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読売ICTフォーラム2019
~ICTによる「Smart Worldの実現」~

 現在、都市が抱える課題は「環境問題」「社会インフラの老朽化」「エネルギー問題」「高齢化」といったものがある。 これらを解決することは現代社会にとっての難問だが、ICTの利活用は課題解決の糸口となり始めている。
 読売ICTフォーラムでは、事例を交え、ICTが切り拓く課題解決型の未来、 「スマートワールド」の実現について考えていく。

採録記事掲載中
2019.3.27(水)
よみうり大手町ホール

第1部:基調講演

札幌でのICTの取り組み

伊藤 博之 氏 クリプトン・フューチャー・メディア代表取締役

伊藤 博之 氏

伊藤 博之(いとう・ひろゆき)
クリプトン・フューチャー・メディア代表取締役
北海道大学に勤務後、1995年、札幌市内でクリプトン・フューチャー・メディアを設立。3000万件以上のサウンドコンテンツを手がけ、「初音ミク」の開発会社としても知られている。No Maps実行委員長。

都市の創造性を加速する「No Maps」

 初めに自己紹介をいたします。本業はクリプトン・フューチャー・メディアの経営者です。その一方で、産官学が連携して札幌市を中心に開催されているイベント、No Mapsの実行委員長や、地域のオープンデータを利活用するための北海道オープンデータ推進協議会の理事長を務めています。

 クリプトン・フューチャー・メディアは1995年に札幌市内で設立しました。当初からインターネットを中心にした事業を考えていましたが、その理由は、インターネットが地方のハンディキャップを克服するツールになると確信していたからです。事業内容は音楽や映像作品、ゲームを作る際に必要になる「音の商社」で、世界中の提携先から提供を受けた数千万件の音を配信しています。様々な楽器の音をシミュレートするソフトウェアも扱っていて、その中で、人間の歌声をシミュレートしたのが初音ミクです。初音ミクはイラストやCGキャラクターとしても注目されていますが、ライセンスをオープンにして利用を促進したり、投稿サイトを作ったりしたことで展開が広がりました。

 初音ミクはバーチャルな存在ですが、ライブコンサートも開催していて、世界中で人気を呼んでいます。ニコニコ超会議で行われる超歌舞伎では中村獅童さんと共演しました。日本の伝統芸能とテクノロジーを融合したこの舞台は、NTTの技術協力により実現したものです。超歌舞伎は今年の夏、京都の四條南座で開催する予定です。毎年2月に行われる札幌雪祭りでは、初音ミクの雪像が出現するSNOW MIKUというイベントも行っています。

 札幌市は「創造都市」を宣言し、市民や企業の創造的な取り組みを通じた街づくり、産業づくりに取り組んでいます。2013年には、ユネスコ創造都市ネットワークにメディアアーツ都市として加盟が承認されました。札幌雪祭りが行われる大通公園が代表的ですが、街の中心部を横断する地下歩道「チ・カ・ホ」などでも、学生のアート作品展示やストリートライブが行われていて、こうした都市自体を市民の創造性を発揮する空間、メディアとして活用していることが評価されたのです。

 この取り組みを加速するために開催しているのがNo Mapsです。No Mapsは、米国テキサス市のオースティン市で行われているSXSW(サウス・バイ・サウス・ウェスト)というイベントを参考にしています。ビジネスカンファレンスや展示イベント、音楽フェスなど様々な催しが、自治体や民間が持っている会議施設やチ・カ・ホ、ライブハウスなどで、いわば街の中にお祭りを埋め込むような形で行われます。

未来社会の実証実験の聖地に

 昨年10月のNo Mapsで行われたビジネスカンファレンスでは、先端技術と各分野の有識者を招いたセッションがあり、人工知能と地域経済や、林業とテクノロジーといった興味深いテーマが取り上げられました。地方都市同士の交流という側面もあり、No Mapsと同様にSXSWに触発されて始まったイベント、福岡市の「明星和楽」や神戸市の「078」の実行委員長らによるトークセッションもありました。

