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生徒も教員も当事者意識を──「学校教育」こそ「社会」をアップデートする唯一の方法

工藤 勇一さん工藤 勇一さん

学校教育が変わらなければ社会は変わらない

廣瀬 本日は、横浜創英中学・高等学校校長で、前任校である東京都千代田区立麹町中学校での取り組みが話題となった工藤勇一先生をお迎えしました。
それまで学校で「あたりまえ」とされてきた担任制や定期テストの廃止など、多くの改革がメディアに取り上げられ、世間に知られることになりました。このような大胆な改革にあたり、学校を取り巻く様々なステークホルダーを一律に納得させることは容易ではなかったと思います。それらの改革の裏にあった様々な戦略や知恵、そして真の狙いを伺えればと思います。

工藤 教育に携わって約40年になりますが、この間、変わらず思っていることは「社会をアップデートする唯一の方法は学校教育にある」ということです。ヨーロッパなどの国々が確実に社会をアップデートできているのは、学校教育が常に少し先の未来を見据え、それを示し実践してきたからにほかなりません。しかし、日本の教育は社会の先を行っているとは、とても思えません。残念ながら、むしろ社会から取り残されているのが実態です。教員たちは社会をアップデートするために先頭に立つべき当事者であることを忘れ、学校教育がうまくいかない原因は社会の仕組みや家庭教育にあると、不満ばかり述べているように感じます。私は長年学校現場を歩いてきましたが、ますます「学校教育が変わらなければ社会は変わらない」と確信しています。

廣瀬 私は政治学の一分野である行政学が専門で、国民と政府、住民と自治体の関係について研究してきました。いま人々は、所属している組織や、政府、自治体の行政が提供してくれる環境や公共サービスについて、消費者的な感覚しかもたない傾向が強くなっているように感じます。たとえば政府や自治体に対して、納税や選挙によって出資し、経営責任者を選んでいるのが国民、住民なのだから、企業でいえば株主の立場にあります。経営の結果が自分に降りかかってくる当事者に他なりません。消費者意識しかないと、自分が望む公共サービスが安く提供して貰えればそれでよくて、どのようにしてそれが実現できるのかは自分ごとではなくなってしまう。でも、株を手放してオーナーの立場を離れられる株主と違って、国民、住民という立場は離脱することができません。「お客さん」の立場だけでは済まないのです。政府や地域社会を動かしていく当事者としての感覚を取り戻していくことが、社会全体の重大な課題になっていると感じています。工藤先生が学校現場で感じていらっしゃった問題と共通するように思います。

工藤 私は教育委員会にも10年ほど在籍していました。最初に東京都の教育委員会で教育行政のイロハを学び、次にもっと現場に近いところに行きたいという希望を出し、目黒区の教育委員会に異動しました。そこでは指導主事として目黒区議会にも出席していました。議会では、学校現場が抱える諸問題について取り上げられるのですが、その説明責任を果たすために、例えばスクールカウンセラーを配置するなど、目に見えて分かりやすいサービスを学校で提供するわけです。ところが、廣瀬先生が先ほど言われたように、そうしたサービスを提供すればするほど、その中から消費者は不満を持ち、さらに良いサービスを求めるようになります。その結果、やることは増えるばかりで労働環境は悪化します。この例は一般社会のどこも同じ構造になっていて、労働環境の悪化は賃金が一向に上がらないことにもつながっています。社会全体がサービス産業化してしまった原因は、元を辿れば学校教育にあると考えます。本来、学校において主体者は学習者です。子ども一人一人が、社会の当事者であると意識させる教育が行われるよう、構造を一から変えていきたいというのが私の狙いです。

最上位の「目的」を達成する「手段」をみんなで考え実践する

廣瀬 工藤先生の著書を読ませていただいて、私がこれまで出会ってきた地方議会改革のリーダーたちのコミュニケーションスタイルや、説得、戦略に通じるものがあり、「みんなが合意できる当たり前の目的」をしっかり共有した上で、今まさに目の前の子どもたちがよりよく生きていくことを主眼に置いた教育をしていくための改革を順次具体化されていっているのだと感じました。

