教員の視点

箱根山で危惧される水蒸気爆発 その予知につながる研究とは?

木川田 喜一
理工学部 物質生命理工学科 准教授

予知が難しい水蒸気爆発

木川田 喜一 理工学部 物質生命理工学科 准教授

 箱根山で群発地震が続き、5月はじめに大涌谷周辺の噴火警戒レベルが2に引き上げられました。観光地だけに立ち入り規制の影響は甚大だと思いますが、状況はなお予断を許しません。

 その後も、桜島のかなり大規模な噴火や、一昨年に噴火して形を変えた小笠原・西之島周辺での異変が相次いで報じられ、さかのぼれば戦後最悪の火山災害となった昨年の木曽・御嶽山の噴火も記憶に新しいところ。火山関連のニュースは、最近たしかに増えているといってよいでしょう。3・11の大地震によって広い範囲で引き起こされた地殻変動が、各地の火山活動を活発化させているという見方もあり、科学的に確かな証拠はないものの、私も否定はできないと感じています。

 ただ、それらの現象が連動して起こっているということではなく、いっしょくたに論じることもできません。火山活動の大元はご存じのとおり地下深い高温のマグマで、それは共通しているのですが、その上に乗っている火山の構造や地質学的背景は火山によってさまざまですから、そのふるまいは山ごとにまるで違うのです。

 そこで、あらためて箱根山の現状を見てみましょう。現在、大涌谷周辺で危惧されているのは、水蒸気爆発あるいは水蒸気噴火と呼ばれるものです。

 これは、マグマ自体が溶岩流や、火山弾などの形で地表に噴出するのではなく、マグマの熱によって地下水が高温の水蒸気となり、その圧力によって地表面が破壊されて起こる噴火です。

 一般に、噴火の予知・予測にもつながる火山活動の観測は、地震計のデータ、および傾斜計やGNSSを用いた地殻変動のデータをもとに行われています。ただ、これらのデータに直接的に噴火予知に結びつくような変化が表れるのは、マグマに大きな動きがあったときです。

 水蒸気爆発は、必ずしもマグマの動きをともなわないので、地震や地殻変動ではその予兆をとらえにくい。やはり水蒸気爆発であった御嶽山の噴火が、まったく予測できなかった理由はそこにあります。

 現在箱根で観測されている群発地震や地面の隆起などは、マグマの動きによるものではなく、地表から浅いところで火山ガスや水蒸気などの圧力が高まったために引き起こされているのだと考えられます。御嶽山のように一気に爆発には至りませんでしたが、すでに大きな圧力がかかっているのです。

 では、こうした水蒸気爆発を予測する方法はないのでしょうか。

水蒸気爆発にも有効な火山化学の手法

木川田 喜一 理工学部 物質生命理工学科 准教授

 火山研究には、地震や地殻変動を捉えるのとは別のもう一つのアプローチがあり、水蒸気爆発の予知にも有効だと考えられています。それは、私の研究分野である火山化学です。

 マグマは、さまざまな揮発性の物質も放出しています。それらは、火山ガスとして火山地域の噴気孔から噴出したり、地下水に溶け込んで温泉水の一部として湧出したりします。

 火山化学は、それらの気体や液体を採集し、その組成を分析するのです。

 一つの火山で定期的に調査を続ける中で、分析結果に変化が認められれば、それは地下でなんらかの環境の変化が起こっていることを示しています。それは、地震計などには表れないけれど、水蒸気爆発の発生とも関係する、地下での温度分布や、火山ガスと地下水との混合割合の変化などに応じたものかもしれません。

 医療にたとえるならば、地震計やGNSSを用いるのはレントゲンやエコーによる診断、火山化学は血液検査や尿検査による診断という感じでしょうか。どちらが優れているというわけではなく、両方をうまく組み合わせることで、より正確な診断ができるようになることは言うまでもありません。

