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- 水谷 修 花園大学客員教授、上智大学非常勤講師
新たな心の病のケアとして期待される
スピリチュアルケアの研究を上智で
- 水谷 修
- 花園大学客員教授、上智大学非常勤講師
グリーフケアの現場で体験したこと
僕が卒業したのは、ここ上智大学文学部哲学科。まさにその場所で、2014年度から、3・4年生対象の「倫理学演習」を担当することになりました。ただ、僕がこの大学に呼び戻された理由はそれだけではないはず……とひそかに考えています。
上智には、聖トマス大学から引き継いだ、日本唯一の「グリーフケア研究所」があります。グリーフケアとは、家族など近しい人を失った悲しみを癒すこと。尊敬する所長のシスター高木(現・特任所長)に呼ばれて、以前から研究所の活動のお手伝いをしていました。
東日本大震災の年の8月、同研究所とカリタスジャパン仙台教区サポートセンターの共催により被災地・釜石で開かれたグリーフケア・セミナーで、僕は講演をさせていただきました。終了後、一人の男性が近づいてきて、家族一人ひとりの写真を見せ、「みんな津波で亡くなってしまった。私は生きていていいんでしょうか」と訴えました。
僕には、答える言葉が見つかりませんでした。するとシスター高木は、ひと言「生きていてくれてありがとう!」と叫んで彼を抱きしめたんです。
「これだ!」と思いました。言葉ではない。抱きしめる力や、寄り添って共に生きる姿勢が「癒し」をもたらすのだと。ちなみにその男性は、のちに現地のボランティア組織のリーダーになりました。
シスター高木は、ターミナルケア(病気で死を宣告された人の絶望や恐怖の癒し)、スピリチュアル・ケア(心の病の癒し)も手掛けようとしておられます。その中で、心の病が一番やっかいな問題であることは、いうまでもありません。
心の病のケアはこれでいいのか?
僕が「夜回り」を始めた23年前は、暴走族の全盛期でした。楽しかった……などと言うと怒られますが、子供たちが肉体的に発散する手段を持っていた時代には、非行や暴力はあっても心の病はほとんどなかったように思います。
しかしやがて、ゲーム、携帯、ネットに押されて暴走族は下火に。反比例するように、心を病む子供たちが増えてきました。
9年前に、僕は「水谷青少年問題研究所」を立ち上げました。現在は5本の電話回線、6台のパソコン、6人のスタッフという態勢で、24時間365日、子供たちからの相談を受け付けています。といっても、子供たちはテレビや本で知っている僕、水谷という人間を頼って連絡してくるわけですから、返事はすべて僕が自分でします。スタッフの仕事は相談を内容により分類することと、子供の生命が本当に危ないときの緊急対応だけです。それでも、メッセージには「死にたい」「死にます」の文字が並び、送られてくる画像の多くは血まみれの正視に耐えないもの。とても並の神経ではつとまりません。
いまの日本で、リストカット経験者は100万人、10代後半から20代前半の世代人口の、7%にも達しています。また、うつ病認定患者は100万人、それ以外に精神科や心療内科を受診している人が1100万人。合わせると、日本人の10人に1人が心の病に侵されていることになります。
こうした心の病に対し、現在は大きく2種類の治療法が行われています。ひとつは精神医学的治療、薬品の投与を基本とする、いわば「物理的」な方法。もうひとつは臨床心理学的治療、言葉を使ったいわば「論理的」な方法です。
もちろん、これらが効果を上げるケースもあるでしょう。しかし、先ほどの恐ろしい数字は、この2つだけでは対応し切れていないことを示しているのではないでしょうか。
それを補う第3の治療法の可能性が、僕は哲学や宗教の中に見出せるのではないかと考えています。神や仏にすがるという、人類が古来培ってきた知恵を活かす、いわば「超越的」な方法です。といっても、カルト宗教とはまったく別物であることは、お断わりしておきます。
上智大学ならではのスピリチュアルケアの研究を
