バスの中から、軍の施設が見えた。JAHDS事務所への道は、そんな少し殺伐としたような場所にあった。しかし、バスの中から見えた軍人さんたちの笑顔。こんなところからも、タイという国の穏やかな国民性を実感できた。
「JAHDS(特定非営利活動法人 人道目的の地雷除去支援の会)」。今回、私たちがお邪魔させていただいた事務所の団体名だ。JAHDSはその名のとおり、人道および地域復興を目的とした地雷除去支援団体である。
日本のNPO法人は外国人から見て「お金だけ出せばいいと思っている」と思われることが多いようだが、JAHDSは日本のNPO法人として初めて「自らが汗を流す」「顔の見える」「主体的な」地雷除去プロジェクトを実施した。
事務所に着いて、除去のデモンストレーションを見学。もう、とっぷり日が暮れて辺りも暗くなった時間、安全だとはわかっていても、何となく緊張してしまう空気が漂っていた。女性除去員が用意をし、地面に寝そべり、真剣な面持ちで作業を進めてゆく、その光景は、思わず見入ってしまうものだった。
しかし、その空気もすぐに崩れた。おびただしい数の蚊が、自分たちの周りを飛んでいるのだ。自分を含めた参加者の、特に女の子はそれが気になって仕方がなくなってしまった。あぁ、情けない、と思った。
除去員の話によると、作業中は蚊はもとより、蛇などの生物が近くに寄ってくることもあるそうだ。しかし、そこで集中力を欠いてしまっては自分の命にかかわる……そんな状況で作業に汗を流す作業員の姿を想像して、ただ尊敬の念を抱いた。
だが、そこは人間。どうしても気が散って集中できないときもあるそうだ。そのために、JAHDSでは常に8人のスタッフで交代しながら作業を行っている。少しでも集中力を欠くと、命に危険を及ぼす作業だ。そんなときはすぐに交代して、休憩をとり、また作業に戻る。
デモンストレーションを見学し終わったあと、会議室での質疑応答があった。今までに行ったどこよりも、皆が熱心に質問をし、その返答を聞いていた。そして何より、顔つきが真剣だった。
小さなお子さんがいるという女性除去員に聞いてみたいことがあった。それは、「もし、自分のお子さんが大きくなって、地雷除去員になりたいと言ったら賛成しますか? それとも反対しますか?」ということ。
何となく返事は予想できたが、聞かずにはいられなかった。案の定、答えは「もちろん、賛成します。確かに地雷除去は危険な仕事ですが、とても誇りある仕事で、国や地域に貢献することができます。だから、もし自分の子供がやりたいと言ったら、ぜひ、と勧めます」というものだった。
そのとき、日本人の考え方と、女性除去員の考え方(タイ人の考え方なのかもしれないが)の大きなギャップを感じた。日本では、子供に危険な仕事を勧めようという親は、まずいないからだ。
私がメモをとっていると、司会役をして下さったJAHDSの小池ジェネラルマネージャーが私に対して、逆に質問をした。「それでは、あなただったらどうしますか?」と。それが何を意味しているのかは定かではなかったが、私は自分が質問をしたことを、逆に自分が聞かれたらどうするかと解釈して、答えた。
「もし、私が親となったら、自分の子供には除去員になってほしくはありません」
本当の気持ちだった。
世界から地雷がなくなってほしい、その願いは同じだけれども、地雷原の近くで生活する人と、安全な地でいつも平和な生活を営む人(私たち)……願いの切実さが違う。それは、疑いようのないことだと思う。
「地雷」と聞いても、どこか「遠い世界のこと」だと考えてしまう私たち。でも、現地で除去員の方に会って、直接お話をして、今までよりも「地雷、そして除去」というものが身近に感じられるようになった。
最後に、現地スタッフの方がおっしゃっていた言葉。
「長い時間をかけて、次世代の平和を担うあなたたちが、地道に考えを発信していくことが、非常に大きな力となるでしょう」
ありきたりな考えかもしれない。しかし、世界でとても小さな存在である私たちでも、たくさんの人々が同じことを願えば、未来は変わるのではないだろうか。何十年、何百年かかるかはわからないけれども、これからの未来は私たちが築くものだから。国は違えど願いは同じ。1日も早い100%除去を願って。
