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遠山 信一郎【略歴】
遠山 信一郎/中央大学大学院法務研究科教授・第一東京弁護士会会員
専門分野 企業コンプライアンス、現代契約法、不法行為賠償法(交通事故・医療事故・原発事故等)、家事法、労働法、倒産処理法、金融法務、独占禁止法、個人情報保護法、裁判外紛争解決システム(ADR)、法経済学
2004年わが国に導入されたロースクール制度は、今年で12年目に入りました。
私がロースクールで担当する科目は、法律基本科目の① 生活紛争と法(1年次配当)、実務基礎科目の② 模擬裁判(民事)(2・3年次配当)、③ エクスターンシップ(同)、④ リーガル・クリニック(同)の4種類です。
そのうち、④ リーガル・クリニックは、「理論教育と実務教育の架け橋」を目指す法律実務実感・体感型のロースクール特有の授業科目で、私は、リーガル・クリニック運営委員会委員長として、授業全体のメニュー設計や広報などのマネジメントをしています。
2015年度シラバス(講義要項)では、以下10種類のテーマでクリニック授業を紹介しています。
① 行政法の基礎 | ⑥ 倒産・事業再生 |
② 市民生活紛争 | ⑦ 企業法務 | ③ 裁判外紛争解決システム(ADR) | ⑧ 知的財産法務の基礎 |
④ 家事法 | ⑨ 個別労働紛争 |
⑤ 公益的刑事弁護 | ⑩ 国際人権法の実務 |
このうち、私が担当するのは、③ 裁判外紛争解決システム(ADR)と⑨ 個別労働紛争です。
さらに、2011年からは、中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)で、共通基礎科目の「現代契約法」を担当することになり、プロフェッサーとしての授業風景がさらに広がることになりました。
中央大学ビジネススクール(MBAプログラム)は、社会人のみを対象とした「戦略経営リーダー」を育成する専門職大学院です。
「戦略」・「マーケティング」・「人的資源管理」・「ファイナンス」・「経営法務」を統合したカリキュラムで、働きながら平日夜間・土曜日・日曜日を利用して都心の後楽園キャンパスで学び、2年間でMBA(経営修士:専門職)が取得できます。
私の授業担当は、平日夜間(午後6時30分~9時40分)で、ビジネススクール生たちは、退社後、教室にハアハアヒイヒイ言いながら駆けつけてくれるので、本学のナイトスクール(夜学)の伝統が頭をよぎり、その学ぶ姿勢にはいつも胸にジーンときています。
ちなみに、ニューヨーク大学では、デイスクールよりナイトスクールの方が、学生に例えばウォール街のバリバリのビジネスパーソンなどが多くいて、授業がアグレッシブに展開して面白いといわれています。
少々凝りすぎのコースパケット(教材集)を使って、労働ローヤリング(模擬労働相談)、フィールドワーク(労働委員会・労働ローファーム等)、模擬労働審判など、多種多様な実感型・体感型授業を展開しています。
そのうちの労働ローヤリング授業を寸描してみましょう。
(1)ユニットの形成
相談者役1名・相談担当弁護士役2名を標準ユニットとして、ユニット以外の院生はギャラリーとなります。
(2)相談空間の設置
教室に相談空間を設置して、下図のとおり、ユニットとギャラリーを配置します。
(3)相談者役のロールプレイ要領
事例分析ドリル(私の手作り教材)より、相談者役は任意に相談テーマを選択して、選択した相談テーマのストーリーに矛盾しない範囲で、想像力を駆使して相談内容や背景事情を自由に肉付け、弁護士役に対して相談を仕掛けます(ストーリーメイク)。
(4)相談担当弁護士役のロールプレイ要領
① 相談手持ち時間は30分として、事例分析ドリル以外の手元資料は、自由に参照可能です。
② 相談者の相談内容をよく聴き取り、事実関係の確認や相談者のニーズを正確に把握したうえで、適用すべき規範を見いだし、要件となる事実を引き出し、そして、相談ニーズについての解決策(ソリューション)を導きだし、相談者に平易に説明(プレゼンテーション)します。
③ 相談途中で混乱したら、適時タイムをとって手元資料を参照したり、弁護士役2人で協議することができます。
(5)ギャラリーの参加要領
もし、自分が相談弁護士役であったら、どのように事実関係を聴き取り、その事案を法的に分析し、解決策を見いだすか、シミュレートして、発表し、眼前で展開された模擬法律相談の仕方や内容について、評論(レビュー)をします。
(6)ロースクール生の感想
「今勉強している法知識が、近い将来にどのように活用されるのか、とてもイメージが湧いた!」「覚えた法律知識に命が吹き込まれた!」等のロースクール生の感想から、学修向上に大いに役立っているという手応えがあります。
ここでの授業設計としては、次の3本の柱で骨組みをしています。
この骨組みに、様々な授業方法キット(講義・グループディスカッション・プレゼンテーション・映像視聴・ライティング・ロールプレイ)を工夫して組み合わせて、授業を構成しています。
2014年M3(ビジネススクールはクォーター学期制度で、1年間を4学期M1~M4に分けています。)授業では、団体交渉ロールプレイを実施しました。
① 12人のビジネススクール生(全員職業人)のうち、4人を使用者側団体交渉者役としてグルーピングし、その他8人は、コミュニティユニオン(地域型労働組合)を結成し、うち4人を労働組合側団体交渉者役とキャスティングしました。
② 団体交渉のテーマとしては、現実(リアル)の「解雇事件」とし、交渉ロールプレイヤー全員は、配付資料記載の事件内容に矛盾しない範囲でストーリーメイクしてよいことをルールとして、下図の団体交渉空間を設置してロールプレイ授業を実施しました。
ビジネススクール生は、ロースクール生に比べて、職業を通して社会経験が豊富で、「想像力の翼」がとても大きいので、その授業実践は、臨場感あふれる、すこぶる迫真的なものとなりました。
さまざまな職業経験・社会経験を蓄積したビジネススクール生に向けての法理論・実務ブリッジ授業は、空理空論に走ることなく、現実の利害関係に即した、しっかり地に足をつけたリアルな展開で、教師の私の方が思わず感動してしまいました。
私は、これらの授業実践を通じて、法律はグッドビジネスを支える「縁の下の力持ち(サポートシステム)」であること、また、「青少年向けの法教育」「ロースクールにおける法曹養成教育」そして「社会人向けの法理論・法実務ブリッジ教育」は、わが国の「健全な法化社会」を押し進めこれを支えるための基盤なのだとしみじみ実感しました。
ロイヤーの仕事は、クライアントの過去の事実関係をベースに、法的スキル等をフル活用し、その課題や紛争の解決をアシストする「人助け仕事」、教師の仕事は、学修を通じて自分の未来を切り開いていこうとする学生をアシストする「人作り仕事」といえます。
両職とも、とてもやりがいのある未来志向型の仕事なので、もしかすると私にとって天職なのかもしれないと思いつつ、日々熱いハート、クール・ブレインで取り組んでいます。
〔参考文献〕
(1)中央ロージャーナル(中央大学出版部)掲載のクラスレポート
(2)アメリカの法曹教育
ウィリアム・M・サリバン他著・柏木昇他訳
日本比較法研究所翻訳叢書64(中央大学出版部)
(3)法科大学院における教育方法
日弁連法務研究財団編(商事法務)
人生の二大基本法-家族法と労働法- (Chuo Online オピニオン2013年3月18日掲載)
http://www.yomiuri.co.jp/adv/chuo/opinion/20130318.html