研究

保育施設での事故や「不適切な保育」問題の再発防止のために何が必要か

~保育士の職場構造の視点から~

小尾 晴美(おび はるみ)/中央大学経済学部助教
専門分野 社会政策、労働社会学

「不適切な保育」をどうとらえるか

 保育施設での事故で子どもが亡くなったり、虐待されたりする「不適切保育」の発覚が相次いでいる。こうした事故や不適切対応は、被害にあった子どもを深く傷つけ、保護者に大きな不安を与える重大な問題である。再発防止のためには、なぜこういった事件が起きたのか、日常の保育はどのような状況で実施されていたのか等、きちんとした検証が必要である。本稿は、「不適切な保育」問題をどうとらえ、解決していくかの一つの議論の素材として、保育士の職場構造の問題から検討してみたい。

 厚生労働省は、20213月に「不適切な保育の未然防止及び発生時の対応についての手引き」をまとめている。この手引きでは、不適切な保育の未然の防止のためには「保育士一人一人が、子どもの人権・人格を尊重する保育や、それに抵触する接し方等について確認し、職員間で共有する」ことがもっとも重要なとりくみだとしている。不適切な保育の未然の防止策は、基本的に、個々の保育士や各施設の施設長やリーダーが正しい認識を持てば解決できる問題として位置づけられている。他方で、保育士間の「時間的・精神的余裕」や「勤務環境」の重要性も指摘しているが、保育士の配置人数・クラス規模・業務負担など、保育士の職場環境や労働条件改善の必要性については言及がなされていない。

 この20年ほどの間で、日本における就学前保育の状況は大きく変化した。年齢が低く、相対的に手のかかる3歳未満児の在園児の割合は2000年には24%であったのが、現在では約4割を占めるに至っている。また、延長保育のニーズの高まりを背景として、保育所の開所時間は長時間化している。11時間を超えて開所している保育所の数は、2000年で全体の約4割にあたる8939であったのが、20年には、約8割にあたる2万3814に増加している(厚生労働省「社会福祉施設等調査」)。しかしこの20年間、保育士の配置基準はなんら変わっておらず、国が保育施設に給付する園児一人当たりの経費(公定価格基本分単価)の額もほとんど変わっていない。

保育士はどのような仕事をしているのか―職務内容と職場構造

 既述のように、現在では、多くの保育所が11時間以上の開所時間となっているが、保育士の労働時間は、原則労働基準法で定められた1日の労働時間の8時間を超えてはならない。この差を埋めるために、保育所は交代制シフトを組み、11時間を超えて運営している。 以下では、東京都A区の私立認可保育園Y保育園(2010年)の事例を手掛かりに、日々の保育はどのように営まれ、保育士はどのように働いているのか検討する。

 Y保育園は、0歳から5歳までの在籍園児が89名、職員数40名(うち保育士は28名)で構成されている保育園で、午前715分から午後8時までの12時間45分開園している。図1は、Y保育園の保育士の平日の勤務シフトを担当クラス別に表している。

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 Y保育園では、正規雇用の保育士は、子どもが多くいるクラス集団での活動がメインの午前9時から16時までの時間帯に配置されており、他方で、非正規雇用の保育士の多くが、短時間で子どもや正規職員が少ない時間帯での勤務を行っていることがわかる。すなわち、通常の保育園の運営は、正規雇用の保育士だけでは成立せず、非正規雇用の保育士がそれぞれの労働時間で補うことではじめて成立していることがわかる。また、保育士は時間帯を少しずつずらして勤務しており、出勤時間が異なる。そのため、勤務時間が異なる同僚とその日に把握されるべき様々な情報やその時々の方針をその都度伝え、共有する必要が出てくる。特に、保護者とやりとりされる情報には、アレルギーや疾病などの健康に関するものや、子どもの心理に影響する家庭のプライバシーにかかわるものもある。これらの情報が保育士間で正しく扱われなければ、子どもの心身の安全に直結し、重大な問題に発展しかねない。保育士にとって同僚との情報共有と連携が保障される職場環境が、子どもの安全を守り質の高い保育をするためには非常に重要なのである。

