人ーかお

特殊詐欺被害の回復に向けた道程とこれからの課題

青木 知巳(あおき ともみ)さん/弁護士

第1 特殊詐欺被害をめぐるこれまでの状況

 「特殊詐欺」とは,被害者に電話をかけるなどして対面することなく欺もうし、指定した預貯金口座への振込みその他の方法により、不特定多数の者から現金等をだまし取る犯罪(現金等を脅し取る恐喝も含む。)の総称を言います。いわゆるオレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺及び還付金等詐欺等がこれにあたります(以上は警察庁による定義です。)。
 近年,警察による取締り等の効果もあって被害は漸減傾向にありますが,それでもなお285億円(2021年統計)の被害が認知されており,認知されていない暗数も含めれば被害額はその数倍に上ることが想定されます。

 被害者は主として高齢者であり,言葉巧みに不安感をあおり,または,良心につけ込み,正常な判断ができない状態にして多額の金員を騙し取ります。
 特殊詐欺は組織的な犯罪であり,その背後に反社会的勢力がいることが容易に想像されます。しかし,捜査機関による検挙は,お金の受取役である「受け子」,電話をかける役である「架け子」にとどまることが多く,組織の首謀者にまでたどり着くことは滅多にないというのが実情です。
 そして,「受け子」や「架け子」は被害弁償する資力がなく,相談を受けた弁護士も被害回復は難しいという回答をせざるを得ない,そのため被害者は泣き寝入りせざるを得ないという状況が長らく続きました。

第2 被害回復に向けて

 被害者が泣き寝入りする一方,反社会的勢力が肥え太るような、このような状況は社会正義に反しますし,見過ごすことはできません。
 かかる状況を打開すべく,暴力団等の反社会的勢力による被害の回復・予防等を目的に活動する民事介入暴力対策委員会(以下「民暴委員会」といいます。)の弁護士が考案したのが,暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴対法」といいます。)31条の2が定める,指定暴力団の代表者等の損害賠償責任(以下「組長責任」といいます。)に基づく責任追及の手法でした。
 この暴対法31条の2は,暴力団による「威力利用資金獲得活動」に基づく損害について,指定暴力団の最上位組長に損害賠償責任を負わせるものです。
 この点,従来は,「威力」,つまり,暴力団であることの勢威は,被害者に向けられる(「示す」必要はありません。)ことが想定されていました。
 しかし,特殊詐欺等の組織的犯罪においては,詐欺の被害者に実際に「威力」が向けられることはない一方,組織内部の統制(組織内における役割分担・指揮命令・被害金の回収・分配等)や,他の組織との調整等の場面で暴力団の「威力」が絶大な効果を発揮し,それが犯罪の実現に欠かすことができません。しかも,その「威力」は普段から使われる必要はなく,統制等が必要な場面でのみ発揮されればよいのです。一般的に暴力団は上命下服の組織であるとされていますが,特殊詐欺は,その組織性が最も有効に機能する犯罪類型と言っても過言ではないのです。

 私が所属する東京弁護士会の民暴委員会委員で構成する弁護団は,全国に散らばる被害者を訪問して,被害回復は勿論,特殊詐欺撲滅という社会的な意義も訴えて,原告になっていただきました。多くの被害者の方にご賛同いただき,警察や検察のご協力も得て,2016年6月30日に刑事事件化された7名(第1事件),2017年6月30日に刑事事件化されなかった40余名(第2事件)の被害者を原告とする損害賠償請求訴訟を提起しました。第1事件は特殊詐欺の被害弁償を求める組長訴訟としては全国で初めてのものでした。もっとも,第2事件では,家族の反対等で提訴を断念した被害者も20余名いらっしゃいました。
 訴訟において,我々は,警察によるご協力も得ながら,暴力団組織のかかる実態と,それが実際の特殊詐欺組織内でいかに有効に利用されていたかを詳細に主張・立証し,最終的に我々の主張を認める内容の判決を得ることができました(第1事件について2020年9月25日,第2事件について2021年2月26日にそれぞれ東京地裁判決を得ています。)。
 そして,2021年6月,指定暴力団組長らが第1事件・第2事件の被害者に対して実損害額を上回る総額6億5000万円余りを支払うことを内容とする和解が成立し,被害者側に上記賠償金が支払われました。

