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- 川平 慈英 ミュージカル俳優
上智がつないでくれた夢
舞台俳優の顔をもっと見てほしい
- 川平 慈英
- ミュージカル俳優
挫折から新たな夢にシフトできた上智時代
中学・高校と、自分たちでサークルを立ち上げるほど演劇やミュージカルが好きだったのですが、一番の興味はサッカーに向いていました。
読売クラブ(当時)のユースに所属し、プロを目指して米・テキサス州立大学にサッカー留学。監督にも目をかけていただき、全米ベストイレブンにも選出されたのですが、これがピークでした。
監督が変わり、彼のサッカースタイルと僕のスタイルが合わず、シーズン途中で戦力外通告——聞いた瞬間、「シャリーン」と頭の中で挫折の音がしました(笑)。
それでやむなく帰国。その後、上智大学の外国語学部・比較文化学科(現・国際教養学部)に海外大学からの編入という形で合格したときは狂喜乱舞したけれど、正直、入学当時の僕はやさぐれていました(笑)。英語教員でサッカー部の顧問というのが、精一杯の将来像でした。もちろんキャンパスライフは、主力として迎えてもらったサッカー同好会「イーグル」での活動をはじめ、とても楽しかったんですけどね。
あるとき、僕がもともと演劇をやっていたことを知っている友人が、学生英語劇連盟のミュージカル『フェイム』のチラシを見つけて渡してくれたんです。映画版は何度も観ている大好きな作品だし、久しぶりに血が騒ぎました。見ると、オーディションは翌日。課題曲のテープなど準備は何もしていないけれど、ダメモトでとにかく参加を決めました。
ありがたいことに、演出の奈良橋陽子さんに認めていただけて、一番やりたかった役までいただいた。そして、本番終演後のスタンディング・オベーション……。僕の進む道は教員じゃない、役者だ!と、このとき心が決まりました。
成績はあまり褒められたものではなかったのですが、僕自身のように二つの文化を背景に持つ人間のアイデンティティについて調べた卒業論文は、なぜか評価が高くて、大学院に行かないかとお誘いをいただき光栄ではありましたが、僕は役者になるので早く卒業したいんですと、お断りすることになりました。
役者としての自分の可能性をもっとみせたい
在学中にプロとしてデビューさせていただき、続いて坂東玉三郎さんの『ロミオとジュリエット』にも出演が決まりました。ただこれは、4月にちゃんと卒業することが条件だったんです。
実は、すでにレッスンなども忙しくなっていたので、卒業単位が足りるかどうか危うい状態でした。そこで助けてくださったのが、後に学長にもなられたウイリアム・カリー先生。周りが呆れた僕の役者宣言を、唯一理解し応援してくださっていた先生があれこれご配慮くださって、必要単位ピッタリでなんとか卒業できたんです。まさに恩師、心から感謝しています。
折しも当時はミュージカル・ブーム。新人時代から競争の激しい今と違い、当時はけっこう勢いでいけました(笑)。サッカーのおかげで、体力と運動能力には自信がありましたし、先輩にもかわいがっていただいて、舞台俳優としては順調でした。
ただ、テレビドラマや映画となると、僕みたいなバタくさい顔は難しく、なかなかチャンスが訪れませんでした。そんななか、『ニュースステーション』のサッカー・キャスターのお話をいただいたんです。
あくまで役者でいたかった僕は、何度もお断わりしました。でも、最後は兄貴のジョンが、「キャスターという役を演じるステージだと考えればいいじゃないか。ショービジネスの世界ではまず顔と名前を覚えてもらうことが大切だ」と背中を押してくれた。そして出てみたら、これが楽しかった(笑)。
初めのうち「サッカーの人」と見られるのに少し抵抗もありましたが、次第に慣れて、意識して仕事を区別することはなくなりました。その場にふさわしいテンションにシフトするのは得意みたいです(笑)。
それでも今後は、もっと役者として力をつけたいし、役者として知られたい。そして今、ひとつの野望を持っています。
1960年台の沖縄、そしてカンザス、東京を舞台に、二人の少年を中心として繰り広げられる物語の構想があるんです。脚本はどなたかにお願いして、まずは音楽も取り入れた舞台作品に、ゆくゆくは映画にもしたい。自分でも楽しみな挑戦です。
2匹のカエルが人への優しさを思い出させてくれるミュージカル
僕は子供が胸躍るようなことをすることが大好きなのですが、以前、少年サッカーのコーチをしたときは、子供たちがついてこられるかどうか、というくらいの厳しさを持って指導しました。そこには、かっこいいことを体験させてあげたいという思いがあったからこそ。いたずらに子ども目線になるのでは無く、大人として憧れられることも必要だと思うんです。
そんなわけで、ちょうど今年のクリスマスのころの公演となる『フロッグとトード』は、人気の絵本をベースに、がま君とかえる君はじめ、森の動物たちの心の交流を描いたファンタジックなミュージカルなのですが、単なる子供向け作品ではありません。実は大人たちにこそ観ていただきたい、そんな素晴らしい舞台になっています。
オリジナルのブロードウェイ・ミュージカルは、トニー賞3部門(最優秀作品・最優秀オリジナルスコア、最優秀脚本)にノミネートされました。とくに音楽は、マンハッタン・トランスファーばりのハーモニーがかっこいいジャズ、それでいて歌詞は童謡チックというギャップも楽しいかと思っています(笑)。
2006年、07年、09年と3年間上演して、6年ぶりの再演となりますが、演出はよりシックに洗練されて、キャストも半分くらい入れ替わっていますから、前回御覧いただいた方たちもあらためて楽しんでいただけると思います。
なにしろガマガエルの役ですから、生みの苦しみはありました。着ぐるみは使わず、四つん這いで歩くわけでもない。スーツの色合いと大量のボタンでガマの姿を思わせ、手の置き方、腰かけ方など、何気ない動作にさりげなくガマらしさをしのばせるんです。気づく人は気づいてニヤリとするかもしれません。
3・11の直後、日本人の間で、「人のために何かしたい」という気持ちがとても高まりましたよね。でもそろそろ忘れかけているかもしれない。このミュージカルはそれを再び思い出させてくれます。見終わったら、恋人に、ご家族に、友達に、そして何より自分自身に、今よりもう少し優しくしてあげようという気持ちになっていると思いますよ。
皆さんと会場でお目にかかれたらうれしいです。お待ちしています。
- 川平 慈英(かびら じえい、Jay Kabira)
- ミュージカル俳優
1962年沖縄県那覇市出身。上智大学比較文学科卒業。大学在学中にミュージカル俳優としてデビュー。俳優、タレント、スポーツキャスター、ナレーターとして活躍中。また、熱狂的なサッカー好きとしても知られ、「ニュースステーション」のサッカーキャスターをはじめ主にテレビ朝日のサッカー中継等でスポーツキャスターを務めている。テレビの他、舞台や映画、ラジオでも活躍。シリアスな演技もこなすが、ミュージカル俳優としての特徴を生かせる役も多い。