教員の視点

父の創った国軍に立ち向かうアウンサンスーチー

根本 敬
総合グローバル学部 教授

「大統領を超える」発言の真意は

根本 敬 総合グローバル学部 教授

 アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝したミャンマー(ビルマ)の総選挙の結果は、形の上で民主化したあとも事実上の支配力を保持している軍部を、政治・行政・司法の場から完全に排除したいという、国民の思いを明確に示すものでした。そして、同じくNLDが大勝しながら、軍が無視して幻と化した25年前の選挙と異なり、軍は自ら制定した憲法に基づく今回の選挙結果を受け入れざるをえません。ただ、この結果が軍にとっては痛痒い程度のダメージに過ぎないことも、また事実です。

 その理由は、わが国のマスコミでもたびたび紹介されましたが、次のような事情によるものです。現行憲法には、外国籍の息子を持つアウンサンスーチー氏の大統領就任を阻む規定が入れられています。また、警察権力を司る内務大臣をはじめ主要な3ポストを軍が握れるなど、政権内での一定の権限が保証されています。そしてなにより、全議員の75%+1名以上の賛成を要する憲法改正の発議を、選挙と無関係に軍に与えられる25%の議席によって、確実に止めることができます。

 実際、民政に移行したテインセイン大統領政権下で、アウンサンスーチー氏自身も下院に議席を得たNLDは、世論も巻き込んで憲法改正に全力で取り組みました。しかし、ことごとく軍および与党に拒否され、努力は水泡に帰したのでした。

 その過程を目のあたりにし、ミャンマー国民は、結局自分たちの力では軍の影響力をどうすることもできないのではないかと、自信を失いかけました。彼らを再び勇気づけ、選挙での劇的な意思表示へと導いたのが、投票日直前のアウンサンスーチー氏の発言、「自分は大統領を超える存在になる」でした。

 たしかに先進国の感覚では、この発言は憲政をないがしろにする、独裁者のような宣言とも受け取れるでしょう。しかし、軍の理不尽な圧政のもとで無力感を感じ続けてきた国民に対しては、あのような強い表現が必要だったのではないでしょうか。

 実際、大統領へのアドバイスが憲法で禁じられているわけではありません。憲法によって禁じられていないやり方で、憲法の明らかな欠陥を埋める、それを宣言することで彼女は国民の期待に応えようとしたのだと思います。

軍との和解に向かういばらの道

根本 敬 総合グローバル学部 教授

 さて、政権を担うことが決まったここからが、アウンサンスーチー氏とNLDにとっての本当のいばらの道であることは間違いありません。

 NLDが公約にかかげ、またほとんどの国民が熱望している憲法改正を実現する唯一の方法は、軍と和解し、軍の協力を得ることです。

 一貫して軍政を批判し続けてきたアウンサンスーチー氏に対する軍の不信感が、容易にぬぐい去られるとは考えられません。しかし一方で、彼女は軍の創設者の一人で英雄として尊敬を集める「独立の父」アウンサン将軍の娘です。そして彼女は、父が創った軍そのものに対しては、否定するどころか、敬意をもって尊重する考えを再三口にしています。軍の側が、彼女のこうした態度を受け入れ、また、軍の使命は国民を守ることにあるというアウンサン将軍時代の原点に立ち返ることができれば、和解の可能性がなくはないと考えます。

 政権発足後は、これに加えて、より国民生活に密着した諸問題に対する成果を求められることも、言うまでもありません。

 ただこの点では、従来の政権と大きく方向性が変わることはないと考えられます。テインセイン大統領は軍の立場から離れきることができない立場の中で、彼なりにミャンマーが必要とする改革や政策を進めてきました。今回、もしNLD政権へのスムーズな移行が実現すれば、それも彼の功績として認めてもよいでしょう。

 そうはいっても、現実には様々な問題が生じていることも事実で、その改善に新しい政権は取り組むことになるでしょう。一つ考えられるのは、過剰な土地投機や開発に伴う強制移住など、急激な民主化とくに外資の導入がもたらしている「歪」への対応が、人権への配慮を強調するNLD政権の政策やアウンサンスーチー氏のアドバイスによって、住民・市民寄りの方向に変わる可能性です。これは、ミャンマーにビジネス・チャンスを求める企業には、障壁と映るかもしれません。

 わが国はこれまで、軍事政権との太いパイプを築いてきましたから、今後のアウンサンスーチー氏との関係を不安視する声もあります。私はこの点について心配はないと思っていますが、ミャンマー国民の強い信任を受けた政権として、これまで以上に大切に付き合っていくべきだと考えています。

二つの視点を備えてこそのグローバル

根本 敬 総合グローバル学部 教授

 私がミャンマーの研究者となったのは、この国に足を踏み入れたとき、まるで恋に落ちるようにほれ込んでしまったからです。子供時代の1960年代前半に両親の仕事の関係で2年半ヤンゴンに過ごした影響もありますが、大学1年生の終わりの1977年4月に再訪して、当時の首都ヤンゴンの空港の、とても国際空港とは思えないたたずまいに驚き、ある意味ほっとし、多くのカルチャーショックを感じつつも、それは当時すべて魅力的に映りました。

 しかし、愛してやまないこの国を、私は2006年を最後に訪れていません。私の名前が、どういう理由からか当時の軍事政権のブラックリストに載ってしまい、ビザの発給が民政移管した今も受けられないからです。このため、ミャンマーの外からこの国を研究するしかないという皮肉な状況が続いていますが、私にビザが発給されるようになってはじめて、この国の民主化も本物になったといえるのだろうと(笑)、楽観的にとらえるようにしています。今度の政権交代を機に解消されることを願っています。

 あらゆるモノや情報が国境を越えて行きかうようになり、大都会の高層ビルの林立など、国ごと、地域ごとの違いは表面的には小さくなっているように一見映ります。しかし、ときに越えがたい国境は厳然と存在し、その内側には、各々異質な部分を秘めた文化や社会が息づいています。そうした「違い」の理解と尊重なしに、真の共生がありえないことは言うまでもないでしょう。

 すなわち、世界をグローバルなものと捉えて研究しようとするときには、高いところから広く見渡して国際関係、市民社会の連携のあり方などを理論的に考察する視点と、世界を構成するそれぞれの地域を、現場に深く踏み込んで実証的に研究する視点の、両方が不可欠なのです。

 上智大学の総合グローバル学部は、この二つの視点を併せて身に付けることができる、海外にも類のない学部として、2年前にスタートしました。アジア・中東・アフリカを中心とした地域研究の科目群と、国際関係論・市民社会論の科目群が用意されており、学生はどちらかに軸足を置きつつ、必ず両方の分野を学ばなければならないユニークなカリキュラムになっています。

 私のように特定の地域への興味から視野を広げていくか、反対に、紛争解決・平和構築などの理論から焦点を絞っていくか、それぞれの入り口から自分だけの「問い」を見つけ、この新しい学部で追究してくれる学生が増えてほしいと考えています。

根本 敬 総合グローバル学部 教授
根本 敬(ねもと・けい)
総合グローバル学部 教授

専門はビルマを中心とする東南アジアの近現代史。変化をつづける現代社会に内在する「歴史の影」にこだわり、表層的ではない立体的な理解を目指している。

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