YOLスペシャルインタビュー 上智人が語る 「日本、そして世界」

「粒違い」の多様性を世の中にもたらす仕事を

嶋 浩一郎
編集者・クリエイティブティレクター
博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEO

世の中の新しい「欲望」を沸騰させる

嶋 浩一郎 編集者・クリエイティブティレクター 博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEO

 僕が発起人の一人となり、現在も理事を務める「本屋大賞」ですが、第13回目となった今年は、上智大学の先輩である宮下奈都さんの『羊と鋼の森』が選ばれました。初版7500部、それが50万部(2016年6月現在)のベストセラーとなっていることは、本屋大賞の面目躍如といってよく、僕としては二重の喜びです。

 そもそもは、同じく賞の発起人である杉江由次さんがいらっしゃる「本の雑誌社」のホームページ作成の仕事をしていたときに、書店員さんたちの「自分なら直木賞にこちらを選ぶのに」といった声をたくさん耳にした。それで、この声を受け止める賞を作れば、書店員さんたちは自分が売りたい本をもっと売れることになると、そこに広告マンとして新しい欲望、ニーズを感じたのが僕がこの賞を手伝おうと思ったきっかけ。デザインやウエブ制作やイベント運営においても博報堂での経験が活かせると思ったし。

 もちろん、有志の書店員さんたちと手弁当でプロジェクトを立ち上げた当初は、受賞作が軒並みミリオンを売り上げるような賞になるとは思ってもみませんでした。僕の経営する広告会社「博報堂ケトル」は、ヤカンのように世間を沸騰させるような仕事をしたいという思いを込めて名付けたのですが、本屋大賞もそんな結果が出せているんじゃないかと思います。

 その博報堂ケトルの社是は、「恋と戦争は手段を選ばない」。広告といえば、かつてはテレビCMと新聞・雑誌広告のことでしたが、いまはインターネットをはじめ、メディアが多様化しています。クライアント企業の売り上げを伸ばし、好感度を上げるために最適な情報の「乗り物」は何か、選択肢に枠を設けずに考え提案するのが僕たちの役割なのです。

 加えて僕たちは、『ケトル』というカルチャー誌面を編集し、ラジオ番組をつくり、「B&B」という書店も経営している。高校のころから雑誌大好き、ラジオ大好きで、将来はそうしたメディアにかかわる仕事をしたいと思っていた僕の夢は、出版社・ラジオ局に入るよりむしろ大きくかなっているように思います。

法学部での学びが広告の仕事に生きる

嶋 浩一郎 編集者・クリエイティブティレクター 博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEO

 大学時代の思い出というと、無尽蔵の時間があって、好きな映画を見まくったり、とにかく楽しかった。でも、勉強もかなりやったほうだと思います。

 僕が所属していたのは、後に国会議員となり、大臣もされた猪口邦子先生の国際政治のゼミ。そこでたとえば、どういう条件下で戦争がおこるのか、なぜ世界の覇権を握る国が移り変わっていくのか、といった問題に対し、自分で仮説を立ててそれを証明するという学問の作法、研究のプロセスを徹底的に教え込まれました。今にして思えばそれは、世の中の現象を自分の目で分析して、そこに人々のあらたな欲望を発見する広告・マーケティングの仕事のやり方に近いなあと感じることがあります。

 3年生の途中から1年間(実際は半年以上延長したのですが)休学して、イスラエルのヘブライ大学に留学したのも猪口先生の影響です。もちろん、アメリカの大学で国際政治を勉強することもできたわけですが、中東情勢を知りたければ中東へ、この「現場主義」は、今も変わらぬ僕の流儀です。

 移民の多いイスラエルでは、ヘブライ語の教授法が非常に整っていて、自分でも驚くほどの短期間で習得しました。残念ながらその能力は、イスラエル政府観光局の仕事でたった一度活きただけですけどね(笑)。あわせて勉強したアラビア語の教科書に、「爆弾が爆発した」のようなやたらリアルな例文が使われていたことを覚えています。

 こうした体験を経て、研究者の道に進むのもいいかなとは考えました。でも、帰国するやいなや中途からあわただしく参戦した就活の中で、訪問したOBが自分のロールモデルとしてしっくりきた博報堂に、結果的に就職することにしました。

 ところで、博報堂ではよく「粒ぞろいより粒違い」という言葉が使われるのですが、これは、学生一人ひとりの個が立っている上智の校風も言い表しているように思います。先日四ツ谷のキャンパスで、以前このコーナーにも登場された今野敏さんはじめ上智出身の作家やメディア関係者を集めてのトークイベントを開催させていただいたのですが、皆さんのお話しをうかがう中で、あらためてそんなことを感じました。

新しいものはムダ・無関係から

嶋 浩一郎 編集者・クリエイティブティレクター 博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEO

 雑誌を編集し、書店を経営し、さらに本屋大賞などにかかわっているというと、印刷メディアにとてもこだわっているように思われるのですが、実はそんなことはまったくありません。

 印刷メディアがどんどんデジタル・メディアにとってかわられていく、これは止めようがない流れだと思っていますし、僕自身、一生活者としては電子書籍はじめ、大いに便利なデジタルのお世話になっている。そしてむろん、広告はあらゆるメディアを使って作っています。

 ただ、デジタルメディアが万能だとも思っていません。たとえば、今の段階では「検索」という手法では自分の欲しいものにしか出会うことができない。経営学の世界でイノベーションを起こすには、無関係な情報を結びつける才能が重要だという話を最近よくききますよね。想定外の情報に出会うためにはデジタルよりリアルな体験の方が優位なこともあるんです。

 たとえば、僕の編集する雑誌『ケトル』は、ムダな情報だらけといってもいい。日本で一番高いところにある本屋はどこか、なんて情報を欲しいと思って探す人はいないでしょう(笑)。

 また、リアルな書店を5分間見て回る間に浴びる情報のシャワーは、5分間ネットサーフィンしたときとは比べ物にならないほど圧倒的です。その結果、自分でも気づいていなかった興味、好奇心が突然顔を出すかもしれない。開拓してなかった本を買ってしまうのがいい本屋、ともいえます。

 こうして、一見ムダなもの、互いに無関係な雑多な情報と触れる機会が身近にあることは、個人の生活を豊かにしてくれるだけでなく、前述のような理由で、アイデアやイノベーションが生まれる素地ともなります。だから、雑誌、新聞、本などのアナログなメディア、書店という場所は、これからも重要な役割を担うはずです。本屋大賞もその一助になればと思うのです。

 別の言い方をすると、それは、ちょっと粒ぞろいの方向に行き過ぎている社会を、粒違いの方向に戻す、ということなのかもしれませんね。

嶋 浩一郎 編集者・クリエイティブティレクター 博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEO
嶋 浩一郎(しま・こういちろう)
編集者・クリエイティブティレクター
博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEO

法学部法律学科1993年卒業
1968年生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクター。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。
カルチャー誌『ケトル』の編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。
編著書に『CHILDLENS』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『企画力』(翔泳社)、『このツイートは覚えておかなくちゃ。』(講談社)、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』(誠文堂新光社)がある。

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