研究

高齢者はどこへ向かうのか?―東京圏の高齢者移動

中澤 克佳(なかざわ かつよし)/中央大学経済学部准教授
専門分野 財政学・地方財政論・社会保障論

1. はじめに

 私の研究分野は地方財政や社会保障政策です。データを用いて地方政府や住民の意思決定やその影響を考察しています。このような研究分野の選択は、これまでの経歴や自身の置かれた環境の影響が強いようです。研究分野として地方財政に惹かれたのは人口減少と高齢化の進展が激しい地方出身だからという理由があります。また、社会保障政策の中でも特に介護政策を中心に研究をしていますが、これも地元に残った親が将来介護が必要になった場合、どうしたらよいのだろうか、という問いが自身の中にあったからだと思います。さらに、私自身が地方から東京に移動してきた経験から、人々の移動(地域間移動)にも強い関心を持っています。

 このような問題意識が基盤となり、これまで継続して高齢者の地域間移動とその要因を把握する研究を行ってきました。少子高齢化が進み、家族の分化が進行し、介護のリソースが限られていく中で、高齢者は誰から・どこで介護を受けるのだろうか、高齢者はどこに向かうのだろうか、という問いを追求しています。本稿ではその研究の一端を紹介します。具体的には2020年の国勢調査に基づく高齢者の地域間移動の動向を、東京都および東京圏とその他の地域で把握します[1]

2. 少子高齢化と家族の変化

 2025年2月27日に公表された人口動態統計速報によると、2024年の出生数は約72万人と最低値を更新しました。同年の死亡数は約162万人であり、約90万人の自然減となります。人口が継続的に減少する人口減少社会は2008年から始まっていますが、2060年までには約4,000万人の人口が減少すると推計されています。これは茨城県・埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県の総人口とほぼ等しい数字になります。

 このような少子化の進展は、家族のあり方を大きく変化させることになります。日本における世帯数は人口減少社会に突入して以降も増加し続けています。一方で、一世帯あたりの平均人員は1953年の5人から2023年の2.23人へと減少し続けています[2]。子どものいない世帯や、私のように親と離れて生活する世帯が増加しているでしょう。65歳以上の高齢者がいる世帯に関しては、1986年には「子夫婦と同居」が最も多く46.7%を占めていましたが、2023年の同項目の割合はわずか7.5%まで低下します。一方で「単独世帯」は21.7%、「夫婦のみ世帯」は40.7%となり、両者を合計すると62.4%となります。かつて高齢者は子ども世帯と同居するのが一般的でした。しかし、少子化や家族の分化が進行した現在では、高齢者は高齢者のみで生活するのが普通になっているということになります。

 それでは、高齢者が介護が必要になった場合、どこで・誰から介護を受けることになるでしょうか。かつては同居する家族(子ども)から介護を受けるのが一般的でした。しかし、すでに述べたように現在では子どもと同居する高齢者はむしろ少数派です。2000年から公的介護保険制度が導入されたとはいえ、それだけで介護がすべて賄えるものではありません。介護が必要な高齢者が移動するのではないか、具体的には子どもが呼び寄せる、または介護施設へ入居する移動が起こっているのではないかというのが、この研究を始めたきっかけです。

3. 高齢者の地域間移動

 高齢者の移動を捉えるデータとして国勢調査が存在します。国勢調査では10年ごとに人口移動の調査を行っています。具体的には5年前の在住地と調査時点での在住地を聞くことで、市区町村レベルで年齢階層別の移動を把握することができます。ここでは、大都市圏である東京圏とそれ以外の地域の移動、東京圏内の移動を2020年の調査を用いて把握します[3]

表1 各地域と東京圏の高齢者移動(人)

前期高齢者(65歳から74歳)

後期高齢者(75歳以上)

東京圏から

東京圏へ

合計

東京圏から

東京圏へ

合計

北海道

3,381

1,857

1,524

1,425

2,341

-916

東北

7,213

3,734

3,479

3,340

4,555

-1,215

北関東

8,297

3,840

4,457

9,134

4,956

4,178

中部

12,233

6,454

5,779

8,128

8,713

-585

近畿

5,444

4,479

965

2,928

5,644

-2,716

中国

2,580

1,438

1,142

1,176

2,002

-826

四国

1,460

644

816

552

859

-307

九州

8,243

3,288

4,955

3,285

4,103

-818

合計

48,851

25,734

23,117

29,968

33,173

-3,205

 表1は東京圏と各地域間での高齢者の移動を集計したものです。表の「合計」欄は、「東京圏から」の流出から「東京圏へ」の流入を引いた数値で、この値が正の場合は東京圏からの流出超過、負の場合は東京圏への流入超過を意味しています。

