ロースクール教育と法学部教育との架橋考
遠山 信一郎(とおやま しんいちろう)/中央大学大学院法務研究科教授、第一東京弁護士会会員
専門分野 企業コンプライアンス、現代契約法、不法行為賠償法(交通事故・医療事故・原発事故等)、家事法、労働法、倒産処理法、金融法務、独占禁止法、個人情報保護法、裁判外紛争解決システム(ADR)、法経済学
第1 法学未修者向け導入科目「生活紛争と法」
学生に、その五感及び動作を駆使して法曹実務イメージを持たせる授業を通じて、学生の頭の中に"柔らかい実務法曹イメージボール"をつくり、そのボールに、条文、法律概念、判例法理、法律理論、法原理原則を後づけしていくと、学修速度と学修深度が特段に進化する。
この教育経験則をフルに活用した法学未修者一年生向け導入科目が、中央大学ロースクールにおける「生活紛争と法」です。4人の教員チームによるレクチャー&ワークショップ混合授業で、学生が、自然に、主体的に考え抜き、学修することを習慣づける効果を目指しています。
この授業は、「民事系ワークショップ」と「刑事系ワークショップ」の2つのコースで組成されています。
民事系コースは、一般教室を使用して、
①民事訴訟手続映像視聴及び各手続場面毎の講義(レクチャー)による民事訴訟手続実務イメージづくり
②映像民事事件の模擬民事調停による解決(ロールプレイ)
③映像民事訴訟事件の判決起案(ライティング)
④要件事実(民法)マッピング(スモールグループディスカッション/マップ作り/プレゼンテーション)
を順次行い、二年次の「民事訴訟実務の基礎」というコア科目につなげていきます。
刑事系コースは、法廷教室を使用して、
①裁判員裁判手続映像視聴及び講義(レクチャー)による刑事公判手続実務イメージづくり
②シンプル模擬裁判員裁判(ロールプレイ)
③検察官/弁護人/裁判官役各グループ毎スモールディスカッション&起案(論告要旨・弁論要旨、判決要旨)
④模擬法廷各テーブルで論告要旨・弁論要旨・判決要旨のプレゼンテーション
を順次行い、2年次の「刑事訴訟実務の基礎」というコア科目につなげていきます。
法学未修者(三年コース)は、二年次より法学既修者(二年コース)と合流して切磋琢磨することになりますが、法律知識の蓄積、法律理論の習熟には、どうしても相当の学習時間を要することになります。
他方、人の営みとしての法実務イメージの獲得は、工夫さえ凝らせば、時間的には集約して実現することができます。この授業では、二年次の学修へのブリッジ科目として、このイメージトレーニングを重視しています。
この授業のモットーは、「まず、プールに入ってみよう!」です。
第2 リーガルマインド養成
法学教育の主たる目的は、リーガルマインド(Legal Mind)の養成にあります。
リーガルマインドの中核は法的推論力(Legal Reasoning)です。これは、紛争を構成する生の雑多な社会的事実から、法的に意味のある事実を証拠等に基づいて認定(事実認定:Fact Finding)し、その事実に当てはめる法規範(法条文等)を発見し、適用(法の適用:Rule Finding)して、結論(Solution)を導き出す能力のことをいいます。
この能力は、法情報の字面学習では、到底、取得困難で、具体的で物語性(事件性)をもった法曹実務体感実感トレーニングの併用が不可欠と考えています。
第3 履修者授業コメント(代表例/要約)
"具体的場面を想像できないと理解を深めることは難しい"
民事訴訟の手続の流れ(訴えの提起→主張整理→証拠調べ)に関するDVD映像を、手続段階ごとに視聴し、各関連講義を受けます。この授業を受けることで民事訴訟における法曹(裁判官・弁護士)の実務をリアルに想像できるようになりました。教科書だけの勉強ではなかなか具体的にはイメージできません。民事訴訟記録教材や、口頭弁論の様子を映したDVDを通して判決書きをしたり、和解の場合はどうするかなど、様々な事案への法的対処も経験しました。振り返ってみると、初めて学ぶ分野であればあるほど具体的場面を想像することが理解の深さにつながると思います。
"「条文を生活にどのように生かすか」を意識する重要性"
特に未修者は法律や法制度について明確なイメージを持たないまま勉強すると、単なる基本書や条文の暗記になりがちですが、この授業では「知識」を追体験することができ、生の実感を得られます。一度体験すると、他の問題や分野についても同様に生の実感を意識した思考をすることができるようになってきます。このような習慣が身につくことによって、司法試験対策だけでなく、その後の法曹人生にも役立つような勉強になっていくのだと思います。具体的な「知識の追体験」として、現実的な民事紛争の再現DVDや民事・刑事の記録を元に、紛争解決のための手続までのロールプレイをしたりもしました。民法を可視化するという授業では、民法の各制度がどのような原則に基づき成立しているのか、民法の仕組みをイメージした「民法の図」を作りました。これにより、一つの制度がさまざまな具体的考慮を総合した「大原則」に沿ってできるのだということを意識することができるようになったと感じています。実際、基本書の内容や条文をより現実の紛争に近づけて捉えることができるようになりました。
