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多様な視点と深い専門性が
新しい科学をつくる力となる

松尾 由賀利さん松尾 由賀利さん

一つの原理から様々な現象を説明する物理学の美しさに惹かれた

田中 法政大学を見ていても、理系学部に進学する女子学生はまだまだ少ないと感じています。実は、私は高校生の頃は星の観察が好きで、将来は理系も進路の一つとして考えていたことがありました。女性でも宇宙や生物、数学を好きになる時期はありますよね。私は結局文章を書く方面へ進みましたが、松尾先生はご自身の進路をどのように決められましたか。

松尾 私も歴史に興味があって、理系と文系で迷った時期がありました。でも、最終的に理系を選びました。当時は女性が理系に進んでも仕事があるか分からない時代でした。しかし、ちょうどコンピュータの黎明期でしたので「これから時代は変わる」という自分の勘に従い進学しました。大学で物理を学ぶうちに、一つの原理から様々な現象を説明できる美しさに惹かれていきました。高校までは物理よりも数学の方が好きだったのですが、高校で数学が好きな人は大学では物理が好きになる傾向にあると後に知り、とても納得がいきました。

田中 文系と理系は、実際一人の人間の頭の中で、はっきり分かれているわけではないところがあります。文理融合、つまり文系理系を分けることをやめる動きも最近多くなっていますが、その点どう思われますか?

松尾 どちらに進むにしても両方の素養を身につけておいた方がいいですし、学問としてのアプローチも根本的なところでは繋がっていると思います。双方が参考し合いながら発展していけばいいですよね。私の在籍している理工学部の創生科学科では、文理融合を「理系ジェネラリスト」という言葉で表現しています。私の考える、このジェネラリストは決して広く浅くということではなく、理系の基礎と幅広い分野の知識や教養を習得した上で、専門的な学問を深めることにより実力を身に着けた人です。

田中 それは是非高校生に知ってほしいコンセプトですね。社会からも大学に対して文理融合が要請されていますが、昔のように1、2年で教養科目をやればいいわけというわけではありません。今の学生は好奇心が強く、すぐにでも専門の研究を始めたいという意識が高い学生も増えていますが、専門を深めていく過程でどこかで必ず別の分野に目が開かれる時がくる。その時に、自分の専門の中に多様な視点を持てることが大切なのです。
私自身も文学部で文学を学んでいたら言語学を深めたいと思った時期がありました。言語学は音韻学の領域まで行くと理系になるので、ここまでくると文系も理系も同じなんだということがよくわかりました。学生自身がそういうことに気づくことが大切で、ただ単にいろいろな科目を用意していても意味がありません。法政大学では学生一人ひとりのこうした気づきを応援しようと、一定の成績をクリアした学生には他学部の科目を履修できる「オープン科目」という制度を用意しています。

松尾 「オープン科目」はとても良い制度ですね。多様な視点を獲得することと、自分の興味がある専門を深めてみることの両方が大切です。ある分野を深めた経験をしたことがある人であれば、別の分野でも同じことができるものです。

とにかく全力でやってみると道が拓けて行く

田中 先生は、博士課程修了後は企業には入らず研究者の道を選ばれました。

松尾 企業への就職も考えなかったわけではありませんでしたが、一度は海外での研究生活を経験してみたいと思ったのです。理系の世界では英語で論文を書いて世界に向けて発信するのがスタンダードですが、日本人にとっては英語力が壁になってしまう。私もそこに苦手意識を持っていましたので、早いうちに乗り越えられたらと思ったのです。当時から欧米では任期制の研究職があり、ミシガン州立大学に一年半、マックスプランク研究所に一年在籍しました。

田中 その後、理化学研究所を経て大学に移られました。大学では学生に指導する立場になりますが、初めは戸惑いがありませんでしたか。

松尾 理化学研究所在籍中から実質的に学生の指導はしていましたので研究指導にはあまり違和感はありませんでしたが、多くの講義科目を持つようになったので最初は大変でした。ですが、学生に伝えようと準備をすることで、逆に自分自身の理解も深まったと感じています。

田中 最近は理系でも、博士課程に進まずに就職する学生が多いそうですが、もったいない気もします。

松尾 できることなら博士課程の学位も取得してほしいと思っています。特に物理学は理系のベースになるので、さまざま分野で応用がききます。情報系など別分野に転じる方も多く、実は多方面で活躍できる可能性があることは伝えていきたいです。

田中 人文科学では一つの分野を掘り下げるのが学者として偉いという雰囲気があります。私はどんどん横断してしまっていますが、理系ではどうですか。

松尾 ケースバイケースですが、実は物理学の分野も、なかなか細分化されているのが現状です。ただ、分野融合的な視点はこれからますます必要だという議論はよく行われていますし、ある分野で行き詰まった時に別の分野の手法を適応したら新しい展開が拓けることがあるという感覚は共有できています。

田中 現在の研究内容について教えてください。

松尾 私はレーザーを専門にしています。最初は見た目がきれいだからという動機で興味を持ったのですが、レーザーにはいろいろな可能性があることが面白いのです。例えばレーザー光をミクロな原子や分子に照射してそこから出る光を見ることで相手方の性質を詳細に調べることができます。また、原子は原子核と電子とできていますが、レーザーを使うと原子の中の原子核の情報もわかります。ほかにも、レーザーを金属の小さい領域に照射して、原子が気化する現象を利用すれば、物質の調査や加工などにも活用できます。レーザーという先端技術を軸にして、物理学のさまざまな分野に関わることができ、ある意味、分野横断的な研究を楽しませてもらっています。

