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19世紀フランスの激変を背景に文学の歴史を変えたボードレール

吉村 和明
文学部 フランス文学科 教授

詩の歴史を変えたボードレール

吉村 和明 文学部 フランス文学科 教授

 フランスの韻文詩には、一行の音節の数をそろえるとか、ある定式に従って韻をふむとかといった、非常に厳格なルールがあります。そのルールを破って形式にとらわれない自由で斬新な散文詩を書き、それ以降の作家に道を拓いたボードレールは、事実上散文詩の創始者といっていいでしょう。

 ボードレールという存在がなければ、ランボーやマラルメの詩も別の形になっていたかもしれません。韻文詩は限定された形式に、思想や観念を盛り込むのが特徴で、その様式は長年の歴史に磨かれて決まった形ができあがっていました。しかし、ボードレールの生きた19世紀は、数度にわたって革命が起き、パリを根本的に変えてしまう都市改造があり、万博が開かれたりデパートができたりして、社会が急速に変化を遂げた時期です。その変化に伴って人々の感性も大きく揺れ動いたわけです。

 そうした激しい感性の動揺は、狭い韻文形式の中に盛り込めきれなかったのだと思います。そのような状況下でボードレールは、新たな詩的表現の可能性を模索し、散文詩という形式に行きついたのです。

美の追究より、真実をえぐり出すフランス文学

 ボードレールには挑発的な一面がありました。韻文詩集『悪の華』にも非常に過激な表現が見られます。〈夏の朝、恋人と散歩をしていたら、腐った犬の屍骸が道端にあり、それを見ながら「あなたも今は美しいが死んだらこうなるんだよ」と恋人に告げた〉という内容の詩などを書いています。このような発想の仕方は、ボードレールに限らずフランス文学にしばしば見られます。

 現実離れした理想美の追究より、醜悪な面、残酷な面、汚い面を厭わず真実をえぐり出していく姿勢は、フランス文学の重要な要素の一つだと思います。

作品から読みとれる時代性

 ボードレールは「白鳥」という作品の中で、急速に改造されつつある古いパリの街を〈仮小屋の群、つみ上げられていた、粗ごしらえの柱頭や円柱、雑草、たまり水が緑青色に染めた大きな石塊、ガラス窓に光っていた、雑然たるがらくたの山〉のように描写し、そこに、動物小屋から逃げだした一羽の白鳥が白い羽根を引きずっていく姿を描いています。

 「白鳥」はいわば、この現実世界のなかに自分の居場所をもたない、迷える人々の象徴です。ボードレールにパリの都市改造についてなんらかのメッセージを発する意図があったわけではありません。 けれども、こうした詩句には、明らかにパリの変容という同時代的な現実が刻みこまれており、それが詩的イメージの生成の基盤になっていることはまちがいないでしょう。

フランス文学を学ぶ魅力

 フランス文学の大きなモティーフのひとつに、人間性の徹底的な探究があります。

 それはあらゆる文学に共通のものかもしれませんが、フランス文学の場合は、常識的な考え方や大勢順応的なあり方と文学者自身が戦いながら、とことん問い詰めていく姿勢が顕著です。

 ひと口で言うと辛口の文学です。頭脳的なプロセスで追究する部分があるので、ひょっとすると近寄りがたい印象を与えてしまうかもしれません。

 でも根気よく付き合うと、深さなり広さなりが見えてきて、独特の味わいを感じとることができます。感性や知性が鍛えられ、深い人間的真実に出会うことができるのではないかと思います。

吉村 和明 文学部 フランス文学科 教授
吉村 和明(よしむら・かずあき)
文学部 フランス文学科 教授

ボードレールなど19世紀後半の文学(とくに詩)、および同じ時代の美術評論がおもな研究対象。最近はベルギーの芸術家フェリシアン・ロップス(1833-1898)に興味がある。

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