YOLスペシャルインタビュー 上智人が語る 「日本、そして世界」

「使える英語」を遠ざけている教育界の、そして日本人の意識とは

吉田 研作
言語教育研究センター教授

「ファミリー」の空気はいまの上智大学にも

吉田 研作 言語教育研究センター教授

 僕は小学1年生の途中で日本を離れ、アメリカ、カナダで暮らして、中学1年の時に日本に戻ってきました。海外に日本人学校がほとんどない時代でしたから、その時点では日本語の方がおぼつかず、中高一貫校ながら、高校に進めるかどうか危ぶまれたこともありました。

 高1の時、英語サークル(ESS)の後輩が、「高松宮杯」という全国中学英語弁論大会で2位になったんです。僕が、原稿作りからスピーチの仕方まで指導したのですが、そのことが全校の朝礼で紹介され、褒めてもらいました。それが大きな自信となり、また教えることの楽しさ・喜びに目覚めて、将来は英語の教育にかかわる仕事をしようと心に決めました。

 それで上智大学の外国語学部 英語学科に入学したのですが、折しも過激な大学紛争の時代でした。上智も例外ではなく、大学閉鎖も経験しました。

 授業を受けるどころか、キャンパスに入ることもままならない状況で、僕たち学生の心のよりどころとなったのは、神父様たちでした。僕はフォーブス先生の部屋をよく訪れ、、本当にいろいろな話を聞かせていただきました。

 だから、僕にとっての上智のイメージは、学長を務められたピタウ師はじめ、神父様たちを中心とする「ファミリー」なんです。学生一人ひとりを大切にする上智の校風は、彼らがしっかりと築いてくれたのだと思います。

 いまは学生数が増え、反対に神父様の数は減り、環境は大きく変わりました。でも、僕を含めて当時の上智に学んだ教職員たちはもちろん、よそから加わった教職員にも、その空気が自然に受け継がれていることを感じますね。

 こうして僕は、いまもここ上智の「言語教育研究センター」長として外国語教育に携わっています。同センターの役割は、英語はもちろん、ヨーロッパ、アジア、アフリカの全22言語を対象とした、多彩な教育プログラムの作成と実施です。とりわけ、専門の教科の授業を英語で行い、それを語学教育と結びつける「内容言語統合型学習(CLIL)」のプログラム開発は、先駆的な試みとして大きな注目を集めています。真のグローバル人材育成を目指す上智大学の取り組みの、「要」となるセンターだといっていいでしょう。

英語教育が変われない理由

吉田 研作 言語教育研究センター教授

 グローバル人材の育成は、上智のみならず、すべての大学、いや教育・産業・行政、あらゆる分野の共通の目標となっています。英語によるコミュニケーション能力、「使える」英語の修得は不可欠な要素ですから、そのための教育改革が、かなり以前から行われてきました。実際、文科省の学習指導要領の内容は、4技能全ての能力を重視するようになっています。

 ところが調べてみると、高校入試問題などにもほとんど変化は見られず、中高生の勉強の仕方からして旧態依然なのです。OECDの「生徒の学習到達度調査(PISA)」では、日本は各教科で上位を争っている中、TOEFLのスコアを見ると英語だけは下から5番目というありさま。なぜでしょう。

 僕の教え子でもある安河内先生(東進ハイスクール)は、6月のこのコーナーで、大学入試の英語の出題形式が変わらないことを強調していました。確かに大きな要因です。それに対する「解答」のひとつとして、上智大学は、「読む・書く・聞く・話す」の4技能を測れ、入試にも活用できる画期的なテスト「TEAP」を開発しました。僕自身も、そのプロジェクトに中心的に関わっています。

 もう一つの要因として僕は、中学・高校の英語教員の意識が変わらないことを挙げたいと思います。

 たとえば検定教科書の選定。私も執筆や監修に関わっていますが、新指導要領に沿って内容を一新したものは売れない、「慣れていない」と拒否されます。結局、従来のものに少し手を加えた程度の本が採用されるのです。

 先ごろ、英語教員のための講演会で、「指導要領を読んだことのある人は?」と質問してみたところ、研修の過程で必ずそれを読まされている外国人教員が手をあげましたが、日本人の先生方はほとんど手をあげませんでした。現場の教員の中には、指導要領がどう変わったかを知らない先生がいる可能性が高い……深刻な現実です。

 ですから僕は、教員の意識向上を図るために、全国各地を飛び回っています。手応えは感じますが、研修会に参加してくれる人たちはそもそも意識が高いことも事実。より大きな問題を抱えた先生たちは参加すらしないので、なかなか声が届きません。

 ところによっては、教育委員会、指導主事、校長など、上に立つ人たちの意識の変化も望まれるところです。

「英語はネイティブのように」の誤解

吉田 研作 言語教育研究センター教授

 もちろん、英語教育について目に見えて変わっている点もあります。たとえば、小学校高学年への「外国語活動」の導入。現在、その開始を3年生に前倒しし、5年生からは英語を正規教科にするという早期化案が検討されています。

 これに対し、母国語の能力が固まらないうちに外国語を教えることを疑問視する声もあります。しかし、かつての僕のように、周りがすべて英語という環境に置かれるのならともかく、せいぜい週に数時間という「英語環境」が、日本語の修得に悪影響を及ぼすとは考えにくいでしょう。

 では反対に、そんなわずかな英語学習に効果があるのか。小学校の段階で重視すべきは、他の教科同様、知識より体験です。英語がわかった、通じたという体験の積み重ねが、学びへの動機づけにつながるのです。実際、小学校で英語を学んだ子供のほうが、海外や外国語に対して前向きな意識が強いという調査結果がいくつもあります。むしろ怖いのは、親が「勉強」させ過ぎて、子供を英語嫌いにしてしまうことかもしれません。

 英語を話せない自分に教えられるのかと、不安を感じる小学校の先生も多いでしょう。もちろん一定の訓練は必要だと思いますが、加えて、こんな研究結果もあります。

 一般に教科書などに付属する音声教材は、ネイティブスピーカーが録音しています。これに対して、あえてノンネイティブの録音教材を使って高校で授業を行なったところ、生徒たちは日本人として英語をしゃべることに自信を持つようになり、英語によるコミュニケーションの量も増えた、というのです。

 これはある上智卒業生の博士論文なのですが、僕が常々主張している「インターナショナル・イングリッシュ」、すなわちネイティブの英語とは別の、「国際共通語としての英語」の重要性を実証してくれる研究ともなっています。

 国際社会で話されている英語のうち、3分の2は「英語のノンネイティブ・スピーカー」によるもので、発音も文法も、実はネイティブのものとは違います。それでも互いに理解でき、話し合いや交渉は問題なく行なわれている。日本人には、英語はネイティブのように話せなくてはいけないという固定観念が強いのですが、それを捨てる必要があるのです。

 まず小学校の先生が自信を持って英語を教え、英語を話すことが好きな子供が増えていけば、中学・高校の英語教育も変わっていくことでしょう。課題はたくさんありますが、我が国の英語教育がよい方向に向かいつつあることも事実のようです。

吉田 研作 言語教育研究センター教授
吉田 研作(よしだ・けんさく)
言語教育研究センター教授

1948年京都生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業。同大学大学院言語学専攻修士課程修了。ミシガン大学大学院博士課程修了。現在、上智大学言語教育研究センター教授、言語教育研究センター長を務める。英語教育、バイリンガリズム、異文化間コミュニケーション教育の第一人者。文科省などの外国語教育に関する各委員会にも携わり、英語が使える日本人の育成に関する研究、活動を行っている。

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