地雷とは地中や地表にあり、接触したり近づくことにより爆発する兵器だ。地雷により、紛争後も子供が玩具(おもちゃ)と間違えて被害に遭うなど、今なお多くの民間人が犠牲となり、後遺症をもたらしている。
地雷は国境付近にたくさん存在する。その理由は、侵略を防ぐためだ。日本は海に囲まれているため国境地がないので、国境付近に地雷を埋められる心配はない。そんな平和な日本で育った私たちは、地雷を身近な問題として認識していなかったことに気づかされた。
JAHDS(人道目的の地雷除去支援の会)は1998年、地雷除去の支援活動のため、多くの賛同企業を集め発足した。人々の安全を脅かし、経済の復興を妨げる残留地雷の存在は、人々を貧困から解放しない。このような場所で、今を生きる人が苦しんでいるだけでなく、たくさんの人々が紛争により命を落としたことの事実に直面させられた。
そういった人々の死を悼むことが大切であり、後世に伝えるべきだと思う。そしてその思いとともにあらためて平和について学び、今後もその思いをつないでいけば、いつか本当の平和へ続く道「ピース・ロード」となるはずだと思う。
「ピース・ロード」を通り、プレア・ヴィヒア寺院を訪れる全世界の人々が、そこで命を落とした多くの人々の平和への思いを感じ、次世代へ伝えるため、JAHDSは「ピース・ロード」を合言葉に除去活動を歩んでくれればうれしいと思うし、私たちもその一翼を担いたい。
JAHDSの行っている地雷除去の手順と方法は、
1. まず進入路の選定や地勢・植生の調査をし、効率的なプランを立案する。
2. 次にブラッシュカッター(大型植生除去機)やミニ・フレール(遠隔操縦地雷・植生除去機)を導入し、植生を除去する。
3. そして除去員チームによる手作業、となる。
除去員は、地元農民が雇用・育成されているが、農民たちには、自分たちの地域は自分たちの手で安全にするんだという強い熱意が感じられ、地雷除去という危険な作業に対し、命を顧みず誇りを持って仕事をしていることに驚いた。
手作業の最初は、手の届く範囲の草を刈ることだ。そして金属探知機を駆使し、反応があるかどうか、寝た格好で調べる。立ったまま調べると、ふらついてしまい、手をついてしまうかもしれないからだ。もしそこに地雷があったら、ケガだけでは済まない危険な作業だ。
反応があった場合は、少しずつ掘り起こす。しかし、反応があったからといって地雷だとは限らない。もしかしたら、釘などの金属類かもしれない。しかしそれを判断するのは難しく、掘る以外の方法はないのだ。
ほかにも、火薬のにおいをかぎ分ける地雷犬を使う手もある。犬は体重が軽いため、地雷を踏んでもすぐ爆発する心配はない。しかし、最後に掘り出すのはやはり人間の手であり、人が埋めた物は、人でしか除去できない。この工程で1回に進める距離はたった60cmほどしかなく、延々とその作業を繰り返すため、精神的、肉体的にも根気のいる困難な作業である。
また、雨季の間はあまり作業が進まず、夏は暑さで参ってしまいそうな作業だ。本当に強い精神力が必要だということがわかった。作業は少しずつしか進まないが、人々が安全に暮らせる場所が増えていくことは素晴らしい。今、地雷が除去された場所では国立公園による開発が進み、キャンプ場やお土産屋などが建設されている。
その結果、地元の人の労働の場となる雇用が確保でき、観光客も増え、地域経済の発展に大きく貢献することになるのだ。地元農民たちが自分たちの手で除去作業をしている意味がここにあり、平和の尊さを思い知らされた。
地雷から人々の安全を確保するのは本当に難しい問題であり、そのことを世界中の人々に知ってもらいたいと思う。そのためには、1人でも多くの人が地雷のことを身近な問題として考えることが大切である。そして世界に向け、発信すべきだと思う。
日本も同じような経験があるではないか。日本には60年前、第二次世界大戦で広島・長崎に原爆を落とされ、その後遺症に悩まされている多くの人々がいる。また、戦争やテロによる犠牲者が世界各地に存在する。地雷の問題もそれと同じように考えてほしい。そうすれば、地雷に対する理解が深まると思う。
また、現在も地雷を製造している国は、早く地雷は恐ろしい兵器でしかないことに気づいてほしい。いつか地雷がなくなるまで、二度と同じ過ちを繰り返さないよう、全世界の人々が平和を祈り、この思いを伝え続けることが大切だと感じた。
