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自由で柔軟な発想を持って 自分の選択肢を広げる

伊藤 章子さん伊藤 章子さん

法政大学は「人生を変えてくれた大学」

廣瀬 本日は税理士・会計士として活躍されている卒業生の伊藤章子さんをお迎えしました。大学時代からこれまでにどのようなキャリアを選択されてきたかといったことを中心にお話を伺っていきたいと思います。まず、法政大学法学部に入学された経緯からお願いできますか。

伊藤 私は大阪出身で、法政大学へは指定校推薦で入学しました。高校時代は警察官を目指していたため、法学部を選びました。

廣瀬 今のご職業とは全く違いますね。

伊藤 会計事務所に勤務していた母親は、私に税理士になってほしいと考えていたようで、強いタテ社会である警察官には性格的に向いていないと猛反対されました。私は正義感が強い方でしたが、思っているような正義よりもっと泥臭い世界であると聞かされ、資格を取って一人でやれる仕事の方が自分には向いているかなと思い、簿記3級の勉強を始めてみたら意外に楽しく、大学2年生の時から専門学校にも通って税理士の勉強も始めました。その後3年生で荒谷裕子先生の会社法のゼミに入りました。荒谷先生はちょうど公認会計士試験の会社法の試験委員を務めていたのですが、荒谷先生から「会計士の方が今ゼミで学んでいる会社法を活かせるのでは?」と助言いただき、税理士に並行して会計士も目指すことにしました。

廣瀬 考えてみれば、警察官と会計士の役割はある種通じていますよね。

伊藤 「ダメなことはダメ」と言うことが必要とされる点で私もつながっていると思います。

廣瀬 どんな大学生活でしたか。

伊藤 私はサークルなどには参加せずに勉強ばかりしていました。法政は本当に勉強したい人が学べる環境が整っていて、図書館も利用しやすかったですし、勉強する人同士が自然に繋がれる大学でした。大学生活で最も印象に残っているのはゼミです。模擬裁判に真剣に取り組んだり、熱心に議論をしたり、答えがないことを考え続ける貴重な場でした。実際、社会に出ると答えのないことばかりですので、大学で鍛えた思考力が役立ちました。その意味でも、法政は私にとっては人生を変えてくれた大学だったと思います。会計士や税理士の世界では法学部出身者は少ない分、法政で学んだ民法や会社法の知識やゼミで役員の責任、株主保護の観点等の企業法務をみっちり議論し、鍛えられたことが自分の強みとなっています。今でも荒谷ゼミのOB・OGが集まる機会には、企業の法務や法曹の世界で活躍している人たちから刺激をもらっています。恩師である荒谷先生は今でもメンターのような存在で、迷った時には相談できる師弟関係が続いていることは本当にありがたいと思っています。

2024年3月に開催された荒谷ゼミOB・OG会での集合写真

廣瀬 卒業後すぐに大学院に進まれたのですか。

伊藤 はい。京都産業大学の大学院法学研究科に進学しました。公認会計士試験の合格を目指す傍ら、税理士試験の合格も目指していたので、税法に関する修士論文を書くことで税理士試験の税法科目2科目の免除申請ができる大学院を選びました。税理士試験は会計科目2科目と税法科目3科目の計5科目に合格する必要があるのですが、大学時代に会計科目2科目に合格していたので、大学院在学中に税理士試験の税法1科目、さらに公認会計士試験の合格を目指して勉強しようと思いました。大学院では税理士試験のためのカリキュラムや論文指導もあり、無事に税法に関する修士論文を書き上げ、大学院修了後すぐに税理士試験の税法1科目、公認会計士試験の両方に合格することができました。

クライアントに深く入り込む仕事がしたい

廣瀬 最初は日本有数の大手監査法人に入られました。大手と個人の会計士事務所とでは仕事内容は違いますか。また、会計監査とコンサルティングの領域はどんなふうになっているのでしょうか。

伊藤 関西の監査法人は採用数が少なかったので、もう一度東京で修行する気持ちで新日本監査法人(現 EY新日本有限責任監査法人)に入所しました。今は1,500人ぐらいの公認会計士合格者のうち1,000人以上が大手監査法人に入所し、入所1年目から上場企業の監査を一通り学ぶ流れができています。会計監査とアドバイザリー業務は同時にできないため、一旦監査業務で得た知見を持ってアドバイザリー業務に移っていくのが一般的です。