 上智大学では、1961年の理工学部創設と同時に火山化学(地球化学)を扱う研究室が、当時その分野の権威であった南英一先生によって開設されました。その後の研究室の再編・分割を経て、現在は私が運営を引き継ぐ火山化学の研究室は、50数年にわたり、草津白根山の火山化学的観測・研究を続けており、その間に発生した1976年から1983年の同山の水蒸気爆発の予知にも、大きく貢献しています。

 実は箱根山については、すでに報道されているように研究者による火山ガス調査が行われており、これまでのデータの蓄積もあるはずです。箱根山は長らく噴火はしていませんが、群発地震は最近も何度も起こっていますから、そのときのデータと比較し、地震や地殻変動の観測ともあわせて総合的に検討されていることでしょう。

 しかしこれらは、残念ながらまれなケースです。

 というのも、火山化学分野の研究者が、日本にはほとんどいない、したがって、継続的に火山化学的な研究がおこなわれている山もほとんどないというのが実情だからです。

派手ではないが重要な研究にこそ投資を

木川田 喜一 理工学部 物質生命理工学科 准教授

 火山研究において、化学的分野が立ち遅れているのはなぜでしょう。最大の理由は、研究に多大な労力が必要だということです。

 地震や地殻変動の観測は、地震計や傾斜計,GNSS受信機を設置してしまえば、人手をかけずに継続的にデータを得ることができます。しかし、化学的観測のもととなる検体、とりわけすぐに大気と混じってしまう火山ガスの採集・分析を自動化することは非常に難しい。どうしても、研究者が自ら山に登り、ときには危険をともなう火口に近づいて火山ガスや火口湖の水などのサンプルを手に入れる必要があるのです。

 また火山研究は、噴火が起こってはじめて、それを予知できた、あるいは被害を食い止められたといった形で、成果を認められることになります。言い換えると、噴火がないかぎり、その研究が有益なものかどうかがわからない。そういう研究をしたがる人は少ない上に、そもそも予算がつきにくいのです。

 しかし、噴火があってから研究を始めたのでは、次の噴火の予知にはあまり役立たないかもしれません。平常時、噴火直前、そして噴火後のデータがそろわなければ意味がない。つまり、私たちの草津白根山の研究のように、データを取り続けてこそ、いざというときの成果につながるのです。

 前述のように火山には個性があるので、データの応用が利かない場合も多く、山ごとに研究しなければいけないこともやっかいな点です。ただ、水蒸気爆発を起こす可能性が高い山はある程度わかりますから、そうした山への対策は急がれるところです。御嶽山の化学的観測データを得ることができなかったことについては、研究者として忸怩たる思いがあります。

 火山化学が置かれている状況は、海外でもそれほど恵まれているわけではないかもしれません。とはいえ、火山大国ともいうべきわが国に、包括的な火山研究と調査・監視を一元的に取り扱う国立の研究機関が存在しないことは、学術の観点からだけでなく、防災の意味でも不備といわなければならないでしょう。

 同時に私は、火山化学のように派手な成果とは無縁な研究、とりわけそれに携わる「人」の育成に、もっと積極的な投資を期待したいと思います。

 地球の内部は、私たちの足の下にありながら宇宙と同様に、いや、宇宙探査の技術が発展した現代ではもしかしたら宇宙以上に、目で見ることの難しい未知の世界です。そこに何があるのか、そこで何が起こっているのか、ナゾの一端を、自らフィールドに出て集めたデータから読み取れたときの喜びは、まさに科学者冥利につきます。しかもその発見は、未来の多くの人命を救うかもしれないのです。

 そんな火山化学に挑む若い研究者が増えてくれること、そして彼等を育てる体制が整うことを願ってやみません。

木川田 喜一 理工学部 物質生命理工学科 准教授
木川田 喜一(きかわだ・よしかず)
理工学部 物質生命理工学科 准教授

専門は火山化学・環境分析化学。草津白根山防災会議協議会専門委員。「机上の空論に陥るな、フィールドにこそ真実がある。」がモットー。著書に『温泉科学の最前線』(共著,ナカニシヤ出版)がある。

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