教員の視点

18歳選挙をきっかけに、日本の教育を変え、社会を変える

田中 治彦
総合人間科学部 教授

なぜ日本は乗り遅れたのか

田中 治彦 総合人間科学部 教授

 7月の参議院議員選挙(衆参ダブルの可能性もありますが)から、初めて高校生ら18歳の若者たちが投票に参加することになります。長らく選挙権年齢の引き下げを主張してきた私としては、これが日本の政治のリフレッシュ・活性化につながることを、大いに期待しています。

 わが国では昨年ようやく実現した公職選挙法の改正ですが、欧米諸国ではすでに1970年前後から、18歳選挙権の採用が始まっていました。当時、日本を含めて盛んだった学生運動に対して、若者の政治参加の権利を認めることで、彼らの要求に一つの回答を出したのです。その後、1989年の「子どもの権利条約」なども大きなきっかけとなり、途上国・社会主義国を含め、世界100数十カ国で選挙権年齢が引き下げられる中、日本はすっかり取り残された形になっていました。

 その原因は、日本の政治よりも社会にあったというのが、私の実感です。私がこの問題について積極的に発言し始めたのは2001年ごろですが、当時すでに、各政党は選挙権年齢の引き下げをマニフェストに掲げていました。一方、マスコミを含めた世論のほうはきわめて反応が薄く、私は失望もしてきたのです。

 とりたてて明確な反対意見があるわけではなく、自活もしていない若者たちに権利だけ与えるのはいかがなものかといった、感情的な反発が主な要因だったようです。たしかに、高度成長期以降のわが国では、各家庭に経済的余裕ができる中で、親が子供をなかなか手放したがらず、子供もそれに甘えて自立しない傾向が強くなりました。ただ近年、文化やスポーツの分野での十代の活躍は目覚ましく、ネットなどでは彼らが活発に発言していることも周知の通りです。現実の政治の世界でのみ、発言・行動の機会が用意されていなかったといっても過言ではありません。

 また、自活=自立だとしても、4年制大学に通う若者が多い現状では、20歳は区切りとして適当とはいえない。高卒の18歳で就職する人も2割ほどいるのですから、彼らの権利こそ尊重するべきだと私は考えます。

望まれる政治教育・市民教育の充実

田中 治彦 総合人間科学部 教授

 18歳選挙の具体的なメリットとして、高校生に対しては投票行動を促しやすいということが挙げられます。教室で一度に投票を呼び掛けられる上、投票所が自宅の近くの、自分が通った小学校などなじみのある場所である可能性が高いからです。

 そして、最初の機会に実際に投票すると、それが習慣化する傾向が強いので、投票率の向上の要因になると考えられます。さらに、彼らと接する中で、両親をはじめ周囲の大人たちの意識が高まることも期待できます。

 一方、初等・中等教育においては、文科省のいう「主権者教育」、すなわち市民教育、政治教育の大幅な改善・改革が必要となることは言うまでもありません。すでに模擬選挙など、18歳選挙に対応した試みは少なからず見られますが、むろんそれだけでは不十分です。

 たとえば、これまでは「政治的中立性」に対して現場の教員や教育委員会が過敏になり、結果的に政治教育そのものが避けられてきてしまったという面があります。

 そもそも、厳密な意味で「中立的な教え方」などというものはありえない。そのことを前提に、すべての政党のマニフェストを並べるなど、生徒に多様な考え方が存在することをまず認識させた上で、自ら比較し選ぶ態度を養う授業に意欲的に取り組んでいただきたいと思います。

 また、知識を与えるだけではなく、それを意識・態度にどうつなげていくかも重要です。この点で、小学校では「総合学習」の時間がうまく活用され、住んでいる地域について調べて課題を発見するなど、市民教育として有効なアクション・ラーニングの手法も取り入れられています。ところが、中等教育、とくに高校では、受験に主眼を置くカリキュラムの中で、実社会に直接触れて考える機会は、むしろ少なくなってしまうのです。

 こうした問題に対する理論・実践両面の手引きとなるよう、私が所属する上智大学総合人間科学部教育学科では(特活)開発教育協会と提携して、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック』を作成しました。そこでは、子供の視点を家庭から学校、地域、国、グローバル社会へと、段階的に広げていくワークショップ形式のプログラムも提案しており、すでに多くの興味深い実践例が報告されています。

グローバルな視点を持つ教育学科

田中 治彦 総合人間科学部 教授

 選挙権年齢を第一歩として、今後は成人年齢を18歳に引き下げるべく、民法はじめさまざまな法令が改定されていくことになります。したがって、前述の市民教育は、政治だけでなく、消費生活はじめ社会生活全般についての知識とスキルを身に着けさせるものでなければならないわけです。

 たとえば、成人すると、商取引に保護者の承諾が不要となり、未成年に適応されるクーリングオフの制度も適用されません。そこで懸念されるのが、詐欺被害の増加です。

 ただ、18歳で大きな詐欺事件に巻き込まれることは考えにくく、仮に被害にあっても、必ず親や学校に相談するでしょうから、そこで適切な対応を学べば、後のより大きな被害を防ぐことにもつながる。そう考えると、親や学校と距離ができる20歳で詐欺被害が増えている現状よりは、むしろ初期で反面教師として学ぶ機会になるかもしれません。

 さて、私の専門は、ここまで述べてきたような市民教育を含む生涯教育で、とくに「ESD」と略称される「持続可能な開発のための教育」の研究と実践に力を入れています。

 途上国が抱える問題を私たちがいかに学習するかという「開発教育」なのですが、1992年の「地球サミット」などをきっかけに、「環境教育」がグローバルな課題としてクローズアップされ、両者がESDとして発展的に統合された形です。

 上智の教育学科では、8人の教員のうち私を含む4人がグローバルな問題を扱っています。こうした環境は、わが国の大学の教育関係の学部・学科の中ではたいへん珍しく、自慢できるものだと思っています。

 先ほど、子供の目をグローバルに広げていくプログラムに触れましたが、現代において市民教育とは、「地球市民」を育てる教育にほかなりません。その意味で、この学科で学んだ学生たちの活躍の場は、国内外に大きく開かれていると、私は考えています。

田中 治彦 総合人間科学部 教授
田中 治彦(たなか・はるひこ)
総合人間科学部 教授

1953年東京生まれ。上智大学総合人間科学部教授。東京大学大学院教育学研究科博士課程(社会教育コース)修了。専門は、生涯学習・青少年教育および開発教育・環境教育。社会活動として国際協力NGOに関わる。著書は『開発教育 ― 持続可能な世界のために』『若者の居場所と参加』等。

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