廣瀬 基本的なことですが、公認会計士と税理士の仕事はどう違うのでしょうか。

伊藤 公認会計士は資本市場の番人と言われており、会社とは独立した存在として監査業務を独占的に行います。クライアントは企業ですが、最終的には投資家や株主、市場に対してクライアントの決算の保証を行う業務です。一方、税理士は納税者である会社や個人のために税務申告やアドバイザリー業務を行います。いわば公認会計士は市場のために、税理士は納税者のために動きます。監査と税務は立ち位置が全く違い、監査業務では税務のアドバイスはできません。私は監査業務を10年経験した後に、税理士の資格を活かしてクライアントサイドで仕事をしたいと思い、税理士法人に転職しました。

廣瀬 大手ではなく中堅の税理士法人を選ばれたのはどうしてですか。

伊藤 クライアントに深く入り込む仕事をするには大手ではない方が勉強になると思って選びました。また、私が入った税理士法人のクライアントはIPO(新規公開株式)を目指す若い会社も多く、監査法人で今まで監査をしてきた上場会社とは違う会社も見られる点、経営陣が元大手監査法人出身の会計士で、会計士が税務を行う意味がある大規模な会社の仕事を扱っている点も大きかったです。

廣瀬 そちらでの業務を通じて独立への契機となる出会いがあったのでしょうか。

伊藤 はい。監査法人時代からのクライアントも含めて「そろそろ開業したら」と背中を押してくれるクライアントが増えてきたので、思い切って独立しました。個人事務所で従業員はいませんが、業務委託として信頼できる専門家同士で緩く提携しながら仕事をしています。今は私のようにフリーランスの特性を生かした働き方をする専門家が増えてきていると感じます。組織にいた時は毎回違うメンバーと組んで仕事をすることが多かったのですが、今は常に自分が選んだ信頼できる専門家と仕事ができているので自由でストレスがなく、仕事が進めやすいです。

廣瀬 プロデューサーを核にプロジェクトごとに腕利きを選ぶハリウッドの映画産業に近いですね。これまでに様々なところから引き抜きの誘いがあったのではないですか。

伊藤 ありがたいことにクライアントの方から社内に入って欲しいと誘われる機会もありましたが、もう会社勤めはしたくないということで全てお断りしました。その一方で社外にいながら会社に一番近いポジションで関与したいという思いもあるので、業務委託や社外役員として関与している今が一番自分に合った働き方ができています。

廣瀬 ここでIPOの話に転じたいのですが、IPOを目指す人のことは聞くようになったものの、世の中全体ではまだ「IPOって何?」という感覚だと思います。

仕事風景

伊藤 簡単に言うとIPO(Initial Public Offering)は証券取引所に上場することです。上場を目指す理由は、表向きには資金調達や人材確保ですが、出資者であるファンドの出口戦略でもあります。ベンチャー企業の多くは最初にリスクを取って資金提供してくれたファンド等の出資者に利益を確保してもらうために上場し、市場で新しい株主から資金を集めます。上場するためには信用力や収益安定性など厳しい審査があるので、ベンチャー企業でも上場すれば人材も集まりやすくなります。多額な資金の動きには透明性や公平性が求められるため、私たちのような会計士が上場会社として守るべきルールをアドバイスしながら会社の形を作り、最終的に上場する流れです。

廣瀬 IPOのPはパブリックですので、まさにパブリックになる関門を通ってステージが変わるっていう感じですよね。やりがいもあるでしょうが、難しさもあるでしょうね。

伊藤 例えば事業成長のために従業員ががむしゃらに働いたり、従業員に無理をさせたりするケースでは、過重労働やサービス残業が発生しないように労務管理のアドバイスが必要です。事業成長を応援したい気持ちはありますが、事業成長のアクセルを踏むためのブレーキの部分の勘所を見つけて道筋を一緒に作っていくことがこの仕事の醍醐味です。上場だけがゴールという企業や、社長のコンプライアンス意識が低い企業とは組まないようにしています。

廣瀬 そのあたりの見極めはどのようにされていますか。

伊藤 「どのような会社を作りたいか」「なぜ上場したいか」をじっくり聞いて見極めます。また、上場できれば想像の域を超えた金額が入ることもありますので、誘惑に負けて急にやめられたら市場を裏切ることになります。きちんと事業に対して思い入れがある人でなければ応援できません。そのあたりは監査法人の監査業務や税理士法人での税務業務でいろいろな経営者を見てきた経験が活きています。

