クリスマスの伝統菓子・シュトレン ―名産の品質を支える制度―(下)
曲田 統(まがた おさむ)/中央大学法学部教授
専門分野 刑事法学
※本稿前半(1~3)は、ここ☜
4. 日本における地域名産品の保護
(1)前回、ドイツのシュトレンの話をした。今回は転じて、日本を見てみよう。
日本にも、ドレスデン・シュトレンのように、「地名+産品名」で表記される地域名産品は数多くある。たとえば、小田原かまぼこ[i]、草加せんべい[ii]、京ゆば[iii]などがあるが、これらすべてをご存じの方も多いであろう。
特許庁サイトより
こうした地域名産品は名が通っていて、その名を使えば利益を出せる可能性が高いことから、全く無関係の他者がその名称を不正に利用する危険性がある。そこで利用されている制度が、「地域団体商標」制度[iv]である。これは2006年4月より運用されている。この制度を利用し、地域団体商標として登録されれば、商標を不正に使用する者に対して法的対抗措置を講じることができるのである(地域団体商標として特許庁に登録された地域名産には、地域団体商標マークを付すことができる。右図参照)。
今日、世界レベルで商標登録合戦が繰り広げられている。多くの事業者・団体が、狡猾な者による出し抜き的な商標登録活動から身を守るために、本制度を積極的に利用している(なお、自社製品の売り上げを倍増させるために、他社の著名な登録済み商標を無断で使用すると、それは商標法の「侵害の罪」に当たり[v]、最高で、10年以下の懲役+1000万円の罰金に処される〔78条〕)。
また、地域団体商標が適切に保護されることは、その名産が「地域ブランド」として認識されることにもつながる[vi]。こういう産品が増えれば、地域経済の活性化ももたらされる可能性があるのである[vii]。
(2)このように、地域ブランドの保護のために、地域団体商標制度は欠かせない。ただ、地域ブランドの保護という目的を考えたとき、この制度のみでその目的を達成することは困難である。地域団体商標制度は、登録に際し、品質基準の提示を求めていない。そのため、商標権者である組合等がみずから品質維持のための手立て・努力を尽くさなければ、同一の商標使用権を有する業者の間で品質に関して好ましくない違いが生じたり、品質の低下さえ生じたりしうるからである。これは地域団体制度に潜む弱点ともいえよう[viii]。
農水省サイトより
品質の保持という点からすると、ドレスデン・シュトレンのところで言及した「地理的表示保護」の制度がより頼りになるように思われる[ix]。なぜなら、地理的表示に関する保護を受けるには、登録内容に品質基準を盛り込まなければならないからである(登録が認められれば、その産品に地理的表示保護マーク=GIマーク(右図)を付して販売することができる)。実は日本でも、2015年6月から地理的表示保護制度[x]が採用されている[xi]。生産地等の特性が品質等の特性に結びついている産品を対象に保護を図る、という制度趣旨から[xii]、やはり品質基準が登録要件とされている[xiii]。こうした制度上の仕組みに照らすと、やはり、地理的表示保護制度の方が、地域団体商標制度よりも、産品の質のばらつき・低下を防ぐ効果がより高いというべきであろう[xiv]。
また、品質基準が登録要件になっていることは、消費者の当該産品の質に対する期待・信頼をいっそう高めるし、消費者が抱くそうした高度の期待・信頼は、それに応えようとする生産業者の努力を後押しすることにもなる[xv]。このような好循環によって、品質保持の可能性がますます高まり、ひいてはその産品の競争力を高めることにもなる。要するに、地理的表示保護制度は、(品質の保持や競争力の向上をもたらす)「産品の質に対する消費者の信頼」を保護しうる点で、特に意義の大きい制度であると思われるのである[xvi]。
(3)日本の地理的表示法にもとづき登録されている(保護されている)地理的表示には、たとえば、神戸ビーフ(第3号)、夕張メロン(第4号)、箕輪素麺(第12号)などがあり、2021年10月現在で111件となっている[xvii]。
琉球もろみ酢(第44号)を例に、品質基準が具体的にどのように登録されているか、(抜粋して)記してみよう。...
・すべての生産行程は、沖縄県内で実施される。
・原料には、琉球泡盛のもろみを蒸留した後に得られる琉球泡盛もろみ粕を用いる。
・出荷できるのは、琉球もろみ酢原液、または琉球もろみ酢原液に果汁等を添加したものであって、製品重量に対する琉球もろみ酢原液の割合が75%以上のもの、等。
こうした必須の生産方法が登録されていることを知ると、その産品の質に対して少なからぬ信頼を寄せることになるのではなかろうか。
5. おわりに
シュトレンは噛みしめるほどに美味しい。まだ食べたことのない方には、ぜひ試してみていただきたい(ただ、シナモンなどのスパイスが苦手な方には不向きかもしれない)。
そして、そうした美味しさがさまざまな制度的工夫で保たれているということ、そして日本でも産品を保護する制度が機能しているということに思いを致していただければ、本稿を執筆した者としてこの上なく幸せである。
(法)制度の大切さ・面白みは、けっこう身近なところにある。この感覚を共有できれば更に嬉しい。
ところで、読者のあなたが住んでいる地域、ふるさとにおいても、長年大切にされてきている産品がある。それらは特許庁・農林水産省のサイトで検索できるので(地域団体商標検索= https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/shoukai/index.html、地理的表示保護検索= https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/)、そこをのぞいてみて、地元愛・故郷愛をさらに深めてみるのも素敵かもしれない。
参考文献:
[i] 商標登録第5437575号
[ii] 商標登録第5053366号
[iii] 商標登録第5537636号
[iv] 商標法7条の2
[v] さらに不正競争防止法上の罪なども成立しうる。
[vi] 内閣府「地域の経済2017」第2章第2節参照。https://www5.cao.go.jp/j-j/cr/cr17/chr17_02-02.html
[vii] 特許庁https://www.jpo.go.jp/system/trademark/gaiyo/chidan/t_dantai_syouhyo.html参照。
[viii] 香坂玲「農林産品のブランド化と知財の役割:地域団体商標と地理的表示の制度的設計に向けて」パテント67巻8号23頁以下も参照。
[ix] 香坂・前掲注[viii])24頁参照。
[x] なお、地理的表示保護制度は、「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定)を根拠にする。
[xi] 「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律(=地理的表示法=GI法)」
[xii] 農林水産省https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/index.html
[xiii] 地理的表示法の7条5・6号は、「特性」・「生産の方法」の記載・提出を求めている。
[xiv] 香坂・前掲注[viii])24頁も参照。
[xv] 眞壽田順啓「「地域団体商標」と「地理的表示」の戦略的活用」総合政策研究52号22頁も参照。
[xvi] 地域団体商標制度によっても、事業者の信用が維持されることで、ひいては産品の質に対する信頼も保護されることになりうるが(商標法1条参照)、産品の質に対する信頼を保護するレベルは、地理的表示制度の方が高いであろう(香坂・前掲注[viii])22頁も参照)。
[xvii] https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/
曲田 統(まがた おさむ)/中央大学法学部教授
専門分野 刑事法学1969年生まれ。東京都出身。中央大学法学部卒業後、同大学院法学研究科刑事法専攻博士後期課程単位取得。2003年札幌学院大学法学部助教授、2005年中央大学法学部助教授を経て、2010年より現職。
研究テーマは、共犯理論の再検討、予防刑法のあり方など。
研究業績として、『共犯の本質と可罰性』(単著)、『刑法演習サブノート210問』(共著)、「Arrival of Singularity and Roll of Criminal Law: Raising Issues」比較法雑誌54巻4号など