 北海道胆振東部地震で道内全域が停電になった体験を踏まえて災害防止策を考えるイベントも行われました。多くの方が往来する場所に設けた企業の展示スペースは、マーケティング的に非常に効果がありました。国際短編映画祭や、プラネタリウムを利用した全天球映像の上映会なども行われました。

 No Mapsを札幌市と未来社会の実証実験、社会実験の聖地にしようという考えもあります。一昨年はNTTが取り組んでいる自動走行車を街中で走らせ、昨年は無人の物流ロボットのデモ走行を行いました。公共空間での実証実験は自治体や警察の協力が必要ですが、No Mapsの実行委員会は産官学で構成されているので、比較的許可がとりやすいという面があります。実証実験のアイデアをお持ちの企業や大学がありましたら、協力できるかもしれないので気軽にお問い合わせください。

 起業家にスポットライトを当て、スタートアップ企業を支援するプログラムや高校生を対象にした起業家体験イベントなども行いました。小学生向けのコンピュータープログラミング体験イベントでは、保護者を合わせて約4000人が集まり、非常に盛況でした。人と人がつながりアイデアを交換することで、新しいチャレンジが生まれるかもしれない。そうした思いから、路面電車の中やすすきのの飲食店など、市内の様々な場所でミートアップイベントも開催しました。

 札幌市では、データスマートシティーというオープンデータ型のポータルサイトをNTTの協力のもと運営しています。これは札幌市が持つデータをオープンデータとして公開して活用していこうというものです。札幌市だけでなく、それ以外の道内179の自治体のデータを利用するプラットフォームも、北海道オープンデータ推進協議会で開発しています。

 これらは街だけでなく、自治体の持つデータを公共物として活用していこうという取り組みですが、札幌AIラボもそうした活動のひとつです。AI研究はデータが必要ですが、自治体はデータそのものです。両者を結びつけることで新しい研究の促進ができれば自治体の課題も解決でき、人材育成も行っていけるでしょう。札幌市では実際、雪対策をめぐって、AI研究の第一人者である札幌市立大学・中島秀之学長のグループと共同研究を進めることが決まっています。AIを活用して除排雪の回数やルートの在り方を分析することで、増大傾向にある雪対策費用の抑制につなげたいという考えがあります。これはそのままゴミ収集のルートや回収日の見直しにも応用できるでしょう。

課題解決の取り組みにこそチャンス

 最後に北海道に視点を広げます。北海道には豊富な観光資源や広大な土地、歴史が浅く、しがらみが少ないため、比較的社会が寛容といった良い面があります。一方、農作物や魚などの一次産品が多くとれるわりに加工食品の出荷額が少ないことや、人口が少ないといった課題もたくさんあります。しかし、その分チャンスもたくさんあると思うのです。

 AOLの創設者、スティーブ・ケース氏が運営する「Rise оf the Rest」という投資ファンドがあります。地方のスタートアップにしぼって投資しているファンドですが、その核にあるのは地方で課題に取り組んでいるようなベンチャーにこそチャンスがあるという考え方です。これは北海道にもいえることではないでしょうか。実際、北海道のど真ん中の帯広市に、トラクターの自動運転に取り組む企業や、家畜や農地にIоTセンサーをとりつけて農業経営の効率化をはかっている企業があります。こうした事業は農地や牛が近くにあるからこそできることで、都会ではなかなか難しいでしょう。

 また、北海道では将来的に、鉄道網などの公共交通が縮小していくことが危惧されていますが、そんな中、ライドシェアやМaaS(Mоbility as a service)のような交通プラットフォームが提唱され、新たな交通システムを開発するベンチャー企業も生まれています。北海道を未来社会の開拓地ととらえ、技術の実証実験や新規産業を促しながら、市民や企業のクリエイティビティーを高めていく。No Mapsの理念でもありますが、こうしたことが、様々な社会課題の解決につながるのではないかと考えています。

読売新聞オンライン