教員の視点

トランプ氏当選であらためて考える
民主主義とメディアのあるべき姿

前嶋 和弘
総合グローバル学部 教授

メディアを誤らせた二重のバイアス

前嶋 和弘 総合グローバル学部 教授

 あの日私は、コメンテーターとして呼ばれたテレビの特別番組のスタジオで、鳥肌が立つような衝撃とともにトランプ候補の勝利宣言を聞くことになりました。

 トランプ氏が勝った理由については、アメリカ社会の閉塞感や国民のワシントンへの不満がそれほどまでに強かった、あるいは、メディアを知り尽くしたタレントでもあるトランプ氏の戦略が見事だった、など、今さら語るまでもなく、様々な分析・解説が行われています。

 ではなぜ、アメリカのほぼすべてのメディアや私を含め研究者・専門家のほとんどが分析できなかったのでしょう。

 判断の根拠は、クリントン氏への支持がトランプ氏支持を上回っていることを示した、各種世論調査の結果にありました。ここに「社会的望ましさバイアス」と呼ばれるものの影響が二重に働いたのではないか、と私は考えています。

 82年のカリフォルニア州知事選でのこと。黒人のブラッドリー候補が、事前の調査では対抗の白人候補を大きく上回る支持を得ていたにもかかわらず、結果は敗れました。これは、白人有権者の多くが人種差別主義者と見られることを恐れて、調査には本心と逆の回答をしたことが原因と考えられており、この現象は「ブラッドリー効果」と呼ばれます。

 今回の選挙では、女性あるいは民族、宗教に対して差別的な「暴言」を繰り返すトランプ氏への支持を、とりわけ女性は表明しづらかった。つまりブラッドリー効果が、調査結果を歪めていた可能性もあります。

 社会科学の専門家は、こうした歪みの存在を想定できたはずで、クリントン氏のリードが僅かな州では、誤差の大きさを判断して「ほぼ互角」「逆転もありうる」と考えるべきでした。しかし彼ら、そして私の頭の中にも、トランプ氏の当選は「社会的に望ましくない」という認識があったため、それがさらなるバイアスとなって、僅差をむしろ大きめに解釈してしまった。こうして、研究者もメディアもクリントン氏優勢と伝えることになったのです。

なぜ「嫌われ者」が候補に?

前嶋 和弘 総合グローバル学部 教授

 今回の選挙は、「嫌われ者同士の戦い」といわれました。そもそもどうしてこうした二人が候補になったのでしょう。

 かつてアメリカの大統領選挙の予備選段階では、各州の党幹部らが「キングメーカー」となり、自分たちの支援する候補を擁立し、最終的な決着はやはり幹部たちが集まる全国党大会で党の指名候補を決めていました。しかし「これでは民主的ではない」という声が高まりその結果、70年代後半から一般の有権者に広く開いた予備選挙を導入する州が一気に増えました。一般の有権者にとって投票のヒントになるメディア、特にテレビでの報道が重要になり、メディアが大きな影響力を持つようになったのです。メディアが実質的なキングメーカーになってしまった形です。

 報道では予備選から非常に盛り上がっているように感じられたかもしれませんが、実はその投票率は高くても30%、場所によっては数%にすぎません。つまり、特定な支持層に投票所に向かう気を起こさせるようなPRに成功すれば、勝つことはそれほど難しくないともいえました。共和党の予備選段階において、トランプ氏は、この点もよくわかっていたはずで、敵と味方を明確にするわかりやすい論法と、インパクトのある物言いで最初から目立ち、少数ですが熱狂的な支持者をつくっていきました。こうした「トランプ現象」に与してしまったメディアは批判に回りますが、もはや勢いを止めることはできませんでした。

 一方、民主党の場合は、ポピュリスト的候補の出現を防ぐため、特別代議員の制度を設け、全国党大会で党幹部がコントロールする余地を残しています。そのため、クリントン氏は予備選段階で常に優勢だった印象がありますが、特別代議員以外の獲得代議員の数を見ると、若者を中心に支持を集めたサンダース氏がかなり肉薄していました。サンダース氏は民主党と統一会派を組んでいますが自称「民主社会主義者」である無党派の議員であり、トランプ氏と同じようにアウトサイダーであったことも、アメリカ政治の変化の兆しとして注目しておくべきでしょう。

