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学生が成りたい仕事ランキング1位弁護士を目指して

原 直義(はら なおよし)さん/弁護士

弁護士の難しさを知る10年

 私は、今年の12月で弁護士登録17年を迎えます。弁護士1年目の2008年は、リーマン・ショックの真っ只中で、上場している企業でも資金繰りが悪化し、倒産するという事態が起きていました。
 そのような中、私は、上司の弁護士とともに法人の倒産に向き合う実務を学ぶことができました。会社の倒産の場面で、私は何度も失敗を繰り返しましたし、恐怖を覚えることもありました。1つの発言や書類のミスが、会社の廃業にも繋がりかねない状況にあるからです。そうなれば、多くの従業員が職を失い、多くの取引先が重大な損害を受けることにもなります。

 私は、当時、これまでの人生にないほどプレッシャーを感じる日々でした。それでも私は、会社の再建の場面で、多くの経営者や従業員と触れ合い、また、債務者を助けようとする金融機関の担当者ともお会いすることができました。

会社再生の場面における弁護士の役割

 通常の民事裁判では、原告と被告は、互いに主張立証を尽くし、裁判所が最終的な判断を下す対立構造にあります。しかし、会社再生の場面では、金融機関などの債権者と債務者は、必ずしも対立構造にあるわけではなく、会社の再建という共通するゴールに向かって協調していくことができます。

 その繋ぎの役割をするのが、会社の再生案件を扱う弁護士の業務になります。債権者との協議で重要視していることは、「嘘をつかない」ことと「情報の開示」です。金融機関に対して、嘘なく、情報を開示しながら、依頼者である会社の再建の道筋をたて、その説得をする業務は、通常の裁判とは違った面白さがあると思っています。

尊敬する経営者との出会い

 私は、弁護士15年目を迎えたころ、資金繰りに窮している地方百貨店から会社再建に向けた相談を受けました。この百貨店は、地域唯一の百貨店であり、最盛期には売上160億円を超え、500人近い従業員を抱えておりました。
 しかし、2000年以降赤字に転落し、業績は悪化の一途を辿ることになります。それでも、2011年ころ、会社の経営陣と従業員が一丸となり、金融機関などの支援も受けつつ、黒字転換を果たし、一旦は会社再建を果たすことになりました。
 しかし、その後、施設の老朽化などにより多額の設備投資を余儀なくされるとともに、顧客層の高齢化やネットショッピングなどの台頭に伴い、また経営が悪化していたのです。私は、このような状況下で、百貨店の経営陣の皆様とチームを組成し、今後の会社の方向性を決めていくことになりました。

 この百貨店では、非常に優秀な経理や総務の方がいたため、今後の会社の資金繰りがおおよそ把握できていました。金融機関の借入金の返済を一旦ストップすれば、資金ショートをせず、事業を継続できる可能性も十分にありました。しかし、設備の老朽化により、エスカレーターなどの重要設備がいつ止まるかもわからず、もし設備が止まる事態が起きれば、その復旧の費用や時間を考えると、取引先や従業員に対する支払いもできなくなる危険性もありました。そのような中で、何度も協議を重ねた結果、この百貨店では、まだ資金があるうちに百貨店の幕を閉じるという判断をしました。

 この百貨店には、1000社以上の取引先がありましたので、もし不測の事態が生じた場合、小さな取引先の連鎖倒産が起きるかもしれませんでした。また、閉店までに半年以上の時間をかけることで、200名の従業員が再就職活動の時間を作ることもできると考えました。何より、地域に愛された百貨店として、短い時間でも閉店セールなどで当時の賑わいを取り戻し、その上でシャッターを閉めたいという思いもありました。経営者なら最後まで足掻き続けることが美徳と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、この百貨店の経営陣の判断に私は感動すら覚えました。

百貨店の閉店に向けて

 百貨店の閉店に向けて、まずは金融機関に事情を説明し、協力を仰ぐ必要がありました。百貨店の閉店は会社の倒産とほぼ同義だったからです。それでも地域の金融機関は、状況を理解し、百貨店閉店まで協力してくださり、借入金の返済もストップしてもらうことができました。
 しかし、約定での返済猶予の合意をしている中、百貨店の口座を凍結し、金融機関同士の協調を乱す銀行も現れました。それでも、百貨店の経営陣は、狼狽えず閉店に向けて、取引先回りや従業員説明、そして(最後の)閉店セールに向けて準備を進めていきました。
 百貨店の閉店を公表した時には、従業員への説明会も開催しました。この説明会は大きな反発もなく終わりましたが、説明会後、女性の従業員の一人が泣きながら会社役員に訴えかけていた場面を私はいまでもよく覚えています。

 その後、従業員や取引先の協力もあり、百貨店の閉店セールは好評を博し、多くの来場者で賑わうことができました。最終日には、百貨店の前に閉店を惜しんで多くの人々が列をなし、経営陣も従業員も一緒になって、お客様に向かって手を振り、シャッターを閉めることができました。私は、経営陣のお一人に対して、閉店前から何度も、ご自身の転職活動を進めました。しかし、この方は、「自分は最後でいいんだよ。」「社員のみんなが次の職を決めたら、自分も次を考えるよ。」と言って、他の従業員の転職を最後まで優先されました。

最後に

 もし自身が会社の倒産の場面に置かれたとき、これまで出会った経営者と同じことができるか分かりません。ですが、私は、素敵な経営者や金融機関の方々と一緒にお仕事ができたことを今でも誇りに思っていますし、自身の仕事が少しでも社会の役に立ったのであれば、こんなに嬉しいことはありません。

 私は、依頼者と一緒に悩み、一緒に動き、一緒に悲しみも喜びも分かち合う弁護士の仕事を素晴らしいものだと思っていますし、若い人にも是非、法曹を目指してほしいと思っています。今後も素晴らしい人々との出会いのお話しを多くの人に共有していきたいと考えております。

原 直義(はら なおよし)さん/弁護士

福岡県出身。1980年生まれ。
2004年3月  中央大学法学部卒業
2006年3月  中央大学法科大学院法学博士課程修了
2007年12月 弁護士登録(新60期) 都内法律事務所勤務を経て
2017年4月  山下・渡辺法律事務所 パートナー弁護士として入所