教員が発信する上智の学び

誰もいない教室で生徒の顔を思い出す、そんな教師の行為の中に教育の原理があるのです

奈須 正裕
総合人間科学部 教育学科 教授

教育は本来、人々の営みの中で育つもの

奈須 正裕 総合人間科学部 教育学科 教授

 私は上智大学に就任する前、国立教育政策研究所という文部科学省の直轄研究所に勤務し、そこで教育現場の具体的な事例を通して理論化する仕事をしていました。
例えば、小学校の45分間の授業を分析し、教師がひとつの質問をする背後にどんな思考過程や専門的知識構造があるのか、また一人の子どもの思考や感情はどう変化するのかなどをピックアップして、心理学など学問的に根拠のある手法を使って研究してきました。
一般的に教育というと、文部科学省で決めたことが教育現場でシステムとして動くイメージがあるかもしれませんが、実際はそんなに簡単なものではありません。日本の教育は画一的だなんていうのは大嘘で、 画一的なのは制度だけで、具体的に行われている学校の授業は、地域の歴史や風土や教育委員会の方針などによって随分違います。
教育は、本来、土地や風土に根ざした人々の営みの中で育まれるものなのです。
授業を一つひとつ丁寧に分析し、子どもの成長や学習の様子を記録していくと、そうした事実がはっきり見えてきます。
例えば、素晴らしい教え方をする教師がいたとすれば、その教え方は決して思いつきではなく、その地域の教師文化として脈々と受け継がれてきたものを背景にしていますし、同時に発達とか学習とか人格形成の原理にもかなっているのです。
教師本人は必ずしも自覚的ではありませんが、知らぬ間に先人の知恵や技が体の中に生きた理論としてビルトインされていて、それが授業で活かされているのです。そういう理論と実践の一体化した授業のあり方を研究しています。

「よい教育」には共通項がある

 名人や上手と言われる教師の授業を分析した結果、彼らには共通項があることがわかりました。優秀な教師は、毎日欠かさず続けていることがあります。
例えば、ある教師は、学校から帰る前に必ず教室に戻り、子どものいない教室で机を一つひとつ眺めて、今日あの子は何をしていたかな、と全員の姿を思い出してみる。 すると、中には思い出せない子がいたり、授業中にこんな発言をしたあの子の本心はこうだったんじゃないかななど、授業中には気付かなかったことが見えてくる。
そして翌日必ずその子に声をかけるのです。この行為によって、子どもとの関係が良好になり、自分の視点の偏りも修正されていく。それを毎日やり続ければ、 子どもに関する理解や洞察が深まるのは当然です。よい教師といわれる教師は、このような力量が高まる方法を誰に教わるでもなく、自分で編み出し、日々実践しているのです。 「教育学は役に立たない」との批判がありますが、その理由のひとつに、抽象的なレベルでの理念や理論の理解はできても実践的なイメージが伴わないから、 具体化する時点でしくじってしまうということがあります。
深い理念や理論も、具体的な技術や行為と理論をセットで教えないと、現場では使いものになりません。 そこを解決するために、教育学が用いてきた抽象的な概念が指し示すのは、具体的には例えばどういう行為なのか、どういう手続きを必要とするのかを、 身体化された知恵とセットで、しかもある種の原理として研究するのが、私たちの目指す学校教育学なのです。

奈須 正裕 総合人間科学部 教育学科 教授
奈須 正裕(なす・まさひろ)
総合人間科学部 教育学科 教授

心理学を軸足とした教育方法とカリキュラムの開発研究が目下の専門。学習指導要領の改訂にも関わってきた。近著に『答えなき時代を生き抜く子どもの育成』(図書文化社)など。

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