YOLスペシャルインタビュー 上智人が語る 「日本、そして世界」

軸のブレないマーケット・エコノミストへの二転三転した道のり

上野 泰也
エコノミスト

未来を暗示するような言葉との出会い

上野 泰也 エコノミスト

 父が法曹関係でしたし、高校の成績も悪くなかったため、まわりは国立の法学部あたりに入るものと思っていたようですが(笑)、中学のときにいい先生に出会って以来、歴史が好きになり、大学は史学科と決めていました。そして上智大学は、国際色豊かでかっこいいというイメージで、片想いのようにあこがれの存在でした。

 とくに興味があったのは、多くの国が関わり、紛争を含む、複雑な変化を見せるヨーロッパの近現代史で、オーソリティである中井晶夫先生の授業を受けられたのは嬉しかったですね。語学にも関心があり、英・独・仏・西・伊と5カ国語を勉強させてもらいました。

 国際色という点では、当時、留学生は市谷キャンパスに通っていたため、残念ながら交流はあまりなかったのですが、いまはみんな四谷キャンパスなので、うらやましい限りです(笑)。そのかわり、冬・春の休みにひたすらアルバイトをして、2年次から毎年、夏休みヨーロッパを中心にバックパッカー旅行に行っていました。

 3年の秋でしたか、公務員試験のガイダンスがあって、それまで就職をまったく意識していなかった私が、会場を出たときなぜか受験しようと決めたんです。法律・経済など必要な分野の科目は、ここから猛勉強を始めました。

 その中で、憲法学の佐藤功先生の、退官前最後の講義も受けることができたのですが、そこで先生は、「人の行く裏に道あり花の山」という言葉を紹介された。「人と違うことをしなければ成果は得られない」という意味で、人生全般にも通じるのですが、実はマーケットの世界では、投資の基本を教える最も有名な格言です。今の仕事に就くことを想像もしていなかった当時の私が、この言葉に、それも憲法の授業で出会っていたというのは、なにか不思議な気がしますね。

あっという間の転職、そして天職に

上野 泰也 エコノミスト

 史学科卒業後、受験勉強のために法学部への学士入学も活用させていただき、おかげさまでその秋には、国家公務員Ⅰ種に名簿順位第1位で合格することができました。

 選んだ行き先は会計検査院。憲法90条で特別にその地位が定められた重要な組織で、税金の使われ方を監視する正義の味方だというのが面接で述べた表向きの志望理由ですが、実は出先機関のない唯一の官庁で、転勤の可能性が極めて小さいというのが大きな要素でした。転校を繰り返した自分のつらい経験を、子供にはさせたくなかったんです。

 ところが、仕事柄経済の動きに目を光らせているうちに、折しもバブル期のダイナミックなマーケットというものに興味が移っていきました。さすがに迷いましたが、2年後の春、役所に頭を下げて、銀行に転職したわけです。

 新人はトイレに行く暇もないようなディーラーの仕事にもようやく慣れ始めたころ、希望していた調査の部門への異動が叶いました。投資判断を主目的として、経済を分析し発信する、マーケット・エコノミストの仕事です。以来、紆余曲折はありましたが25年続けており、天職だと思っています。

 この仕事で私が一番大切にしているのは、軸をしっかり持ってブレないことですね。同業者でも、そのときどきのトレンドによって、ころころ判断を変えてしまう人は少なくありません。

 もちろん、情報を収集・選別してシナリオを書き、外れたら修正するという試行錯誤が私たちの仕事ではありますが、それをコツコツと積み重ねる中で、自分が自信をもって寄り添えるものを見つけていく。そしてそれを手に入れたら、常にそこに軸をおいて見通しを述べ続ける。これができなければ、プロとしての信頼は得られないのではないでしょうか。

 私の軸は、たとえば日常感覚を大事にすること。最近の例では、実質賃金が前年同月比で上昇したことをもって景気回復をほのめかす報道が目につきますが、私たちは1年前と比較して消費支出をしているわけではありません。実質賃金は、指数でみると2010年から5%ほど落ちたあたりで低迷しているのですが、その目減り感のほうが人々の感覚に近い。そこを言い続けなければいけないと思うのです。

日本は人口減少を直視すべき

上野 泰也 エコノミスト

 人口減少の重みを踏まえた視点も、私の重要な軸のひとつです。わが国の生産年齢人口(15歳~64歳)は、国勢調査ベースでいうと、95年をピークに減り続けています。その結果、今後消費市場の縮小は進み、財政のバランスも悪化しやすい状況が続いていくでしょう。

 ですから私は、たとえばフランス型の子育て優遇税制の導入や、働く女性が2人目の子供も同じ施設に預けられる劇的な保育環境の拡充など、お金・インフラ両面からの強力な少子化対策が急務であることを、以前から主張しています。さらに、上手な移民の受け入れも不可欠でしょうし、それらに観光政策を戦略的に組み合わせることも重要です。

 この点、安倍政権はようやく問題意識は持ったようですが、アベノミクスにその具体的な反映はまだ見られません。唯一、観光政策だけは成果をあげつつありますが、これはあくまでつなぎですからね。

 こうした人口減少という現実に目をつぶり、ひたすら国債の大量買入れなどの金融緩和でデフレ脱却~リフレーションを目指す日銀の方針にも、私は賛同しかねます。思えば、リフレ派の筆頭である岩田副総裁の「金融論」の授業を、私は上智で受けたのですが、いまや考え方は正反対といっていいですね(笑)。

 ただこれは、日本だけの問題ではありません。世界経済は、イノベーションの減少、先進国の高齢化、新興国のフロンティアの縮小などにより、明らかに成長力が落ちています。

 しかし、それに合わせて低成長を前提にした政策をとれば、市場などから不安視されかねない。だから各国の姿勢は、インフレ目標を2%程度に設定するなど、従来と変わっていません。それを金融緩和で達成しようとするので、世界市場の「金余り」状態は解消しないのです。

 そこに、中国という予測困難な「ワイルドカード」が登場した。世界経済は、いつどこまで不安定化するかわからない、視界不良の危うい状態になってきたと、私は見ています。

 日本にも世界にも、先頭に立ってやりにくいことをやる強いリーダーシップが求められているのですが、さて、そんな人や国は現れるのでしょうか

上野 泰也 エコノミスト

上野 泰也 エコノミスト
上野 泰也(うえの・やすなり)
エコノミスト

みずほ証券金融市場調査部チーフマーケットエコノミスト
1985年上智大学文学部史学科卒業、法学部法律学科に学士入学後、国家公務員I種(行政職)にトップ合格したため中退。86年会計検査院に入庁。88年富士銀行(現みずほ銀行)に転じ、資金為替部にて為替ディーラー。90年から為替、資金、債券の各セクションでマーケットエコノミスト。94年富士証券チーフマーケットエコノミスト。00年10月より現職。早朝から内外経済・マーケット関連の調査レポートを執筆。スピーディーな情報発信、的確な問題把握と軸のぶれない主張、日銀ウオッチなどに定評がある。

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