 前期高齢者と後期高齢者では移動のパターンが明確に異なっています。65歳から74歳の前期高齢者では、東京圏から他の地域へ流出超過となっています。距離的に近接した地域への流出超過が多いですが、九州地域も多くなっています。一方で75歳以上の後期高齢者に関しては、北関東を除いて他地域からの流入超過となっています。前期高齢者の移動については、退職後の生活を地方で送ることを選んだ人や故郷に戻るUターン移動などが考えられるでしょう。一方で、介護リスクが高い後期高齢者は地方から大都市へ移動していることが分かります。

 これを東京圏内の1都3県で見てみると、東京都は前期・後期高齢者共に流出超過となっている一方で、埼玉県・千葉県・神奈川県は前期高齢者が他の地域へ流出超過、後期高齢者は他の地域から流入超過となっています。さらに細かく見ると、東京都の後期高齢者は23区から流出超過となっており、その行き先として多摩地域・周辺3県・北関東が選ばれる傾向にあります。東京都の周辺3県は東京都および北関東を除く他の地域からの後期高齢者の移動先となっていることが分かりました。

 後期高齢者がなぜ東京都区部から流出し、周辺の都市に環流するのかという問いに関しては、多くの仮説が考えられるものの研究の途上です。日本における高齢者の移動に関する研究は他の年代と比較すると少なく、どこから・どこへ・なぜ移動したのかが分かるデータは非常に少ないからです。そのなかでも移動要因に接近したものとしては中澤(2017)が市区町村別・年齢階級別の移動を検討し、介護老人福祉施設の量的な充実度との関係を示しています[4]。またSumita, Nakazawa, Kawase (2021)では、個票データを用いて高齢者の住宅保有形態や介護施設の立地が高齢者の転居に影響を与えていることを示しています[5]

4. 高齢者が移動する時代

 少子高齢化の進展や家族のあり方の変化、さらに医療や介護の財源問題などを踏まえると、高齢者が移動する社会が本格化してくるかもしれません。実際、国勢調査のデータを追いかけていくと、1990年以降の高齢者の移動は増加してきています。一方で、自治体の関係者は「現在住んでいる」人たちの高齢化は非常に気にかけていますが、移動についてはあまり意識が向かないようです。後期高齢者が多く移動する自治体にヒアリングに行った際にデータを示したところ、先方の担当者に非常に驚かれたという経験をしたことがあります。

 高齢者が移動する存在であると考える場合、その移動が地方自治体の財政や福祉政策に大きな影響を与えることになるでしょう。また、子育て支援政策のような地域間競争につながる可能性もありますし、逆の競争を引き起こす可能性もあります。今後の地域社会や地方の行財政のあり方も含めて、検討すべき課題だと考えます。


[1] 東京圏は埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県を指す。
[2] 総務省 国民生活基礎調査
[3] 各地域に該当する道府県は以下の通り。
東北:青森県・岩手県・宮城県・秋田県・山形県・福島県
北関東:茨城県・栃木県・群馬県
中部:新潟県・富山県・石川県・福井県・山梨県・長野県・岐阜県・静岡県・愛知県
近畿:三重県・滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・奈良県・和歌山県
中国:島根県・鳥取県・岡山県・広島県・山口県
四国:徳島県・香川県・愛媛県・高知県
九州:福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県・大分県・宮崎県・鹿児島県・沖縄県
[4] 中澤克佳「高齢者の社会動態と介護保険制度」『社会保障研究』2巻2-3号,2017年
[5] Kazuto Sumita, Katsuyoshi Nakazawa, Akihiro Kawase "Long-term care facilities and migration of elderly households in an aged society: Empirical analysis based on micro data" JOURNAL OF HOUSING ECONOMICS, 53, 2021年

中澤 克佳(なかざわ かつよし)/中央大学経済学部准教授
専門分野 財政学・地方財政論・社会保障論

長野県生まれ。2001年中央大学総合政策学部卒業。2003年慶應義塾大学経済学研究科博士前期課程修了。2007年慶應義塾大学経済学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(経済学)。2007年東洋大学経済学部専任講師。准教授,教授を経て中央大学経済学部にて現職。

主に市町村合併や介護政策の実証研究を行っている。中央大学経済学部では経済政策論を担当。

主要著書に『平成の大合併の政治経済学』勁草書房,2016年(共著)がある。