YOLスペシャルインタビュー 上智人が語る 「日本、そして世界」

ちょっと立ち止まって物事を別の角度から見てみる——そんな作品をつくりたい

神保 慶政
映画監督

異文化体験、映画など、さまざまな出会いがあった大学時代

神保 慶政 映画監督

 僕が学んだ上智大学文学部社会学科(現総合人間科学部社会学科)は、科目履修の自由度が高く、宗教学関係をはじめ、外国語学部のアジア文化副専攻(当時)の科目など、さまざまな分野について、学際的に学ぶことができました。

 4年生の時には、一年間イギリスに留学しました。バースという小さな町で、大学もこじんまりしていました。そこでは主に、インドの宗教や哲学・思想について勉強しました。上智にはない芸術系の学部があり、そこの学生たちと一緒に学べたのは新鮮な体験でした。ホームステイ先は各国からの学生を引き受けていて、僕が試験勉強で苦労しているとき、同室の学生がイスラムのラマダン(断食)で苦労しているなんてこともあり、よい思い出です。そしてなんといってもパブに通うのが楽しみでした。日本とは違う飲み方のスタイルもよかったけれど、生演奏で聴いたジプシージャズには衝撃を受けました。民族音楽にはもともと興味はありましたが、その後さらにはまった感じです。

 映画を本格的に見始めたのも大学時代です。黒澤明など日本の名作も見ましたが、フランスのヌーベルバーグ、イラン映画、台湾映画など、レンタルショップで「その他」に分類されるものが多かったですね(笑)。好きな監督の一人が、イランのアッバス・キアロスタミです。日本を舞台にした作品も撮った巨匠で、特にドラマティックな事件が起こるわけではなく、淡々とした流れの中で何かが表現される。ちょっとフランス映画にもつながる印象です。とはいえ、このころ、自分が映画を撮ることになるとは思ってもみませんでした。

大学の勉強も仕事の経験もムダにはならず

神保 慶政 映画監督

 留学から戻って就職サイトを開いたら「就活もいよいよ終盤です」の文字。完全に出遅れました(笑)。映画にかかわる仕事をしたいという思いはもちろん強かったので、配給会社をいくつか受けました。人の見ないような映画を見ていたことが幸いして、いいところまではいったのですが、結局内定はもらえませんでした。ただ、面接が進むにつれて何か違和感を覚えるようになっていました。自分は人の映画を紹介するのではなく、撮る側の人間なのではないか、そう感じ始めたんです。

 ただ、さしあたり就職はしなければなりません。並行して受けていた旅行会社は、大手はすでに選考が終わっていましたが、まだ募集していたマニアックな地域専門の会社では反応が悪くありませんでした。インド哲学やイスラム文化の勉強をしたり、大学2年で新疆ウイグル自治区を旅したりしたことが評価されたのでしょう(笑)。結局、そのうちの1社に入社しました。

 従業員40人ほどの会社で、二年半ほど勤務しましたが手配・営業・添乗など多様な業務に携わらせてもらいました。第二外国語だった中国語がチベットで通じたとき、アラビア文字がパキスタンで読めたとき、勉強はムダにはならないんだと実感しました(笑)。

 そして、特にアジア各国を訪れ、大学の教室で学んださまざまな宗教を、実際に生活の柱としている人びとと直接触れられたことはとても大きかったですね。「死生観」を扱った今度の作品にも、その体験は生きています。

 2年半ほど勤めたところで、自分が本当にやりたいのはやはり映画だと気づいて退職し、専門学校に入りました。働きながら通えるタイプのところで、教わったことは映画づくりのまさに基本という感じですが、映画コミュニティへの入り口として、仲間を見つける場にもなりました。

 ここで最初に撮った『名人でした』という短編を、幸いにも映画館で上映していただけたんです。たとえば、雨が降り出してあわてて傘を買うと、いつもすぐにやんでしまうという人がいるとしますよね。普通は、自分はツイていない、運が悪いと思うだけ。でもそこで、自分はカサを買うと雨が止む「名人」だ、と考えてみたらどうでしょう?

