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「予防原則」という新たなアプローチで地球的課題を解き明かす

堀口 健夫
法学部 地球環境法学科 教授

国際ルールは「合意」が出発点

堀口 健夫 法学部 地球環境法学科 教授

 「地球温暖化」や「マグロ漁獲規制」など、国境を越えた環境保護や資源管理の問題を日々のニュースで見聞きする機会も多いと思います。私の研究テーマが、まさにそれです。国際法の観点からこれらの問題にアプローチし、解決に向けたルールや制度、さらに新たな枠組みについて考える。この研究が、実にダイナミックで面白い。

 皆さんは法律というと、議会で作られるもので、違反をすると捕まったり、裁判にかけられて罰を受けたりするものだというイメージを持つのではないでしょうか。たしかに日本国内の法はそういうものでしょう。しかし国際法は少々違う。国際条約による国際ルールの形成は、関係国間の「合意」に基づいて進められます。また国際社会にも裁判所はありますが、裁判をするにしても、当事国の合意が求められるのが原則です。つまり自己決定権を持った主権国家の合意が、国際法の形成や運用を支えている面が大きいのです。

 地球環境問題は、その象徴的なケースです。温室効果ガス削減をめぐる先進国と途上国の対立、あるいは経済開発と環境保護のバランスなど、多国間で調整し、合意すべきテーマはたくさんあります。その実現へ向け、指針や行動規範、運営のための組織を整えるのも、国際法の大きな役割といえます。

知恵の結晶としての国際法

 さらに国際環境法で興味深いテーマとして「予防原則」という考え方があります。これは1980年代頃から出てきた新しい法原則で、「科学的に不確実な環境リスクが現実化するのを防ぐ」という概念です。例えば、何が地球温暖化を悪化させているのか科学的に完全に証明できていない段階であっても、手遅れにならないよう早めに措置をとっていこう、という考え方です。92年の気候変動枠組条約や97年の京都議定書も、この概念を採用しています。

 なぜなら地球温暖化のメカニズムは複雑で、原因は多様です。従来の「加害国対被害国」といった2国間のアプローチでは、十分に対応できません。そこで近年この「予防原則」が新たな国際法の概念として提唱され、経済開発等とのバランスもとりつつ、いかにこの考え方を具体化していくかが課題となっています。この概念は、冒頭に触れたマグロ規制など、漁業資源管理分野でも発展しつつあります。資源保護と漁業活動のバランスをどう取るか。そして国際条約を実行していくために、関係各国の国内法をどう整備していくのか。関係諸国の知恵が問われています。

 国際法というのは、国際社会の知恵の結晶です。そして、その“知恵の営み”は現在も日々続けられています。「予防原則」のもと、国際社会の「合意」を形成し、さらに国内法として実施する。この過程自体が、非常に興味深い研究テーマといえます。

欧米から東アジアへのシフトも

 国際環境法は日々動いています。科学的データや社会経済状況をもとに、多国間で交渉が行われ、ルールの改正や補足が行われています。そこに求められる知識は、実に幅広い。本学科は、それに対応したカリキュラム構成となっています。また国際関係や環境保護分野での専門性にも優れ、国際法に必要な語学力が身につく環境にもあります。

 これまで欧米発が多かった環境条約ですが、今後は東アジアの成長に伴い、東アジアでも検討が求められつつあります。海洋汚染や大気汚染、さらに原発リスクに対しても今後対処が必要かもしれません。関係各国が知恵を絞り、工夫を凝らして条約や制度をつくっていく。その元となるのは社会の、そして私たち一人ひとりの意思です。そのプロセスを通じて、国際法の可能性がさらに広がっていくのだと思います。

堀口 健夫 法学部 地球環境法学科 教授
堀口 健夫(ほりぐち・たけお)
法学部 地球環境法学科 教授

専門は国際法・国際環境法。北海道大学法学研究科准教授などを経て、2013年より現職。予防原則等の新たな環境法原則の意義や、日本での環境条約の実施に関わる問題等について研究している。

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