 いずれにせよ、こうしてそれぞれの党内でも不支持者の多い両候補が勝ち残る結果となりました。そして、全世界的にはより不安視されていたトランプ氏が大統領になることが決まったわけですが……。今後のアメリカには予想もできなかったような変化も起きていくかもしれません。

民主主義とメディアのあり方が問われた1年

前嶋 和弘 総合グローバル学部 教授

 思えばこの6月、やはり予想を裏切る国民投票の結果を受けて、イギリスがEU離脱を選択し、世界に衝撃が走ったばかりです。民主主義のあるべき姿について、あらためて考えさせられる1年になりました。

 民主主義は疑いなく、これまで人類が試してきた政治システムの中で最良のものです。ただし、ポピュリストあるいはデマゴーグ(扇動政治家)がリーダーに選ばれ、社会が望ましくない方向に導かれる恐れももちろんあります。トランプ氏がそうでないことを願いますが。

 そこにメディアのありようが大きく関わっていることは、ここまでの話でも明らかでしょう。アメリカの場合、メディアの主軸はかつての新聞や地上波の夕方のニュースに代わって、ケーブルの24時間ニュースチャンネルとインターネットに大きく移りつつあります。特にインターネットの場合、利用者は自分と意見・考え方が合う、自分好みの情報を提供してくれるサイトだけを選択的に利用する傾向が、非常に目立っています。客観的な判断が難しくなるこの状況は、民主主義の危機につながっているといっても過言ではありません。

 日本のメディアも、今まさに過渡期を迎えています。先輩・アメリカの背中を見ながら、望ましい仕組みづくりを業界が考えると同時に、受け手側も情報を比較検討して取り入れる「メディア・リテラシー」を身につけなければならない。その意味で、私たち大学教育に関わるものの責任も重大ですね。

 私はここ上智大学の総合グローバル学部に2014年の新設とともに着任しました。

 総合グローバル学部の特徴は、グローバルな国際関係の視点と、ローカルな地域研究の視点の両方を、併せて身に付けるという独自のコンセプトにあります。トランプ現象などの底に、各国国民の内向き化の傾向が共通して見られるとすれば、本学部での学びは、まさにそれを批判的にとらえ、日本そして日本人が国際社会で今こそ発揮すべきリーダーシップの形を探る糸口となるはずです。

 私は、この学部の母体の一つである国際関係副専攻を履修した卒業生ですので、古巣に帰ってきたようなものです。学部生時代は所属の外国語学部英語学科での授業とともに、国際関係の勉強をすることで多角的にも世界を知ろうと自分なりに努力しました。学部時代の恩師である英語学科の松尾弌之先生(現名誉教授)や故・ジョン・ニッセル神父のように、学生一人一人と真剣に接していく上智大学の伝統を、私も大切にしたいと思っています。私自身が恩師の先生方から学んだように、アメリカについて、日本について、政治や民主主義について学生と共に考え、持てるものをすべて伝えていきたいと思っています。

前嶋 和弘 総合グローバル学部 教授
前嶋 和弘
総合グローバル学部 教授

1965年静岡県生まれ。専門はアメリカ現代政治。上智大学外国語学部英語学科卒業後、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(単著,北樹出版,2011年)、『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』(共編著,東信堂,2014年)、『ネット選挙が変える政治と社会:日米韓における新たな「公共圏」の姿』(共編著,慶応義塾大学出版会,2013年)など。

ソフィアオンライン 上智大学の研究・教育を毎月発信

最新記事

古谷 有美 TBSアナウンサー

上智人が語る

1000人に1人を目指す――遠大な目標も考え方ひとつで

音 好宏 文学部 新聞学科 教授

教員の視点

政界の「スクープ」はなぜ週刊誌から? ――メディアの役割分担と政治的中立

エミール・イルマズさん 理工学専攻グリーンサイエンス・エンジニアリング領域(博士前期課程1年)

在学生の活躍レポート

30歳以下の若者が集うY7サミットに参加

2017年度春期講座の講座情報を公開しました!

開かれた上智

2017年度春期講座の講座情報を公開しました!

“文学部新聞学科の学生による2作品が「TVF2017アワード」を受賞しました

上智大学ダイジェスト

文学部新聞学科の学生による2作品が「TVF2017アワード」を受賞しました