工藤 ありがとうございます。教壇に立った当初は、とにかく学校を変えるための答えをずっと探してきました。一時期はトップダウンで変えることができるかもしれないと考えていましたが、多くのステークホルダーを前にそれは無理だと気づきました。それよりも現場から横展開で浸透させていく方が近道ではないかと考えるようになったのですが、どうやって現場で始めればいいのか悩んでいました。40歳を少し過ぎたとき、その難解な方程式が解けるかもしれないと直感した考え方に出会いました。それは、岡本薫さんという元官僚の方が示した、物事に関する「目的と手段」という考えです。つまり、まずは上位にある目的まで追求すればいいということ。そしてその最上位の目的や目標に全員が同意さえすれば、あとはそれを解決するための手段を探していけばいいのです。そのためには、どこかの学校で校長になり実践してみたいと考え、それを実現したのが麹町中学校でした。

廣瀬 なるほど。まずは目的を徹底的に共有化するのですね。一方で公立学校の場合は教育理念や目的に同意した保護者のお子さんが集まる私立学校と異なり、学校の周辺地域に住む該当の年齢のお子さんをみんな迎えるという条件のもとで、全体としての成果を最大限にあげていかなければなりません。相当苦労されたのではないでしょうか。

工藤 千代田区には8つの小学校がありますが、多くの子どもが私立中学を受験します。そのため麹町中には第一希望で入ってくる子どもの割合が少なく、受験に失敗した状態で入学してくるケースも多くあります。そのため学校にうまく適応できず、不登校になる子も一定数いました。また、教育熱心な家庭が多いだけに保護者が求める要求も高いものでした。そんな中、まずは不満だけを吐露している仕組みを変えるため、夏休み前に全教員を集め、学校現場に対する不満をすべて出し切ってもらいました。そして、それらをカテゴリー分けし、現場に対して自ら改善してもらうスタイルにしたのです。自分たちで課題を出し、自分たちで解決した結果、着実に学校が良くなっているという実感を得るうちに、徐々に自律型の学校組織へと変わっていきました。しかし一番大変だったのは、子どもたちを自律型に変えることでした。

廣瀬 それは画期的な取り組みですね!子どもたちを自律型に変えていくためには具体的にどのように取り組まれたのですか?

工藤 麹町中では、学校の最上位の目標を「自律と尊重」と定めました。「自律」は主体的に自分で考えて行動しているか。「尊重」は違いを理解して他者を尊重しているか。そのため、常に学校生活における様々な場面で、この目標を妨げるような行動や活動がないかをテーマに話し合い、生徒も教員も、そして保護者も同じ目標のために改善を行いました。そうした話し合いに子どもたち自身が参加することで、次第に当事者意識が高まっていきます。ここで根付いた意識は、その後も簡単にはブレないでしょう。

教育の場をオープンにすることで学校以外にも目を向け、当事者意識を養う

廣瀬 現在は私立の中高一貫校で校長として新たな教育改革に取り組んでおられるようですね。

工藤 現在力をいれているのは、学校の外にある世の中を見る目を養わせていくことです。積極的に学校を社会に開き、外部の方々と一緒に教育を進めています。教育は実学でなくてはならないという思いから、この4月から開講したサイエンスコースでは、中一から高二まで、様々な分野のスペシャリストと授業を進めていきます。講師から自分自身が生きてきて直面した社会課題をいかに解決してきたかという体験談を共有するなかで、生徒たちが興味関心のあるテーマを自ら見つけ、5年間にわたり研究をしてもらいます。まさに社会の当事者となり、研究の過程で行政や企業とも連携して解決策を探っていくなかで、自律型の生徒の育成を目指します。また教員にとっても、既存の学校の価値観ではなく、世の中はこんな風に動いていて、こんな風に変えていけるんだという気づきを与えることで、自律型の学校づくりへとつながっていくと考えています。

廣瀬 とても興味深い取り組みです。自分自身でテーマを見つけることで、みんなが課題に対する当事者となって学んでいくことができるのですね。

工藤 これからは、大学との連携にも力を入れていきたいと考えています。今、カリキュラムに余裕を持たせ、高三になったら午後からは協定を締結した大学の講義を受講したり、大学生と高校生が一緒に参加できるプログラムを夏休みに行ったりといったPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)も考えています。ぜひ法政大学とも連携できればと思っています。

