2013年6月18日、政府は「平成25年版自殺対策白書」を公表し[1]、2012年度の年間自殺者数が15年ぶりに3万人を下回ったことを報告した。しかし依然としてこの数値は先進国中ではトップであり[2]、交通事故死者の7倍、1日平均70名が自殺で亡くなる規模である事に変わりはない。世界全体では高齢者になるにつれ自殺者数が増加する傾向があるが、日本はピークが40-60歳代の男性グループにあり特異な傾向のある国である。実際には自殺者数の約10倍もの自殺未遂者の存在があり、1名の自殺者で平均6名以上の遺族が生みだされることが知られている[3]が、日本ではその実態報告及び支援の為の介入は非常に限定的である。自死遺族は偏見、羞恥、孤独感に苛まれる[4]。筆者が学んだ米国公衆衛生大学院には学術専門科目としてSuicide Prevention and Controlの授業があった[5]。世界各国の取り組みや最新情報を分析、自死遺族やとりわけ残された子どもたちへの心のケアなども紹介され、大変興味深いものであった。我が国では現在約300万人の自死遺族がいるとの積算があるが[6]遺族に対する介入は小規模であり、遺族の声が大きく取り上げられることはない。
筆者は2007年7月から2012年10月まで5年3ヶ月にわたる「『声なき声』に耳を傾ける自殺実態調査(523名の自殺者の遺族からの聞き取り調査)」[7]の量的データ部分の一部解析を担当した[8]。結果概要は2013年3月に「自殺実態調査2013(第1版)」として公表された。
自死遺族からの聞き取り、という調査のために条件に合致する人はいわばhard-to-reach populations(隠れた集団、アクセス困難な対象者)であり、参加者の主体的協力によるRespondent Driven Sampling(RDS)にならざるを得なかった。
結果的には500名を超える回答者となったため質的分析と量的分析の双方からのアプローチが試みられた。筆者は、データから対策を打つための、つまりは介入のための時間がどの位あるか、誰の緊急度がどの程度なのかを量的に明らかすることを一つの重要課題とした。職業や年齢もさまざまであったが、データを分析していくと自営業者や企業の管理職、女性、学生等それぞれに異なる特徴が見られた[9]。
自殺実態調査が提示するもの
自営業でも創業者は負債や連帯保証を伴う負債が生じてからその半数(50%)が亡くなる中央値が2年と特に短い。企業等の被雇用者の中央値は4.5年である。要因発現から介入できる時間は実は極めて限られるといわざるを得ない。自営業者は、周囲に相談する率も低く、負債を抱え、追い詰められながらも周囲にそれを悟られないようにする特徴がみられた。自殺のサインがあったと思うか? については「あったと思う」、が全体の約6割(58.2%)いたが、その時はそれが自殺のサインと思わなかった、が実は9割に上る。「サイン」が周囲に発せられたとしても、それに気付くことは実は困難なことがわかる。
現在、もっとも急務と思われるのが増加する若年層の自殺対策である。20歳未満の年齢層では要因発現から半数が亡くなる本データでの中央値は3.2年。要因発現からきわめて短期間で亡くなる例も多い。現在の日本では20歳未満も自殺のハイリスクグループとして扱うべきであると筆者は考える。
自死遺族の直面する問題
我が国ではまとまった自死遺族に関する情報がほとんど公開されていない。遺族も自殺は隠すべき死、として口を閉ざす。本調査では自殺された方の遺族から亡くなった本人、そして自死遺族が直面した更に大きな問題についても明らかにした。
死亡場所からの賠償請求、一家の稼ぎ手の突然の喪失による家計の逼迫、故人の死因に触れられたくない為に家族に関する話題を避ける努力、周囲からの心無い言葉、時間がたっても変わらない悔恨と自責の念。「なぜ傍に居て気付かなかったのか」は残された家族にとって極めて厳しい言葉として挙げられていた。また死亡直後と現在の遺族の自責の念の感情の変化については実はほとんど変化がない。約半数の遺族は数年という時間がたった今も「故人の死は自分のせいだと思う」と回答する[10]。直後の「自分も死にたい」感情(32.5%)だけは数年後の聞き取りの時点ではやや減るが(17.6%)、絶望感や先が見えない抑うつ感に今も半数近く(45.6%)は苦しんでいると訴える。他方、周囲からの「普通で良いんだよ」「あなたは何も悪い事はしていない」「仲良しの友人が見守ってくれて、毎日のようにメールをくれた」、「(故人である)あいつに周囲は支えられていた」等の言葉やメッセージが遺族にとって生きる支えとなったことも明らかになった。
- ^ 前掲書、「自殺実態白書2013(第1版)」第3章。NPO法人ライフリンク。2013年3月
東日本大震災3年目に寄せて
今年は2011年の東日本大震災から丸2年が過ぎ、3年目に入る。本Chuo Online欄でも現況、取り組むべき課題について複数指摘されている[11]。我々が日本で経験した最近の震災では、発災直後の1-2年目は災害発生以前に比して自殺者数は大きく減ずることが報告されている[12]。しかし3年目からは一転、自殺者が増加する。中越地震はこれらの現象を忠実に提示した[13]。阪神大震災後では孤独死も増加した。世界的には自殺の関連要因として性別(男性>女性)、年齢、健康状態(疾病)、日照時間、低所得、職業、地域の希薄な人間関係、家族の死亡、さらには傾斜地居住、等が明らかにされているが、災害後はこれらの要因のいくつかが短期間で顕著に変化、表出する。
筆者は7月上旬に岩手県の被災地で地元の医療者を訪問し、聞き取りを行った。「20分間で、と相談時間を区切るけど空きがでることはないです。『津波の中で、助けて。と私に向かって叫んだおばあちゃんとお孫さん。その時、私その顔を見たのに、助けられなかった。またこの夢を見ました』という相談者がいました。実は夜眠れない人は今もとても多いです」。仮設住宅での長期居住の精神的、身体的負担は実際極限に近くなっている。
阪神大震災では仮設住宅が元のコミュニティや人間関係を分断した形で作られたことが指摘され、孤独死の増加を招いた教訓がある。東日本大震災でも震災前のコミュニティがまとまって仮設住宅に住んでいる地区とそうでない地区で地区での団結や住民が感じる暮らしやすさに差がでてきている。実際仮設住宅での自殺も皆無ではない。今年は自殺のリスクが高まるとされる3年目である。
筆者は担当するゼミ学生に東日本大震災で被災した学生が何人かいたこともあり、震災直後から被災地に何回か出向いた。仮設住宅での居住が長引き、先の見えない地域の人々に対し継続的に、また小規模でもよいので大学や学生が貢献できることは少なからずある。
この8月にも岩手県の被災地で仮設住宅調査を行うが、調査結果だけではなく寄り添う、遠く離れていても忘れていないというメッセージを伝えることも大学人としての責務と考えている[14]。その目的もあり一定数の学生を現地調査に協力してもらうこととしている。
自殺リスクの高くなった環境と人々への「緩やかな介入」、は難しい課題だが不可能なことではない。阪神大震災、中越地震といった世界規模の災害から学んだ日本の知見がさらに試される年である。