第3 これからの課題

 我々弁護団の事件に前後して,その他の組長責任訴訟においても組長側の責任を認める判決が複数出ています。全国の民暴対策に関わる弁護士の努力により,指定暴力団の構成員らが関与する特殊詐欺については,裁判上,組長責任を認める流れが確立しつつあります。近時,暴力団側が所有する施設を売却する動き等も報道されていますが,これは組長責任に基づく損害賠償請求に備えた動きであるとの見解もあります。暴力団の弱体化,撲滅という観点から,こうした流れは歓迎すべきものであると考えます。
 しかし,その一方で課題もあります。

 その第1が,損害賠償責任が認められた場合の現実の被害の回復・回収です。上記のような資産売却の動きは歓迎すできる一面がある一方,資産隠し等にもつながりうるものです。また,(容易には想定しがたいですが)暴力団側の資金の枯渇によって被害回復が困難になる可能性もあります。そうした現実の被害の回復・回収を実現するための方策が必要です。

 第2に,刑事事件化されない,いわゆる未立件被害者の被害救済です。
 起訴されて刑事事件化された被害者は,民事事件においても刑事公判に提出された記録を証拠として主張立証できる一方,いわゆる余罪事件として起訴されなかった未立件事件の被害者は,刑事記録を証拠化することが基本的にできないことから,被害回復の道が閉ざされることになりかねません。
 同じ被害者でありながら,刑事事件として立件されたか否かで一方は救済されるが一方は救済されないなどということがあってはなりません。
 かかる不均衡を是正するための方策・手当てが求められます。

 第3に,被害回復の迅速化です。
 裁判を受ける権利を充足するため,丁寧な審理は必要です。しかし,特殊詐欺の場合,被害者の多くは高齢であり,時間的猶予があるとは言えません。実際に我々弁護団の被害者でも,数名の方が被害の回復を待たずして鬼籍に入りました。被害者に被害回復を実感して頂く,さらには名誉回復のためにも,迅速な被害回復に向けた方策が求められます。

 第4に,暴力団員らの潜在化です。指定暴力団の組員が関与する特殊詐欺について被害救済の道が開かれつつあることは述べたとおりですが,それに伴い暴力団員の存在を見えにくくする動きになっていくことが容易に想定されます。潜在化を許さず被害回復を可能にする方策の考案,彼らが利用する犯罪ツールの規制等も含めた対策が求められます。

 高齢者の「人を信頼する心」を崩壊させ,「虎の子」である財産を根こそぎ奪う特殊詐欺は,「心の殺人」ともいえると思います。また,巧妙な手口の前では,すべての国民が被害に遭う恐れがあるともいえます。
 その撲滅に社会全体で取り組む必要があると考えます。

以 上

青木 知巳(あおき ともみ)さん/弁護士

千葉県出身
池袋市民法律事務所所属
1996年 中央大学法学部卒業
2000年 司法試験合格
2002年 弁護士登録(55期)
2004年 東京弁護士会民事介入暴力対策特別委員会委員
2005年 東京弁護士会消費者問題対策委員会委員
2011年 日本弁護士会連合会民事介入暴力対策委員会委員
2015年 東京弁護士会民事介入暴力対策特別委員会副委員長

主な著書としては,「民事介入暴力対策マニュアル」(共著 ぎょうせい刊 2015年),「反社会的勢力リスク管理の実務」(共著 商事法務刊 2009年),「反社会的勢力をめぐる判例の分析と展開(別冊金融・商事判例)」(共著 経済法令研究会刊 2014年)