日本ではなじみのない地雷が、タイ国境付近では大きな問題となっています。最後の訪問先である特定非営利活動法人「人道目的の地雷除去支援の会(以下、JAHDS)」のジェネラルマネジャー・小池さんが、タイ国境付近での実情について説明してくださいました。
地雷は、戦争中に敵国から自国への進攻を防ぐために用いられることが多いそうです。しかし、戦争が終わって長い年月が経過しても、その殺傷力は衰えないので、戦争の終わった今、とても厄介な存在になっています。地雷が埋められている国境地域は、貧しいところが多いのですが、その理由の1つに、地雷があるために経済的な発展が阻害されているということがあります。
JAHDSでは現在、第3期事業として、カンボジア内戦時に、バンコクの北東部にあるプレア・ヴィヒア寺院の周囲に埋められた地雷を除去する活動を、2005年7月より続けています。昨年は、初の女性地雷員も誕生し、新たなステージへ足を踏み入れました。
一口に地雷除去といっても、2種類あります。1つは、軍事目的の地雷除去です。これは除去率が80~90%といわれており、軍隊の隊列などが通過する際などに行われるものです。もう1つは、JAHDSが行っている人道目的の地雷除去です。その目的は、地雷が埋められている土地から100%地雷を除去し、人々が安心して生活できるようにすることです。
JAHDSが行う地雷除去は、「この土地には100%地雷はありません」という証明をしなければならないので、とても大変なのだそうです。JAHDSが地雷除去をした土地の多くは、直後に開発が開始され、除去地が公園やキャンプ場などの公共施設になることもあります。そこでもし爆発事故などが発生すれば、大変なことになります。
そういうわけなので、地雷除去は確実に、慎重に行われています。一度に除去できる面積は、横100cm×縦60cmほどの小さな面積です。まずは、トランシーバーと救急車の待機状況、健康状態などを確認し、作業に入ります。
植生を除去して、金属探知機のヘッドが地上約20cmまで接近できるようにします。金属探知機の探知精度が土の質によって左右されるので、場所が変わるたびに細かく調整し直します。
金属探知機に反応が出た場合は、まず目視で観察し、地雷が地表に出ている可能性もあるので、細い棒を使って探ります。見つからなければ、寝転んで細い棒を斜めから差し込み、地中に地雷があるかどうかを確かめます。確認されたら、土を掘り、ハケで土を払い、地雷の頭が見えるようにします。地雷除去員が行う作業はここまでで、発破処理は軍が行うそうです。
除去員のほとんどは地元の住民で、多くの人は、村のため、家族のためにと、過酷な環境(暑さや虫など)に耐えて作業を続けています。この、死と隣り合わせの地道な作業を繰り返して、計画では1年間で40万平方mの土地に散らばる地雷を除去するそうです。
「地雷は、いつでも使う理由があって使われ、生産されるものなので、どうしようもないものですが、1つずつでも減らしていく努力が必要です。地雷についての正しい知識が全世界に広まることによって、地雷を排除する方向に世論が向けば、地雷生産国も生産をやめるかもしれません」というお話を、顧問の方がされていました。JAHDSのスタッフは皆、同じことを望んでいるようでした。
訪問の最後に、フィールドマネジャーと握手したときの大きなごつごつした手から、地雷除去がどれほど過酷で大変な作業なのかが、言葉以上に伝わってきました。今まで意識したことはありませんでしたが、陸の国境がない日本はとても恵まれた国なのだなと心から思いました。
[文責:江口]
JAHDSがどのような活動をしているか、みなさんは知っているだろうか? 活動の認知以前にJAHDSという団体自体を知らない人が多いと思う。正直、僕もこのプロジェクトに参加するまではJAHDSの存在を知らなかった。
しかし、このプロジェクトを通して活動についての話を聞いてからは、僕にも何かできることはないか? と考えるまでになり、このプロジェクトで一番に感銘を受けた。だから、「JAHDS(Japan Alliance for Humanitarian Demining Support)の地雷活動」を、この場を借りてできる限り多くの人に紹介できればと思う。
