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- 教員の視点 「上智大学の教員が現代を語る」
- 水島 宏明 文学部 新聞学科 教授
「貧困」と「障害者」――社会的弱者にまつわる報道を巡る二つの出来事
- 水島 宏明
- 文学部 新聞学科 教授
「貧困」を取り上げにくい日本メディアの事情
日本でメディアが「貧困」の問題を扱うことがいかに難しいか。それを象徴的に示す出来事が、この8月に起こりました。「子どもの貧困」の実情を訴えるために、勇気をもってNHKのニュース番組の取材に応じた女子高生が、その番組もろともネットメディアの中で激しい攻撃にさらされてしまったのです。
背景には、わが国における「相対的貧困」という概念への理解の不足・欠如があります。彼女には、一般的な女子高生にとっては当たり前な「進学」という選択肢が、経済的理由で与えられない。これがまさに、日本はじめ先進諸国が対処すべき「貧困」の状態なのです。ところが、食べることに困っておらず、ましてや趣味や娯楽に少しでも金を使えるのなら、もはや貧困ではないと考える日本人が、いまなお少なくありません。
今回の騒動も、取材先の本人の部屋に、ゲームやアニメグッズがあることに誤った「疑問」を抱いた視聴者の発信が発端でした。そうした映り込みが視聴者にどのような印象を与えうるか、だれでもテレビ映像の加工・再発信が簡単にできてしまうこの時代にそれがどんな結果をもたらしうるか、この点に配慮を欠いたNHKの担当者の責任は大きいといわざるをえません。
もう一つの問題は、このネット時代、誤った情報でも面白ければ、SNSなどを通じてまたたく間に拡散し、当事者のプライバシーまでもが簡単に暴かれ、不当なバッシングにもつながりかねないことです。それを「○○ニュース」と名乗るネットメディアが取り上げれば、拡散力が強まるとともに「信憑性」も加わり、炎上状態がさらにあおられる。
今回は、NHKをヤラセと非難したニュースサイトの一つが、自分の側のねつ造・事実誤認を認めて謝罪する一幕もありましたが、ネットニュース業界はまさに玉石混交で、質の低いサイトの誤報や中傷は野放し状態ともいえます。
むろん、ネットメディアは発展途上で、これから主流になっていくことは間違いない。その過程で、たとえば放送業界におけるBPOのような自己規制の仕組みができるのか、当面は期待しつつ見守るしかないようです。
障害者の「美談」を障害者が笑い飛ばす
「貧困」同様、メディアでの取り上げ方・伝え方が難しいもうひとつのテーマが「障害者」でしょう。メディアの本質がわかる切り口でもあり、私は編集長を務める雑誌『GALAC』で、「障害者とテレビ」という特集を準備しているのですが、そこで相模原の殺傷事件とともに取り上げる予定のこんなできごとが、やはりこの夏にありました。
「愛は地球を救う」をテーマにした日本テレビ「24時間テレビ」で、障害者を主人公にしたドキュメンタリーのコーナーが放映されていたちょうどその時間、裏番組のNHK・Eテレの『バリバラ~障害者情報バラエティ』が、それを「感動ポルノ」と批判しつつ、パロディをまじえて笑い飛ばしたのです。「感動ポルノ」とは、自身も障害を持つコメディアンでジャーナリストだったステラ・ヤング氏の造語で、「障害者は健常者に感動を与えるための『モノ』ではない」という主張が込められています。
テレビが描く清く正しく頑張る障害者の姿に勇気づけられる健常者が少なくない一方で、メディアが提示するそうしたステレオタイプの「障害者像」が、健常者の意識に定着してしまうことに、障害者の多くが息苦しさを感じている。その矛盾を、バリバラは痛快に指摘してみせたわけです。
同番組には私も常々注目しており、優れた番組に与えられる「ギャラクシー賞」の審査員をしていた時、「セックスの悩み」と題する回を選奨に選んだこともあります。障害者ならではの下ネタに笑いながらも、性とは何か、性行為とは何かをあらためて考えさせられ、人間の根源的な部分に触れる内容になっていて、とても感動したのでした。
いまのところは障害者が主体的にかかわっている同番組だからこそできることなのですが、それがやがて、障害者と健常者がただの人間同士としてもっと楽に接しあえる「空気」の醸成につながっていくことを、私は期待しています。
最優秀賞受賞の決め手は「軍属」のキーワード
上智大学にはスタジオを備えたテレビセンターがあり、私のゼミでは、学生をグループに分けて、それぞれ自分たちが決めたテーマで15~30分のドキュメンタリー作品を作らせます。その一つ『軍属だったひいおじいちゃん』が、「ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》」で最優秀作品賞をいただきました。着任早々の第一期生ですから、うれしいかぎりです。
「ひいおじいちゃんは、馬・犬・鳩よりも下に扱われていた」というショックが出発点でした。ゼミのメンバーであるその女子学生は、軍属で戦争中に亡くなったとだけ聞いていた曾祖父について、軍属とは何かということからあらためて調べてみた。すると、臨時に軍に奉仕する民間人である軍属は、組織上軍馬・軍犬などより下に位置づけられていたことがわかったのです。
作品は、曾祖父が爆撃された船とともに死ぬことを自ら選ぶまでの事情を、彼女自身が解き明かしていく姿を追っているのですが、途中で、軍属すなわち民間人の戦争協力が、集団的自衛権の容認を機に、日本の将来的な問題ともなりつつあることが浮かび上がってくる。そんなタイムリー性も受賞理由の一つになったと考えれば、彼女にはジャーナリストとしてのセンス、引きの強さのようなものが備わっているのかもしれません。
新聞学科が私のような実務畑の人間を教員として採用しているということは、この大学が、学生に実践力も身につけさせたいと考えている証拠です。一方で私は、報道・出版などの世界で働く以上、ジャーナリズムの基本、本質についてのしっかりした見識を持っておくことがたいへん重要だけれど、ひとたび現場に出てしまうとそんなことを考たり勉強したりする余裕がないことをよく知っています。ジャーナリストを目指す若者には、論と実践をバランスよく学べるこの新聞学科の環境を、ぜひ活用してほしいですね。
そして、新聞を基盤にジャーナリズムを追究するユニークな研究機関としても、ネット時代で曲がり角にきている今、前述の事例をはじめさまざまな課題をかかえる日本のメディアに対して、鋭い発信を続けていく場にしたいと考えています。
- 水島 宏明
- 文学部 新聞学科 教授
1957年北海道生まれ。東大法学部卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー『母さんが死んだ』や准看護婦制度の問題点を問う『天使の矛盾』を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。『ネットカフェ難民』の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。2016年から上智大学新聞学科教授。