僕は8年前から、京都・花園大学で教鞭をとっています。夜回りなど自分の体験に基づく青少年論の講義に加えて哲学も教えてほしいという要請を受けたのです。同大学のベースは禅宗のひとつ臨済宗。僕の中には、座禅を心の病のケアに活用できないかというアイデアがあり、あらためて仏教哲学を学ぶチャンスにもさせてもらっていました。
また、被災地でのグリーフケアの実践を見たとき、これはだれもができることではない、中心的に携わっている人たちが、キリスト教という土台を持っていればこそなのだと感じました。こうして僕は、このような分野での宗教の力をあらためて認識することとなっています。
もちろん、心の病の治療が、すべて「超越的」方法でできるというつもりはありません。大切なのは、既存の方法とこの新しい方法をうまく統合すること、それによってスピリチュアルケアの方法論を確立すること。それこそが、グリーフケア研究所、シスター高木の目指すものです。そして、そのために必要な学問的研究は、しっかりした宗教的基盤を持つ上智大学だからこそできるのではないかと、僕は考えています。
僕がここに呼び戻された理由は、そのお手伝いをすることなのではないか、と僕は勝手に思っているのです。僕にどれほどの力があるかはわからないけれど、少なくともスポークスマンの役割は果たせる。こんなことをシスターや、あるいは僕の友人である仏教関係者たちが言ったら、宗教色が強くなりすぎて敬遠されてしまうかもしれない。でも、僕がこんなふうにしゃべれば、一般の人にも受け入れていただきやすいでしょう。
僕の持っているものを引き継いでほしい
この仕事を、急がなければならない理由があります。
実は、臨床心理士を目指す若者たちの中に、何割という比率でリストカット経験者が含まれているという事実。これは何を意味するのか。彼ら彼女らは、他人を救うことで自分が救われようと考えているのです。でもそれは絶対に無理、それどころか、きわめて危険です。
「死にたい」という子供に、僕は必ずこう言います。「何か人の役に立つことをしてごらん。そのとき返ってくるありがとうのひと言が、君の生きる力になるから」と。実行した子供は、僕の言葉を実感して立ち直る。でもそれは、僕がその子を救ったのではありません。彼らは自ら生きる力を取り戻した、僕は少しだけその手助けをしたにすぎないのです。人間を救えるのはその本人だけ。そのことをきちんと認識してほしい。
心理療法の中にある「誤解」がたいへんな結果を引き起こしてしまう前に、その誤りを正すと同時に、より効果的な方法を提示することが必要なのです。
そしてもう一つ、この仕事を急ぎたい個人的な理由があります。
僕は、全身ガンにおかされている。昨年は5回入退院を繰り返し、今年も3月に手術をしました。でも、さらに転移することはわかっているのです。
僕は大きな流れの中で生かされているだけ。死にたくはないけれど、死ぬべき時がきたら死ななければならない。それはどうしようもありません。
ただ残念なのは、自分が57年をかけて蓄積してきた知識や知恵を、あと10年あれば体系化して残せそうなのに、それが難しいことです。だから、いま僕は、僕が持っているものを部分的にでも引き継いでくれる若者を見つけたいと思っています。そんなときに、新しく上智の学生たちと出会うことができた。これはチャンスです。
きっと見つかるでしょう。だって、僕の後輩たちですから。
- 水谷 修(みずたに・おさむ)
- 花園大学客員教授、上智大学非常勤講師
1956年、横浜に生まれ、少年期を山形にて過ごす。上智大学文学部哲学科卒業。横浜市にて、長く高校教員として勤務。うち12年間を定時制高校で過ごす。深夜の繁華街のパトロールを通して、多くの若者たちとふれあい、彼らの非行防止と更生に取り組んだことから、「夜回り先生」と呼ばれ、話題となった。一方で、全国各地からのメールや電話による様々な子どもたちからの相談にこたえ、子どもたちの不登校や心の病、自殺などの問題に関わっている。現在、現場での経験をもとに、専門誌や新聞、雑誌への執筆、テレビ、ラジオなどへの出演、日本各地での講演などを通して、子どもたちが今直面している様々な問題について訴えている。