 こんなふうに、日常つい見過ごしてしまう何気ないことを、ちょっと立ち止まって違う角度から見てみるきっかけになるような映画を撮ってきました。

子供でも見られるような映画にできたことが嬉しい

神保 慶政 映画監督

 初の長編『僕はもうすぐ十一歳になる』は、昆虫好きで、採集しては標本を作っている少年が、生命や死について考え始め、大人を巻き込みながら自分なりの「死」への向き合い方を見つけていく過程を描いた作品です。「死」のとらえ方はそれこそ人それぞれで、もちろん正解はありません。でも、この映画を通して新しい見方に触れ、それこそちょっと立ち止まって改めて考えてみていただけたらと思っています。

 企画が通って脚本を書き始めるにあたり、観客目線で自分の物語を見ることを考えるように、というアドバイスをもらいました。実際には長編を書き上げるというだけで精いっぱいで、そこまで意識は回らなかったのですが、それでも漠然と、自分と同年代くらいの人たちが観てくれるだろうと想像していました。テーマが死生観という子供にとっては難しい内容ですが、主人公と同じ十歳・十一歳くらいの子どもたちが親御さんに連れられて映画を見に来てくれていました。東京・京都・福岡上映は夏真っ盛りで昆虫も多いので、見に来てくれた子どもたちが映画館を出た後何を思うか、想像がふくらみました。

 映画雑誌に「夏休みに観る映画」のような形で紹介していただき、「京都国際子ども映画祭」にもノミネートされました。そしてそこにはたくさんの親子連れのお客様に来ていただいたのです。その時、あ、これは子供映画だったんだ、と思いました(笑)。その上、お客様の投票による「観客賞」までいただきました。これは本当にうれしかったです。

 それにしても、子供の感想は面白いですね。一番驚いたのは、「虫が嫌いな人もいるから、昆虫のアップはやめたほうがいい」と(笑)。実は次回作の脚本も書き始めていました。題材は結婚と富士山……詳細は企業秘密ですが。他にも、日本に暮らすムスリムの方々やEPA(経済連携協定)でインドネシア・ベトナム・フィリピンから日本に来ている外国人看護師の方々に興味を持っていて、映画でそうした人々をメインキャラクターにして何かを描けないか前から考えています。でも、この作品の反響が予想以上に大きく、しかも大人にも子供にも観ていただけることがわかりましたから、しばらくはこちらのプロモートに力を入れようと思っています。まだ大都市でしか上映されていないので、いろいろな地域の方に見ていただく機会を作れるよう頑張ります。

 将来については、あまり考えていませんが、10年前、5年前にいまの自分の姿が想像できなかったのと同じように、5年後、10年後には、いまの自分の想像を裏切るような自分でありたいと思っています。一本道を進まない、葛藤する上智人ですからね(笑)。

神保 慶政監督と映画ポスター

9月、Hong Kong INDI BLUE 主催
InDPanda International Film Festival (InDPanda 國際電影節)にて招待上映。
>> 予告編

11月、第23回セントルイス国際映画祭(期間11月13日~23日)
(アカデミー賞公認のアメリカ中西部最大の映画祭のひとつ)にて上映予定。

今後、国内での上映予定などは以下より発信されます。
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神保 慶政 映画監督
神保 慶政(じんぼ・よしまさ)
映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学入学後、世界の映画・音楽に興味を持ち、特にヌーヴェル・ヴァーグ期の映画やイラン映画、ジプシー音楽等の民族音楽に衝撃を受ける。在学中にイギリスに留学。卒業後、旅行会社に就職し海外と日本を往復する生活を送り、2011年に映画監督を目指し退職。ニューシネマワークショップで映画製作を学ぶ。ニューシネマワークショップのコース修了後も数本の短編映画を監督し、第10回シネアスト・オーガニゼーション・大阪(CO2)に助成企画が通過し、大阪市の助成金を元にして「僕はもうすぐ十一歳になる。」を監督。

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