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小説にひそむ"家族のレトリック"を読み解けば物語はがらりと変わる

永富 友海
文学部 英文学科 教授

俗っぽくて、雑多。だから面白い

永富 友海 文学部 英文学科 教授

 "novel"という英単語に、「新しい」という意味があることをご存じでしょうか。イギリス小説は18世紀に現われた新しいジャンルの文学です。続く19世紀といえば、ヴィクトリア朝が世界で植民地支配を広げ、イギリスが最盛期を迎えた時代。右肩上がりの社会情勢を反映し、小説の世界でも多様なチャレンジが行われ、盛り上がりました。

 ディケンズやブロンテ姉妹、ハーディという時代を代表する作家たちの物語は、詩や演劇などの伝統的な文学作品に比べると現代風で俗っぽく、そのぶん勢いがあります。作風はさまざまですが、どの小説にも共通するのは、「結婚」を中心に物語が展開する点です。男女が結ばれるまでのプロットが主軸となり、そこに絡み合うように不倫や重婚などのゴシップ話や貧しい境遇に生まれたキャラクターの立身出世といったサブプロットが描かれていきます。一つの物語を形づくる無数の要素を読み解いていくと、当時のイギリス社会が抱える課題や人々の心に根ざした宗教観、倫理観が浮かび上がってくるのです。雑多でごちゃ混ぜ。だからどんなアプローチで切り込んでも、面白いんです。

家族にひそむ他者性をあぶり出す

 私は特に、「家族」という視点からイギリス小説を読み解く研究を進めています。19世紀のイギリスは、産業革命に成功して経済発展を遂げた一方で、公害が深刻化したり、女性や子どもが過酷な労働を強いられたりと、社会への不安が高まった時代でもありました。つらい現実社会に対して、安心できる居場所としての役割を果たしたのが、家族だったのです。

 小説の描写のなかにも、家族を美化する表現をあちこちに見つけることができます。例えば、家を描く際に使われる“House”と“Home”という単語をみると、前者はただの建物を示しているのに対し、後者は安らぎの場というニュアンスが込められています。作者はシーンによって単語を使い分け、意図的に聖域としての家族を描き出しているのです。

 では、家族とは一体誰のことでしょうか?身内の定義は、とてもあいまいで複雑です。血縁者が他人のように表現されることもあれば、突然、家族の関係が変化することもあります。分かりやすい例が「妻」です。もともとは血がつながっていない女性でも、結婚すれば妻という家族になります。妻とは、夫にとって最も身近な家族であると同時に、他人でもある存在なのです。聖域である家族のなかにも、実は他者がひそんでいる。家族を描くありふれた表現から、「内」と「外」のレトリックをあぶり出すことで、物語に新たな光を当てることができるのではないかと考えています。

いつでも新しい読み方を見つけられる

 文学研究の醍醐味は、それまでの読み方を変えるような新たな着眼点を発見できた瞬間にあります。何気ない単語でも、そこにひそむ作者の意図に気づいた瞬間に、物語はがらりと変わります。研究を重ねられた古典でも、自分なりの視点さえあればいつでも新しい読み方を見つけられる。どんな解釈も、どんな感じ方をしても自由。正解がないということが、文学の面白さです。小説の読み方が分からないと嘆く人もいますが、今は心に響かないと感じた小説でも、20年後に困難にぶつかったときに読み返せば、同じ小説の言葉が今度は支えになるかもしれない。読み手の気持ち次第で世界を無限に広げてくれる。文学にはそんな力があると知ってほしいですね。

永富 友海 文学部 英文学科 教授
永富 友海(ながとみ・ともみ)
文学部 英文学科 教授

19世紀英国小説の主軸である結婚と相続のプロットを身内/他者のレトリックから読み解くことによって、英文学史の新しい見取り図を描き出すことが当面の研究課題である。『一九世紀「英国」小説の展開』(共著)。

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