が良いそうだが、それも教授の親しみやすい人柄のおかげかもしれない。
「学生には、常識や人に頼るのではなく、自分の頭で考えて判断し、行動できる人になってほしいですね。そのためには、それなりの知識を身につけなければなりませんが、大学はそれができるところ。よく学び、よく遊び、多くの人々と出会い、現場を体験し、たくさんの刺激を受けて、自分なりの道を見つけてもらえればと願っています」
馬場 純子(ばば・じゅんこ)
東京都出身。日本女子大学大学院人間社会研究科博士課程単位取得満期退学。社会学修士。東京都老人総合研究所の社会福祉部門で客員研究員を務めたのち、田園調布学園大学人間福祉学部専任講師、日本女子大学人間社会学部非常勤講師などを経て2006年より現職。当初から社会福祉、介護保険、ケアマネジメント、介護、高齢者などについて研究を続けている。主な著書に『痴呆性高齢者の在宅介護─その基礎知識と社会的介護への連携─』(一橋出版)など。
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