廣瀬 それはいい取り組みですね。そうした学びを経験した生徒が大学に入学してくれると、周りの学生にとっても刺激になると思います。学校や塾などで受験に必要な科目だけにしぼって点数を上げることだけのトレーニングをしていると、入学後にはもうあんなトレーニングはしたくないと、学ぶ意欲を失ってしまう学生がいますが、そうした学生を再生産してはいけないと思っています。

工藤 スポーツでも同じことが言えるようです。法政大学のOBでもある為末大さんとの対談で伺ったのですが、日本のアスリートは高校までは練習量が多いため、どんな分野でも世界レベルまで到達するそうですが、大人になると世界のライバルたちからどんどん離されていくそうです。自分の意志を持たず、コーチの言うことを鵜吞みにし...なぜ「なんのためにやるのか」という疑問すら抱かない。これも日本の教育の弊害だと考えています。

廣瀬 確かに「なんのためにやるのか」という意識を持ち続けることは重要だと思います。コロナ禍は、私たち大学教員にとってもこれまでの大学の講義の在り方を見直す大きなきっかけとなりました。オンライン授業がメインとなるなかで、何が実現できていれば授業ができたといえるのか、改めて自分に問いかけるように授業を構築し直した結果、学生自身が様々な工夫を行い、自ら学ぶようになり、良いレポートが提出されるなどの成果があった一方で、仲間と一緒に対面でフィールドに出る貴重さも改めて認識しました。また、ある程度対面授業が再開できるようになった時点では、せっかく教室に集まったのに、従来と全く同じやり方やオンラインと変わらない授業をしていたのではもったいないという感覚に多くの教員が目覚めたと思います。従来、当たり前の前提としていたことが、いったん白紙に戻ってしまったからこそ、大学の授業というのは何が目的なのかを問い直せた。その結果、教室で授業ができるようになっても、単に元に戻るのではなく、新しい教育活動への展望が求められていることを実感しました。

工藤 これからは昔のモデルは通用しないと考えなければなりません。忍耐や協力し合うことが役に立たないとは言いませんが、こうしたことが苦手な人も世の中で活躍しているケースを見せていくべきです。実際、発達に特性があったり、自分のこだわりに固執したりする人がうまく周りとコラボして新たなアイデアや革新を生んでいます。こうしたとがった人間をどう育てていけるか。様々な個性を持った子どもが入学し、個性や能力を伸ばして卒業できる仕組みをつくれるよう、学校改革を続けたいと思います。

廣瀬 お話を伺っていて、常に「最上位の目標は何かという」ということを見据え、その目標をみんなで共有し、目標に向けた手段をみんなで考え、1つひとつ進めていくという一貫した改革は、横展開しやすいのではないかと思いました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

工藤 改革についての考え方はすでに言語化してきたつもりなので、今後、他の学校や行政などでも横展開していただければと良いと思います。ありがとうございました。


横浜創英中学高等学校 校長 工藤 勇一(くどう ゆういち)

1960年山形県生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒業。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長を経て2014年千代田区立麹町中学校校長。20年4月から現職。内閣官房教育再生実行会議委員。著書に『学校の「当たり前」をやめた。―生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革―』(時事通信社)、『麹町中学校の型破り校長 非常識な教え』(SB新書)、『麹町中校長が教える 子どもが生きる力をつけるために親ができること』(かんき出版)ほか多数ある。

法政大学総長 廣瀬 克哉(ひろせ かつや)

1958年奈良県生まれ。1981年東京大学法学部卒業。同大大学院法学政治学研究科修士課程修了後、1987年同大大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学、同年法学博士学位取得。1987年法政大学法学部助教授、1995年同教授、2014年より法政大学常務理事(2017年より副学長兼務)、2021年4月より総長。専門は行政学・公共政策学・地方自治。複数の自治体で情報公開条例・自治基本条例・議会基本条例などの制定を支援の他、情報公開審査会委員などを歴任。


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