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松田 美佐

松田 美佐 【略歴

「若者の『内向き志向』」を考える

松田 美佐/中央大学文学部教授
専門分野 コミュニケーション/メディア論

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 「来週ですか? もちろん、行きますよ。」

 9月中旬、香港で日本語を学んでいる若者にインタビューした際、多くの若者から返ってきた答えだ。いかにもまじめそうな学生だけではない。日本のアニメやマンガが好きで、「オタク」を自称する男子学生。サンリオのキャラクターを身につけているかわいらしい女子学生。ごく普通の若者が「あたり前」とばかりに答えたのが印象的であった。

 翌週に予定されていたのは、「Occupy Central」。香港特別行政区行政長官選挙の制度変更を決定した中国政府に対して、大学生や高校生を中心した抗議運動が始まろうとしていた。ご存じの通り、香港の中心部を占拠することから始まったこの運動は、世界の注目を集め、この原稿を書いている12月初旬も継続中である。

共同研究プロジェクト

 私を含めたグループで、本年から3年間にわたる中央大学共同研究プロジェクト「グローバル化時代における若者たちの自己実現に関する国際比較研究」に取り組んでいる。このプロジェクトの目的は、日本の若者がグローバル社会で活躍するために必要な条件や抱える問題点などを実証的に明らかにすることである。というのも、グローバル化が進展するなか、国外への留学者数の減少などが話題となり、日本の若者の「内向き志向」がその原因の一つとして挙げられている。しかし、外国で活躍する日本の若者は一定数おり、私の周囲の学生も長期休暇中はインターンシップや短期留学で海外に出かけるものが少なくない。果たして、日本の若者の「内向き志向」といわれるものは、実際にはどのようなものであり、あるとすれば、その原因は何なのか。「内向き」なのは、日本の若者だけなのか。

 ちなみに、コミュニケーションやメディアを専門とする私の領域との関係では、「最近の若者」はしばしば次のように評される。「ケータイやネットで仲間とつきあうばかりで、さまざまな人と関わろうとしない」「アニメやゲームをはじめとする趣味に夢中で、広く社会に目を向けることがない」――しかし、本当にメディアや趣味は日本の若者の「内向き志向」の原因といえるのか。

 このような問題意識をもち、自己意識や対人関係、社会意識などさまざまな観点から日本の若者をとらえるために、日本との関係も深く、日本人が多く活躍する香港、タイ、シンガポールというアジア三地点においてグローバルに活躍している日本の若者、および日本社会に関心をもつ現地の若者に対するインタビュー調査をおこなう一方、日本に住む一般の若者を対象とする質問紙調査を予定している。冒頭のエピソードはこの研究により本年9月香港でインタビューをおこなった際のものだ。

両立する私的関心と公的参加

 先に述べたように、多くの日本の若者は自分の趣味――アニメやマンガ、ゲームなどのメディア文化でもいいし、ファッションや音楽などでもいい――には関心があるものの、社会参加や政治参加は活発であるとは言えない。趣味や周囲の人間関係など私的な関心事への没頭と公的な社会参加は相容れないものであり、しばしば前者が後者を妨げていると考えられている。

 しかし、日本の若者と同じように自分の趣味を楽しんでいる香港の若者は、社会参加をあたり前のことだと考えており、実際、友だちとも日常的に社会や政治に関する話をするという。趣味への没頭は必ずしも社会に対する関心を妨げてはいないのだ。ちなみに、もちろん香港の若者もケータイやネットを駆使して、友だちとつながっている。趣味や友だちとの関わり方では似ているように思える香港と日本の若者の違いは、いったいどこからくるのだろう。追究すべき課題は広がる。

今後に向けて

 もちろん、これは一つの事例の「発見」にすぎない。また、今回の研究は私にとって新しい領域へのチャレンジであるがゆえに不十分な「発見」にすぎず、これから研究を重ねる必要があると考えている。しかしそれでも、日本の若者の「内向き志向」の原因に関する通説には疑問を呈するきっかけにはなる。また、本稿で紹介したのは香港の若者についてだが、香港で活躍する日本の若者(頼もしい本学卒業生にも会った)の話も極めて示唆的であった。

 香港調査では、白門会香港支部のみなさんにもご協力いただき、とても感謝している。来年度以降も引き続き研究を進め、グローバル化する社会における若者像を多様にとらえていきたい。

松田 美佐(まつだ・みさ)/中央大学文学部教授
専門分野 コミュニケーション/メディア論
1968年兵庫県生まれ。1991年東京大学文学部卒業。1996年東京大学大学院人文社会系研究科満期退学。東京大学社会情報研究所助手、文教大学情報学部専任講師、中央大学文学部助教授を経て、2008年より現職。著書に『うわさとは何か』(中公新書、2014年)、共編著に『ケータイの2000年代』(東京大学出版会 2014年)、『ケータイ社会論』(有斐閣、2012年)など。「メディアが社会を変える」といった決定論的な視点ではなく、メディアと社会の関係性を動態的にとらえる視点を探っている。