クリスマスの伝統菓子・シュトレン ―名産の品質を支える制度―(上)
曲田 統(まがた おさむ)/中央大学法学部教授
専門分野 刑事法学
1. クリスマスを迎える楽しみ、シュトレン
シュトレンは、ドイツ伝統の焼き菓子である。けれども、サイズが大きくしっとりしていて、薄くスライスして食べるので、パウンドケーキのようでもある。ドライフルーツがふんだんに練り込まれていて、シナモン等の豊かなスパイス香が特徴的。パウダーシュガーが掛けられていて、まさにホワイトクリスマスである。ドイツではこれをクリスマスの1、2か月前くらいから少しずつ楽しみながら食べる(スーパーなどでは早くも10月には陳列が始まる)。日本でもポピュラーになってきているので、ご存知の方も多いであろう。
2. 本場のシュトレン
この美味シュトレン。本場・ドイツでは、実は、シュトレンとはどういうものかについて、公的な定めがある。それは、「上質焼き菓子ガイドライン」という名称の規定集のことである[1]。このガイドラインには、法的な拘束力はない。しかし、製品の組成と品質を評価するための基礎として使用されているため、シュトレン製造において非常に大きな役割を果たしている[2]。
このガイドラインには、バウムクーヘンなどと並んで、シュトレンの材料・製法に関するルールが記載されている。
これによれば、...
シュトレンは、小麦粉などベースとなる材料に合わせて、その3割以上の重さのバター等乳脂肪(バター以外には、マーガリン・無水乳脂肪などがありうる)、および6割以上の重さのドライフルーツ(オレンジピール・レモンピールを含む)」を入れて作られなければならない。
これがシュトレンの材料の大枠で[3]、さらに次のように細かく種別されている。...
ベース材料の2割以上の重さの
ⓐアーモンドを入れたものが「アーモンド・シュトレン」、
ⓑケシの実を入れたものが「ケシの実・シュトレン」、
ⓒナッツを入れたものが「ナッツ・シュトレン」である。
さらに、
ⓓペースト状の生地の5%以上の重さのマジパンを入れたものが「マジパン・シュトレン」、
ⓔベース材料の4割以上の重さのバター(他の脂肪製品に置き換えることはできない)、7割以上の重さのドライフルーツ(オレンジピール・レモンピールを含む)を入れたものが「バター・シュトレン」である。
ⓕ「カード(凝乳)・シュトレン」というものもあり、これは、ベース材料の4割相当の重さのカード(凝乳)、そして2割相当の重さのバター等乳脂肪を入れたものである[4]。
シュトレンにこれほどの種類があること自体がとても愉快であり、そこにドイツ人のシュトレン愛があるように(私には)感じられる。また、上記のように、各種シュトレンの素材割合にはルールがあるので、シュトレン製造者がそれを無視したものを作ったり、内容と一致しない名を付けて販売すること(たとえばバターが僅かしか使われていないのにバター・シュトレンとして販売すること)はできない。こうして、シュトレンの品質が保たれている(シュトレン愛が叶えられている)のである。
3. シュトレンの最高峰: ドレスデン・シュトレン
(1)シュトレンにはもう一つ、ある意味、別の次元で重要なシュトレンがある。「ドレスデン・シュトレン[5]」である[6]。
Dr. Quendt製造のEchter Dresdner Christstollenのパッケージより
(2)このドレスデン・シュトレンの特長は、第1に、ドイツの特許商標庁に共同商標として登録されているという点にある。この商標の所有者は、ドレスデン・クリストシュトレン組合(Dresdner Christstollen e.V.)であるが、この組合に加入した業者しか、ドレスデン・シュトレンの名を冠するシュトレンを製造・販売することができない。しかも、組合は各業者に高品質のシュトレンの製造を求めているので、そうした品質管理によって、品質の低下が防がれる仕組みになっている。出荷に値するドレスデン・シュトレンには、品質保証表示として、管理番号付きのドレスデン・シュトレン・マーク(右写真)が付される。
(3)ドレスデン・シュトレンの特長の第2は、EU法のもと[7]、地理的表示保護[8]の対象製品に指定されているという点である[9] [10]。これによって、EU地理的表示保護マーク(下図)を付して販売することができる。これによって、消費者は、EUお墨付きのシュトレンであると認識し、ドレスデン地域伝統の製法で作られた高品質のシュトレンであると信頼を寄せることになる。こうして、ドレスデン・シュトレンは、特別なブランド・シュトレンとしての地位を確たるものにしているのである。
ドイツ連邦食糧・農業省のサイトより
ところで、欧州規則では、ドレスデン・シュトレンの製造について、次のように細かいルールが定められている。...
