教員が発信する上智の学び

さまざまな角度から 問いを投げかけて 世の中の声なき声に光を当てる

渡辺 久哲
文学部 新聞学科 教授

人々の行動を変える数字の力

渡辺 久哲 文学部 新聞学科 教授

 メディアが示す数字には、時に人々の行動を変えてしまうほど強い力があります。
もし社会的に影響力のある全国紙で「増税に7割が賛成」という記事が掲載されたらどうでしょう。
読者の脳裏には7割の数字が焼き付き、「そんなに賛成がいるはずがない」と頭の中で情報を修正してもなお、最初に見た7割という数字を意識して行動してしまいます。
このように、ある情報がその後の行動を制限する働きを「アンカリング効果」と呼びます。
だから新聞社やテレビ局は、世論調査に偏りが出ないよう、常にその手法を検証しているのです。
私はテレビ局で世論調査や視聴率の調査・分析に携わった経験を活かし、より客観的で信頼性のある調査を行うための方法を、メディアの人たちとも共同で研究しています。
特定の回答に誘導していないか、聞きたいことに対して適切な問いかけがなされているか──。
聞きたいことを直球でぶつけても、本当に知りたいことが分かるとは限りません。
さまざまな角度から問いを立て、ポイントとなるファクト(事実)を押さえていくことで、自分の知りたい物事の本質に迫っていく。その過程を考えるのが、社会調査の面白さでもあります。

時代に対応した調査手法を探る

 現在課題の一つとなっているのは、質問に答える人をどう選ぶかというサンプリングのあり方です。
これまで日本の世論調査では、固定電話番号を無作為に抽出して電話をかける方法が一般的でした。
しかし携帯電話の普及によって、若い世代を中心に固定電話を持たない世帯が増加しています。
このまま固定電話を基本にしたサンプリングを続けていると、若者の声が反映されなくなるかもしれません。米国ではすでに、この問題が顕在化しています。共和党と民主党の二大政党が争う選挙の情勢調査で固定電話を利用すると、現実には両陣営が拮抗していたとしても、調査では共和党に有利な方向に結果が出ます。これは、民主党支持層に固定電話を持たない人が多くなってきたためです。米国のメディアはこのバイアスを解消すべく、携帯電話を対象にする調査や郵便番号を用いた調査を検討するなど、試行錯誤しています。
インターネットや携帯電話の普及によって通信手段が変化するなか、日本の世論調査もまた、時代に対応しなければならない時期を迎えています。

声なき人たちの主張をすくい上げる

 五輪招致や消費税増税、原発再稼働の是非……世論調査とは生活に関わるテーマについて日本中のさまざまな立場の人から広く意見を聞き、国民の“実感”を数字で表現する試みです。
仮に視聴率調査や世論調査がなくなれば、世の中はどう変わるでしょうか。
テレビ番組はスポンサーが望むテーマばかりを取り上げたり、あるいは作り手に都合の良い番組のみを流すようになるかもしれません。政治の世界では、もっと影響は深刻です。
世論というバロメーターがなくなれば演説がうまいだけの一人の政治家の言葉や、エキセントリックな主張をする人たちばかりがメディアで取り上げられ、声は上げないけれど確かな意志を持っている、大勢の市民の声はかき消されてしまうかもしれません。
そんな声なき「サイレント・マジョリティー」の主張をすくい上げ、客観的な数字として社会に示していくのも、世論調査の使命だと考えています。しかし、いくらデータを揃えても、問題を見極める視点がなければ意味がありません。これからの社会を担う若い世代の人たちには、世界で起きている出来事に目を向けて何が課題であり課題を解決するためにどうすべきか、常に問い続ける姿勢を持ってほしいと願っています。

渡辺 久哲 文学部 新聞学科 教授
渡辺 久哲(わたなべ・ひさのり)
文学部 新聞学科 教授

もともとの専門領域は社会心理学だが、民放テレビ局に長年勤めた経験を生かし、世論調査、視聴率調査などメディア関連のデータを読み解く面白さを伝えたい。著書『スペシャリストの調査・分析する技術』等。

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