2018年1月31日
これらの例から分かる通り、データそのものでは価値は決まりません。目的、すなわち何に使うのかがデータの価値を決めるのです。こういうことに使えるかという発想が大事なのであって、こんなにデータがあるから何に使おうという発想そのものの筋が悪いのです。二番目に大事なのは情報の鮮度です。1年前とか昨日どうだったとかは、余り意味はありません。いまどういう状態かが分かるから価値があるのです。三番目に大切なのは情報のメッシュの細かさです。博多の1キロ四方にいるのと、この部屋にいるというのでは全く違う意味です。まとめますと、データの価値を決めるのは、使う目的、鮮度、メッシュの細かさの3つということです。
さてデータとAIを使って今何が起きているか。具体的な事例を紹介しましょう。Googleのマイクロ・モーメントというサービスは、今何を知りたいとか、どこに行きたいとか何をしたいとかを教えてくれます。歩様解析という技術は、人の歩き方だけからその人が誰かを当てることができます。例えば、どこかの駅前で何百人と歩いていて、顔も見えなくとも「この人が何%の確率でホシだ」と分かってしまうということです。読唇術のプロだとアナウンサーのような人の50%近く分かるそうですが、最新AI技術だとほぼ100%です。お医者さんが一生に1回診察する機会があるかどうかのレアな遺伝病でも顔を解析するだけで分かってしまうものがあります。中国では顔画像だけで双子を判別するサービスも立ち上がっています。
これらの延長で中国では24時間365日、20分で無人で顔認証し、与信してクルマを買って乗って帰れる自動車の自販機が生まれつつあります。アマゾンは客が注文する前に出荷するというパテントを4年前に取りました。ほぼ人間レベルの機械翻訳を瞬時で行うことが可能になってますし、2〜3倍速で動画を流すだけで内容のキャプションを自動で付けることも可能になってきています。このように、機械学習ベースのAIによって今起きているのは人間では絶対に不可能なレベルの情報処理です。情報の識別や予測、暗黙知の取り込みなどはこのキカイの力を使ってケタ違いに速くなることは間違いありません。
こういうことを耳にして人間は人間の生み出したキカイ、AIによってオワコン(= 終わったコンテンツ)になってしまうのではないかとの不安を持たれる方もいます。本当のところどうなのでしょうか?我々の仕事のかなりの部分は課題解決ですが、その最初のステップは目標、目的の設定です。ではこれは自動化できるのか?無理です。私たちは、例えば山を目の前にした時、登りたいとか、高すぎるからやめて帰ろうかとか考えますが、AIにはそういう意思が生まれないからです。意思は生命の本質に基づくものです。単細胞生物の大腸菌といえども美味しい栄養があればそっちに動いていきます。これもある種の意思です。意思は神経の数とは関係ないのです。
さらに最初にご紹介した「DeepMind社のAlfaGo」は対局場が火事になるとどうするか。イ・セドルは逃げ出すでしょう。ですが「AlfaGo」は盤が燃え尽きるまで碁を打ち続けます。結局、今のAIは我々が普通に感じる世の中の意味を理解していないのです。色という概念すら分からない。なので、課題解決のプロセスのあちこちがボトルネックだらけです。我々の仕事のかなりの部分を占めている課題解決プロセスが自動化される見込みは、今のところたっていません。一つ一つの業務が瞬殺で終わることと課題解決が自動化されることは別で、ここが多くの人の誤解です。
ですから、これから起こる本当の競争は、よく言われるようにAI対人間ではなく、自分の経験だけからものを言っているような人と、手に入るあらゆるデータをコンピューティングパワーやAIの力を使って活用する人との戦いになります。「この道35年だから、僕の言うことを聞け」という有名な大学病院の先生と、28歳かも知れないけれど「2000万症例に基づくとあなたが懸念している病気の可能性は1%しかないが、別の病気の可能性は23%あるので、そちらの検査をしましょう」と言ってくれるお医者さんとどちらを信頼しますか? 仕事がなくなるのではなく、同じ仕事をしていても、要らなくなる人と必要な人に分かれていくのです。これはあらゆる職場で起きていきます。
「リベラルアーツ」は、元々古代ローマやギリシアで自由人と奴隷を切り分ける言葉でした。当時は人に伝える力、論理学、修辞学が大事でしたが、これは今でも重要です。もし人に使われる人ではなく、自由人側の人になろうと思えば、母国語と世界語(英語)でコミュニケーションがしっかりできることがベースになります。その上での問題解決能力は、データリテラシーつまりデータやAIを解き放つ力が加わってくると考えています。