・手作業で成形されなければならない。
・焼き型を使用して焼いてはいけない。
・重量は500グラム以上。
・少なくとも次の材料が用いられていなければならない。...小麦粉はタイプ405または550のもの。全乳または全乳粉、グラニュー糖、フレッシュバターまたは清澄バター、オレンジピールおよび/またはレモンピール、サルタナ、苦味アーモンド、甘味アーモンド、レモンの皮、食塩、粉砂糖、スパイス。
・次のものは入れてはいけない。...人工香料、直接食品添加物、マーガリン。
・次の材料は、小麦粉の重さを基準に、記載の割合の量を入れなければならない。...フレッシュバターまたは清澄バター:50%、スルタナ:65%、オレンジピールおよび/またはレモンピール:20%、苦味アーモンドおよび甘味アーモンド:15%。
こうした細かいルールが、ブランド・シュトレンとしての評判を支えているわけである。もっとも、これは生産のための最低限のルールであるから、各店舗は、これを守りながら、味付け・焼き方に関する店独自のアレンジを加え、(良い意味での)差別化を図り、オリジナルの味のドレスデン・シュトレンを販売している。
Dr. Quendtk製造のEchter Dresdner Christstollenのパッケージ
(4)以上のように、ドレスデン・シュトレンの製造方法は、その最低ラインが詳細に定められており、かつ製造・販売できる業者も限定されていることから、他の業者がドレスデン・シュトレンの名を使って販売することは、模倣(偽物の販売)となり許されない[11]。こうして、ドレスデン・シュトレンの伝統・品質、そして製造業者(の利益)が守られているのである。<つづく>
【参考文献】(本稿連載「上」「下」をとおして)
文中に掲げたもののほか、
・高田寛「地域ブランド産品保護法制についての一考察--地域内アウトサイダーの法的課題を中心に--」明治学院大学法学研究106巻13頁以下
・デイブ・ガンジー「団体商標としての地理的表示保護--その可能性の陥穽--」知財研究紀要2006、76頁以下
・南かおり「欧州における地理的表示保護制度」知財ぷりずむ15巻174号1頁以下
・外村玲子「地理的表示制度 商標法との比較の視点から」パテント73巻2号45頁以下
[1] このガイドラインは、「ドイツ食品典Deutsches Lebensmittelbuch」の中に設けられている。ドイツ食品典は、「食品、生活用品、及び飼料に関する法律 Lebensmittel-, Bedarfsgegenstände- und Futtermittelgesetzbuch」の15条(ドイツ食品典)および16条(ドイツ食品典委員会)に基づいて作られている。
[2] バイエルン州保健・食品安全局のページhttps://www.lgl.bayern.de/lebensmittel/warengruppen/wc_18_feine_backwaren/index.htm参照。
[3] この大枠を充たせばシュトレンと名乗れる。また、クリスマスシュトレン、クリストシュトレンと称してもよい。https://www.vis.bayern.de/ernaehrung/lebensmittel/gruppen/stollen.htm ; https://www.verbraucherservice-bayern.de/presse/das-geheimnis-des-dresdner-christstollensを参照。ただ、「最上級Der Beste」のラベルに関しては、社会で通用している一般的理解を根拠に、脂肪分の半分がバターであるシュトレンだけに付すことができる旨指摘した裁判例(OLG Koblenz, LMRR 1982, 22)がある。Zipfel/Rathke, Lebensmittelrecht, C.-Teil 3.-308.-Ⅲ.-1.-Rn.29参照。
[4] 以上、ドイツ「上質焼き菓子ガイドライン」Ⅱ. 各判断指標 の 9. Stollen より。
[5] 正確にはドレストナー・シュトレンDresdner Stollenであるが、ドレストナーは「ドレスデンの」という意味であるから、本稿では分かりやすくドレスデン・シュトレンと表記した。
[6] 以下に見るように、ドレスデン・シュトレンはいわば特別扱いされているのであるが、その契機は次のような歴史にあるようである。シュトレンの原型はシュトリーツェルというものであり、15世紀にザクセン(ドレスデンを含む地域)で作られた。それはその後改良されシュトレンとなり、ドレスデンにも入ってくるようになったが、17世紀にドレスデンのパン職人らが、ドレスデンのシュトレンだけをドレスデンのクリスマスマーケットで販売する特権を獲得した。こうして、シュトレンはドレスデンのものという位置づけが一般化していった。http://www.besuchen-sie-dresden.de/de/empfehlungen/dresdner-stollen-geschichte.php参照。
[7] 地理的表示保護の法的根拠は、農産物及び食品の品質規制に関する欧州議会・理事会規則(EU)No. 1151/2012、Article 5 (2)である。https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2012/1151/oj参照。
[8] geschützte geografische Angabe(g.g.A) = Protected Geographical Indication(PGI). EUが保護する「地理的表示(Geographical Indication: GI)」)の一つ。他に、原産地呼称保護などがある。
[9] 2010年、欧州委員会規則にもとづき登録。https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32010R1098&qid=1606470452301
[10] 地理的表示保護製品とされたことに歓喜するドレスデン・シュトレン祭りでの様子が、次の動画で見られる。https://youtu.be/DEovBHiReAU
[11] 無理に断行しようとする者は、ドレスデン・シュトレン・マークやEU地理的表示保護マークを不正使用することにさえなろう。一般的な話となるが、EU地理的表示保護マークの不正使用は世界的に増えてきており、EUは対策を強化している。ジェトロのレポート「EU の地理的表示(GI)保護制度」3頁参照。
曲田 統(まがた おさむ)/中央大学法学部教授
専門分野 刑事法学1969年生まれ。東京都出身。中央大学法学部卒業後、同大学院法学研究科刑事法専攻博士後期課程単位取得。2003年札幌学院大学法学部助教授、2005年中央大学法学部助教授を経て、2010年より現職。
研究テーマは、共犯理論の再検討、予防刑法のあり方など。
研究業績として、『共犯の本質と可罰性』(単著)、『刑法演習サブノート210問』(共著)、「Arrival of Singularity and Roll of Criminal Law: Raising Issues」比較法雑誌54巻4号など