夢中になれるものを見つける大学時代に

廣瀬 最近、ソーシャルアントレプレナーとして社会課題を解決したいという夢を持った学生が増えています。そういう若者に対して、これまでのご経験からアドバイスをいただけますか。

伊藤 私が支援している会社では大企業と組むケースが増えています。大企業は資本と人材、信用力を持っていて、SDGsや社会課題に関心の高い会社も多い。一つにはこうした企業に打診してみるのも手です。大企業にとっても社会的活動への協賛をアピールできたらプラスですし、事業体にとっても大企業の名前を活用できるメリットは大きい。学生個人で動くには限界があるので、巻き込み力というか、共感を得られるかということがこれからはキーワードになってくると思っています。

廣瀬 そうですね。ただ、一緒に組めると思ってもらえるための勘所が学生だと見えないですし、組織での経験がないと大きな組織での意思決定のポイントなど感覚的に捉えきれない部分もあります。卒業後に即起業だけが道ではないかもしれません。

伊藤 一方で、コミュニケーション技術が革新していく中で、情報収集能力や発信力のある若者にしかできない発想は間違いなくあります。昔と違って誰もが発信できる状況ですので、可能性やチャンスは大いにあるとも感じています。

廣瀬 法政大学のOB・OGで起業を目指す法政大学の学生や卒業生をサポートする組織を立ち上げられたそうですね。

伊藤 はい。「法政IPO会」という組織です。法政出身で大手証券会社、信託銀行、監査法人等でIPO業務に尽力している方々と知り合う機会があり、「法政で起業をめざす学生、卒業生のために何かしたい」と緩やかに立ち上げた組織です。法政出身者には意外と優秀な経営者が多いことも見えてきて、従来からある卒業生組織も含めて、起業経験者、起業支援経験者のコミュニティを作って学生や卒業生を支援していきたいと考えています。

廣瀬 上場して得た資金で奨学金を作ってくれた卒業生もいます。こんな風に後輩をバックアップできる人たちが実はもっといて、ファンドも組めるかもしれません。毎年6,500人の入学者、50万人の卒業生がいる規模があるのに、起業のためのネットワークとしては潜在的に眠っている感じがある。卒業生に「大学発ベンチャーで応援しませんか」と提案できるようになることが私の夢としてあります。

伊藤 活動が広がれば相当ポテンシャルは高いと思います。法政出身者はあまり大学名をアピールしないので、もう少し大学名を発信することで起業家が増えていく流れになるといいなと思っています。

廣瀬 これまでお話を伺い、伊藤さんの様々なキャリアは一貫した流れのようにも思えてきました。最後に、ご自身の学生の頃を思い出していただいて、今の学生に向けてメッセージをいただけますか。

伊藤 大学時代を夢中になれるものを見つける4年間にしてくださいということを伝えたいです。自由で刺激のある法政大学で、自分の選択肢を広げていってほしいと思います。実際私も最初は警察官志望だからと単純に法学部に入ったところ、ゼミで会社法の面白さを知り、公認会計士という道を教えていただき今に繋がっています。人生は決めた通りに進めるわけではありませんが、だからこそ柔軟な発想で選択肢を広げられるキャリアを大切にしていっていただきたいと考えています。

廣瀬 本日はありがとうございました。


公認会計士・税理士 伊藤 章子(いとう あきこ)

1979年大阪府高槻市生まれ。2002年法政大学法学部法律学科卒業、2004年京都産業大学大学院法学研究科法律学専攻修士課程修了。大学院修了直後の2004年に公認会計士試験に合格。新日本監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)で10年間、上場会社を中心としたクライアントの会計監査・内部統制監査業務やIFRS導入支援サービス等の非監査業務に従事。その後、税理士法人への転職を経て、2017年、伊藤章子公認会計士・税理士事務所を開業。現在に至る。
監査法人、税理士法人での経験を活かして、主に上場会社や上場準備会社に対して、会計・税務、内部統制、内部監査の支援業務を提供する他、複数社の社外役員に就任している。

法政大学総長 廣瀬 克哉(ひろせ かつや)

1958年奈良県生まれ。1981年東京大学法学部卒業。同大大学院法学政治学研究科修士課程修了後、1987年同大大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学、同年法学博士学位取得。1987年法政大学法学部助教授、1995年同教授、2014年より法政大学常務理事(2017年より副学長兼務)、2021年4月より総長。専門は行政学・公共政策学・地方自治。複数の自治体で情報公開条例・自治基本条例・議会基本条例などの制定を支援の他、情報公開審査会委員などを歴任。