JAHDSは1998年3月、人道目的の地雷除去活動を支援するために、世界で初めて企業・個人・団体が力を合わせて結成された非営利団体(NPO)である。JAHDSの合言葉である「ピース・ロード」という言葉には、「これからクリアになった土地に住む人々も、除去に携わった私たちも、鎮魂の思いとともに改めて平和の尊さを学び、その思いを今後に導いていく、その平和へと続く道」という除去員たちの思いが込められている。
そして、この合言葉の下にJAHDSは、災害地住民の安全保障、地域経済・文化の復興と自立を支援し、アジアの素晴らしい文化を尊重しつつ、人間の生命への尊厳に根付いた平和作りに貢献することを目指している。
ここまでは、資料などを読めば書いてあることだ。僕が資料を読んだ感想としては、とても有意義なことをしていて、素晴らしいということだった。しかし正直にいうと、あまり現実感がなく、深く考えるには至らなかった。
そして、僕は地雷問題について本当の意味で理解するためには、直接活動をしている人々に具体的にどのような活動を行っているのか、またそのときの気持ちは、など資料を読んで気になった点、不可解に思った点を質問してみるしか方法はないと感じていた。滞在4日目のこの機会を通して知った答えを書くとともに、僕の自分なりの見解も述べたいと思う。
第1の質問は、地雷除去活動をすることに対して抵抗、恐怖心はないのか? ということだ。除去員の中に、20歳そこそこの2人の女性(初の女性の除去員らしい)がいたのだが、そのうち1人は結婚していて、しかも子供までいるという。当然、夫からの反対もあるのだろうと思っていたところ、その女性は全くないという。
彼女いわく、「自分の住んでいる地域は自分の手でクリアにしていきたい」ということだった。さらに驚いたことに、自分の子供が除去員になりたいと言ったら、喜んで賛成するそうだ。僕はこの女性が自分の仕事に誇りも持っているということを強く感じた。今どき、日本にはそういない。ちなみに、除去員の多くはその地方出身者だ。
2つ目の質問は、現在、地雷や核兵器を作っている国々に対してどのようなことを感じるか? ということだ。これは、今回質問に答えていただいた除去員の方の個人的な考えかもしれないが、「仏教は『一寸の虫にも五分の魂』という言葉があるように、世界が平和になるよう作られている。平和は誰もが持っているもので、仏教に基づき発展させることが一番重要。ケンカはあっても、少しずつでも、1個ずつでも人を傷つける道具が減っていけば、と思う」ということだった。
この答えを聞き、タイの国民の仏教に対する思いを改めて感じたが、「仏教に基づき……」の部分は、宗教の異なる国では難しいと思う。しかし、最後の「減らしていかなければならない」という思いは、やはりどこの国でも変わらないとも感じた。
3つ目の質問は、地雷を埋めた人は憎いか? だ。ここでは、衝撃的な答えが返ってきた。何と、陸軍にいてJAHDSの除去活動に対して許可を出しているロナーチャイさんは、昔、対カンボジア戦でタイ軍の一員として地雷を埋めていたそうだ。
その人が言うには、「もし、あそこで埋めていなかったら、タイはカンボジアに滅ぼされていたかもしれない。だから、あのときは国を守るためにやらざるを得なかった。埋めた人どうこうよりも、今、必要だから、やるべきことを全力でするのみだ」ということだった。答えになっていない気もするが、僕はなるほどと感じた。大事なのは過去ではない。未来なのだ。
最後の質問は、今、世界に向けて発信したいことはどのようなことか? ということだ。この質問には、日本人で仕事の指揮をとっている小池さんに答えていただいた。小池さんいわく、「今、自分たちは50人でやっている。50人ではできないことも、みんなが関心を持つようになればもっとできるようになる。だから、関心を持ってほしい!!」ということだった。
その後、最後に僕たち探検隊に向かっておっしゃった、「日本の人に、平和であることの素晴らしさを伝えてほしい」という言葉には、本当にいろいろなことを考えさせられた。
日本は今、平和だ。しかし、世界で一番といっていいほど日本人が平和に関心がないように思う。自分も今までそうだったので強くは言えないが、平和な今こそ、「平和」という言葉の意味をもう一度、考えなければいけない気がした。