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- 田澤 由利 株式会社ワイズスタッフ代表取締役・株式会社テレワークマネジメント代表取締役
好きな場所でいつもの仕事を
「テレワーク」で日本中が元気に
- 田澤 由利
- 株式会社ワイズスタッフ代表取締役
株式会社テレワークマネジメント代表取締役
上智大学で果たした小さな「偉業」
高校生のときは英語の教師を目指していました。理由はというと……実はとても単純で、英語の先生が大好きだったため、先生と話したい一心で一生懸命質問を考えていたら、おのずと成績も上がってきて、英語の勉強が好きになったからです。
一度は東京に出たかったし、英語に加えてできれば外国語をもう一つ、それも他の人とは違う言語を勉強したいと思っていました。調べてみると、スペイン語はなんと20カ国で話されていて、日本人にも発音しやすいらしい。そこで上智のイスパニア語学科、通称イスパを第一志望にしました。正直かなりの背伸びでしたが、運よく合格できました。
キャンパスは都会の真ん中で国際色豊か、周りの学生は英語がペラペラで、ファッションもあか抜けていて、奈良から出てきた私にはまさにカルチャー・ショック。でもそれは、思い切って地元を飛びだしたからこその、新しい文化との出会いでした。カトリックの大学ということもあって、先生方も学生たちも、心がピュアで信頼できる人が多く、規模がこぢんまりしているのでその人たちととても身近に付き合える。他の大学ではできない体験をさせてもらえたと思っています。
ところで、決して成績優秀とはいえない私が、上智のイスパで成し遂げた自称「偉業」が3つあります。
1つ目は英語の教員免許をとったこと。実は、イスパの通常のカリキュラムでは英語教員の免許はとれないと、間抜けにも入ってから知ったのです。さすがにくじけかけましたが、「夢」実現のためにあらためて根性を発揮、卒業単位に入らない科目を60単位も余分に履修し、初志貫徹しました。
2つ目は、卓球部に所属しながら無事に卒業したこと。イスパはとにかく厳しい学科なので、体育会との両立は不可能といわれていました。でも私は、最後は女子部のキャプテンを務め、関東リーグの一番下の6部リーグにいた上智を、4部のトップにまで引き上げるに至りました。
そして3つ目は、同じクラスで夫を見つけたことなんですけど(笑)。こうして振り返ると、本当に人生を凝縮したような4年間でしたね。
日本社会がようやく追いついてきた
「偉業」の末に切り開いた英語教師への道は、教員採用試験に落ちてあっさり閉ざされます。夢破れて電機メーカーに就職。でもそのことがいまの私につながるわけですから、人生はわからないし面白い。
入社は85年、ちょうど改正男女雇用機会均等法ができた年でした。にもかかわらず、わずか6年で、私は夫の転勤と出産を機に退職を余儀なくされます。私は働きたい、会社も働いてほしいと考えているのに……そこに大きな矛盾を感じたことが、テレワークの実現と普及に取り組むことになったきっかけでした。
テレ=離れて、ワーク=働く。つまりテレワークとは、自宅や会社以外の場所にいながら、従来の職場にいるのと同じ内容・質の仕事ができるしくみのことです。
まずは98年、株式会社ワイズスタッフを立ち上げました。能力も意欲もあるのに、私同様やむなく離職している女性たちをICTのネットワークでつなぎ、それぞれの能力を適切に活かせるチームをその都度組むことで、さまざまな種類の仕事を受注するというユニークな組織です。
ただ、スタッフは100数十名以上にはなかなか伸びていかない。テレワークの恩恵をもっと多くの人が被るためには、企業にそれを「在宅勤務」という形で積極的に取り入れてもらわなければいけないと気づきました。
折しも07年に、政府が「テレワーク人口倍増アクションプラン」を発表。私は08年に2つ目の会社、テレワーク導入に関する企業向けのコンサルティングを行う株式会社テレワークマネジメントを設立します。
周囲からは無謀だと言われました。意義はわかるが、市場もニーズもないぞ、と。
本当でした。前述の均等法施行から20年以上が経ってなお、企業の発想や体質は旧態依然だったのです。実績と信用をつけるべく国の事業の受注に奔走する一方、講演や執筆でいわば「布教」活動を続け、企業側からコンサルの依頼がくるようになったのは、ようやくここ1、2年のことです。
ちなみに同社の東京オフィスは上智キャンパスと目と鼻の先。四谷以外の東京を知らないものですから(笑)。
テレワークで地方が変わる
テレワークのメリットを享受できるのは、もちろん女性だけではありません。たとえば我が社には、重度の難病のため病院のベッドで生活しながら、バリバリ仕事をしているスタッフがいます。
そしてこれから、テレワークは地方創生の分野でも大きな力を発揮するはずです。産業創出、企業誘致に頼る従来の地域活性化が思うように実をあげていないことは明らか。代わりに、地方に住みながら東京などの企業で働く「人材誘致」を進めるのです。
これにより、地方は人口が増え、消費が増え、税収も増えて元気になる。働き手は生まれ故郷をはじめ住みたい場所で仕事ができ、子育てに適した環境も選べる。企業にとっては、通勤可能という条件にとらわれず有能な人材を登用でき、リスク分散、地域の視点の取り込みといった効果も期待できる。
私の提言を受けて、総務省は昨年度から、「ふるさとテレワーク」の名でこうした取り組みのサポートを始めました。私がかかわっている北海道・斜里町の事例では、町がかつての法務局の建物をリノベートしてICT環境も整え、それをいくつもの大企業がサテライトオフィスとして利用し始めています。キャッチフレーズは「知床でいつもの仕事をしてみませんか?」。素敵ですよね。
テレワークに対して、目の届かないところにいる社員がきちんと働くのかといった企業側の不安、際限なく長時間勤務を強いられるのではないかといった社員側の不安は根強いようです。でもこれは、適切なICTのシステムを利用して管理すれば、容易に解決できるんですよ。
さて、一度破れた教員の夢が、最近ちょっと復活しつつあります。北海道の教育委員に選んでいただいた私は、現場を視察するだけではあきたらず、ICTやキャリアについて出前授業をやらせてもらっているのです。
私が接した子供たちが社会に出るころに、日本の働き方が大きく変わっていること、そして彼らがそれをさらによい方向に変えてくれることを期待したいですね。
- 田澤 由利(たざわ・ゆり)
- 株式会社ワイズスタッフ代表取締役
株式会社テレワークマネジメント代表取締役
1985年上智大学外国語学部卒
奈良県生まれ、北海道在住。上智大学卒業後、シャープ(株)でパソコンの商品企画を担当していたが、出産と夫の転勤でやむなく退職。子育て中でも地方在住でも仕事をしたいと、3人の子育てと夫の転勤による5回の転居を経つつ、パソコン関連のフリーライターとして自宅で働き続けた。
1998年、夫の転勤先であった北海道北見市で「在宅でもしっかり働ける会社を作りたい」と(株)ワイズスタッフを設立。さまざまなIT関連業務を受託し、「ネットオフィス」というコンセプトのもと、全国各地に在住する約120人のスタッフ(業務委託)とチーム体制で業務を行っている。
2008年には、柔軟な働き方を社会に広めるために、(株)テレワークマネジメントを設立。東京にオフィスを置き、企業の在宅勤務の導入支援や、国や自治体のテレワーク普及事業等を広く実施している。
また自らも、場所や時間に縛られない柔軟な働き方である「テレワーク」に関する講演や講義をするほか、ブログやFacebook等で広く情報発信・普及活動を行っている。