"法的思考を学び、実務の現場思考を体験することで、法律学の基礎を習得することができる"
この授業では、実際に判決文起案や模擬調停等を体験することで、実務ではどの事実に着眼点を置き、どのように法律構成をするかといった実務の現場思考を少しでも知ることができます。また、授業の初めの段階で、法律の基本となる原理原則を自分たちで整理する機会がありますが、どの法律科目でも必要不可欠である原理原則を頭の中できちんと整理することで、他の科目の学習の理解も深めることができました。
第4 法学部教育へのフィードバック
法学部の導入教育対象学生とロースクール法学未修者とは、法学未修という点で同質であるといえます。
他方、ロースクールで行われている法学未修者教育における教材/授業方法の創意工夫を、法学部における「法学未修者教育」に適合できるように加工してフィードバックすることは十分に可能です。このフィードバックは、法学部における教育実践効果増進を大いに役立つものと考えています。
第5 参照文献
1. 生活紛争と法-民事系授業における教材開発
(中央ロージャーナル第17巻第4号・遠山信一郎/生井澤葵)
2. 生活紛争と法-未修者導入教育への創意工夫:刑事編
(中央ロージャーナル第16巻第4号・遠山信一郎/奥村丈二/村瀬均/生井澤葵)
3. 生活紛争と法-裁判員裁判ワークショップ授業の展開
(中央ロージャーナル第12巻第4号・遠山信一郎/鈴木芳夫/中山隆夫)
第6 遠山教授『CHUO ONLINE』アーカイブス
・紛争(モメゴト)解決学入門 ―ADR(訴訟によらない紛争解決)のススメ―
https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/research/20200625.php
・企業価値向上型コンプライアンスのアルゴリズムを求めて
https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/research/20190328.html
・大人(オトナ)への階段 ―成年年齢(民法第4条)の引下げ問題を考える―
https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/research/20180705.html
・契約社会の歩き方 ―平成の民法(民法債権関係)大改正―
https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/research/20180308.html
・労働者の幸せ方程式 ―企業価値向上型コンプライアンスの視座から―
https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/research/20170608.html
・授業の風景 ―ロースクールとビジネススクール―
https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/education/20150115.html
・人生の二大基本法 ―家族法と労働法―
https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/opinion/20130318.html
遠山 信一郎(とおやま しんいちろう)/中央大学大学院法務研究科教授、第一東京弁護士会会員
専門分野 企業コンプライアンス、現代契約法、不法行為賠償法(交通事故・医療事故・原発事故等)、家事法、労働法、倒産処理法、金融法務、独占禁止法、個人情報保護法、裁判外紛争解決システム(ADR)、法経済学1975年 中央大学法学部法律学科卒業
2004年 中央大学法科大学院特任教授
2014年より同大学同大学院教授
中央大学専門職大学院戦略経営研究科アドバイザリーボード委員主な公職として、文部科学省原子力損害賠償紛争審査会特別委員、国土交通省中央建設紛争審査会特別委員、第一東京弁護士会住宅紛争審査会紛争処理委員、最高裁判所民事調停委員、東京地方裁判所民事再生監督委員・個人再生委員、公益財団法人交通事故紛争処理センター理事、公益財団法人日弁連交通事故相談センター(元)副理事長、東京三弁護士会医療ADR仲裁人等を務める。
主な著書・論文に、「くらしに役立つ独占禁止法」、「交通民事賠償の世界-その法理と実務-」、「個別労働関係紛争解決手続総覧」、「子どもの福祉と共同親権」、「JAコンプライアンス-不祥事防止態勢の作り方」、「企業価値向上型コンプライアンス態勢モデルの構築工程論(序説)」などがある。