 特に012歳児を対象とする乳児保育は、同時間帯に同じ空間で、複数の保育士が複数の子どもとともに過ごす必要がある。子どもは予測できない動きをするものであり、瞬時に対応しなければ事故につながりやすい。保育士たちは自分のペースで作業手順をこなせるわけではなく、臨機応変に子どもの動きに合わせながら、同僚と協力し合って、調和的な動きをする必要がある。ここで、Y保育園の1歳児クラスの事例を紹介しよう 。

 表1は午睡後の15時から16時半までの生活の流れの中に保育士たちがどのようにかかわっているかを表したものである。保育士の動きをみると、一人一人の子どもに向き合いつつ、集団としての子どもの動きや様子を継続的・総合的に観察し、子どもたちの活動がスムーズに流れるように他の職員と連携しながら職務を行っている様子がわかる。たとえば、正規保育士O.Mは、常に子どもと接しながら、子どもの活動をリードする役割を担っており、H.Aは、O.Mの後に続いて子どもの活動に関わり、子どもが次の活動にスムーズに移行できるように補助をしている。他方、パートタイムの保育士K.YW.Sは、正規保育士に続いて子どもの指導、生活支援を行いつつも、清掃や配膳などの作業を担当する比重が大きいことがわかる。

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 以上のように、保育士の職務は、同時間帯における職員間の調和的な作業と、子どもに関する情報や作業方法などの頻繁なやりとりによってはじめて遂行されるのである。そのため、職場集団のあり方が、保育士の職務遂行にとって非常に重要な意味を持っている。

保育所の職場構造からみる「不適切な保育」の背景

 近年の保育所を取り巻く環境は、十分な連携や技能形成といった、保育士の職場集団の機能を実現することを困難にしつつある。まず指摘しなければならないのは、これまで検討してきたような、長時間開所による勤務シフトの複雑化である。長い開所時間をギリギリの人員でつなぎ合わせるような勤務体制は、他の保育士との情報共有やシフトの調整、連携を困難にしている。交代制勤務になると、実際の子ども一人あたりのかかわりよりも、ケアの継続性を担保するための会議、記録といった時間が多くなるという研究結果もあるように、情報共有と連携がより困難になってしまう。さらに、正規雇用の保育士の負担が相対的に増加し、十分に同僚と語り合える時間が取れなくなるケースや、非正規保育士として働く者が、上司や先輩、同僚から学習し意見交換する場が十分与えられていないというケースがあることが明らかになっている 。

 保育事故の発生や「不適切な保育」の背景として、そもそも保育所の開所時間や開所日数に見合う保育士配置がなされていないという問題がある。国が保育施設に給付する公定価格では、週40時間制を前提とした8時間保育体制の保育士数が基本とされている。しかし、保育士の業務には、会議・打ち合わせや書類を作成する事務作業などもある。実質的に保育所にとっては、園児が8時間を超えて園にいる時間帯や、土曜保育については、国の給付で想定されている以上の人員の配置か、保育士の時間外(サービス)労働で対応せざるを得ないシステムとなっているのである。

 「不適切な保育」の事件が大きく取りざたされて以降、全国の保育所等での事故や虐待行為が様々なメディアで取り上げられ、注目されるようになった。202361日に開催された内閣府設置のこども未来戦略会議の方針案において、保育所等の職員配置基準を改善するとの内容が盛り込まれた。長い間改善が求められてきた配置基準の問題が方針案に具体的に盛り込まれたことの影響は大きい。国に求められているのは、保育施設における子どもの発達と親の就労を支える人材を増やし、安定的に育成することが可能な職員配置や労働条件を保障することである。


【参考文献】

・小尾晴美(2014)「保育労働の変質が保育にもたらすもの-正規・非正規職員の職務内容分析から-」『現代と保育』 (89)pp. 21-37
・小尾晴美(2016)「変質する保育士の職場集団と改善への課題」『労働の科学』71(10) pp.11-15
・筒井孝子・大夛賀政昭・東野定律・山縣文治(2012)「児童自立支援施設におけるケア提供の実態と課題 ― タイムスタディデータによる小舎夫婦制・交代制の比較」『社会福祉学』第53巻第1号、36頁。

小尾 晴美(おび はるみ)/中央大学経済学部助教
専門分野 社会政策、労働社会学

山梨県北杜市出身。2008年中央大学大学院経済学研究科修士課程修了。2015年中央大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。経済学博士(中央大学)名寄市立大学保健福祉学部専任講師を経て2019年より現職。

専門領域は社会政策、労働社会学。