田中 SF映画などを見ていると、レーザー光線が剣になっていたりしますが、あれはありうるのですか(笑)

松尾 レーザー光線は、空気中にチリなどが散乱していないと見えません。ですから、残念ながら宇宙空間ではありえない現象なんです(笑)

多様性が今まで見えなかったものを見せてくれる

田中 日本では理系の女性研究者がなぜ増えないのでしょうか。研究者はどんなに長時間やっても労働している感覚はない人が多いと思います。実験に次ぐ実験の日々でプライベートな時間が持てないとも聞きますが、それは事実ですか。

松尾 確かにそういう面もありますが、そこだけがネックではないと思います。メンターとしての指導教員の励ましや、社会のサポートも重要だと思います。

田中 ジェンダーサミット(http://www.jst.go.jp/diversity/gender-summit/index.html)に関わられているそうですね。

松尾 日本でのフォローアップを行う委員会に毎年参加しています。性差があることがむしろ科学を変えていくことを様々な視点から考える会合です。例えば、薬の開発には雄のラットが使われているので、そこで開発された薬はもしかしたら人類の半分しか効かないかもしれない、というのが象徴的な話と言われています。こんな風に視点が変われば新しいイノベーションが生まれることがたくさんあります。ダイバーシティ、インクルージョンにつながる視点です。

田中 視点の違いが多様性をもたらし、多様性が今まで見えなかったものを見せてくれる。すると、違う角度からアプローチできる。だとしたら、女性がもっと入っていって違う視点から見ていくことは必要ですよね。ただ、現状では女性が少ない分、役職などでの負担が多くて大変とも聞いています。

松尾 感覚的には同世代の男性研究者の5倍くらい多い気がします。でも、次世代ではもっと多くの女性研究者が活躍されることを信じて、少しでも繋ぎ役になれればという気持ちです。役職につくことで、様々な視点や見識を備えている方と接することで学べることも多いですし、行ってみなければわからない世界は絶対にあります。一つのチャンスだと思って、若い方達にもこうした機会をポジティブに活用してほしいと思います。

田中 日本は、世界的に見て女性研究者が少ないのでしょうか。

松尾 OECD等のデータが示すように、とても少ないと断言できます。中でも理系の女性研究者が少ないです。また、私の印象では多くの学生の教育を担う私立大学の理系で女性教員が少ないように思います。若い世代の女子学生に理系という入り口を選んでもらうためにも、もっと女性教員が増えることを願っています。

田中 日本にも闊達で優秀な女子学生が多いのに、決断できない現状があるのはとても残念です。

松尾 医薬系は将来が見えやすく親御さんも後押しするため優秀な女子学生が進学する一方、物理、工学系では女子の割合が非常に低い。物理、工学系は女性の進路としてネガティブな印象を持たれる方がまだ多いのかもしれません。物理系も「かっこいい」「素敵」と思ってもらえるようになれば良いのですが。私は20年もあればきっと変えられると思っています。今の高校生はデジタルネイティブ世代ですので、きっと男女関係なく憧れや面白さを感じてくれる子は多いはずだと思います。

田中 休日にはマラソンやゴルフをやられるとか。身体を動かすことと頭を動かすことはつながっていますよね。健康でないと頭は回らないですから。

松尾 そう思います。身体を動かすと、日頃悩んでいることから一度切り離されてある種の非日常になる。その時間は目の前の足をどうやって動かそうとか、へんなところに飛んでしまったボールをどうにかしようということに集中する。その後、日常に戻ってみると別の発想ができるようになっているんです。

田中 私も原稿に行き詰まると、歩いたり走ったりします。すると必ず新しいアイデアが出てくるんです。切り離されていると思っていることが本当は一人の人間の中で融合されていたり、つながっていたり、流動していたりする。

松尾 まさにその通りだと思います。研究分野が違っても共通する部分は多いと思います。

田中 そのうち是非歴史の話もしましょう。今日はありがとうございました。


法政大学理工学部教授 松尾 由賀利(まつお ゆかり)

1957年福岡県生まれ。1982年東京大学理学部物理学科卒。1987年同大大学院理学系研究科博士課程修了、理学博士。専門はレーザー分光とアブレーション。ミシガン州立大学、マックスプランク量子光学研究所博士研究員を経て、1990年理化学研究所研究員。2007年大阪大学招へい教授兼任、2008年東京工業大学連携教授兼任の後、2013年より現職。23・24期日本学術会議第三部会員。応用物理学会女性研究者研究業績・人材育成賞(小舘香椎子賞) 研究業績部門等受賞。

法政大学総長 田中 優子(たなか ゆうこ)

1952年神奈川県生まれ。1974年法政大学文学部卒業。同大大学院人文科学研究科修士課程修了後、同大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。2014年4月より法政大学総長に就任。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。行政改革審議会委員、国土交通省審議会委員、文部科学省学術審議会委員を歴任。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事など、学外活動も多く、TV・ラジオなどの出演も多数。