水面に揺らめく月の雅な美しさを文字盤に表現
松本幸四郎(以下、松本)文字盤の白い色に透明感があって、艶(つや)やか。何とも優しい雰囲気の文字盤ですね。金属だと、ここまで柔和な表情を表現できなかったかもしれませんね。
橋口博之(以下、橋口)ええ、磁器である有田焼らしさを表現することができたと思っています。平安時代の貴族が月を直接見るのではなく、池に映して水面に揺らめく月を愛(め)でたという「水月」をイメージしています。
松本ただ、一点物の美術品を創作するのとは違い、工業製品のパーツをつくるという点で、制約やご苦労もあったのではありませんか。
橋口まさにその通りです。まず、土台となる素地を1,300度の高温で加熱し、釉薬(ゆうやく)をかけて約1,100度で再度焼き上げます。さらに針用の穴などを開けて仕上げ焼を施します。その度にサイズが微妙に収縮します。ところがダイヤルのサイズに合わせて10ミクロン単位の精度が求められます。しかも、大量に焼き上げなくてはなりません。私にとって初めての経験でしたし、試行錯誤の連続でした。
松本単に美しさだけでなく、日常で使う工業製品としての基準も満たさなくてはならないわけですね。
「この時計は着けていると、心が自然に和んできますね」とプレザージュを見つめながら話す松本さん。
橋口耐久性についてもセイコー独自の厳しい基準をクリアする必要がありました。「きれいだけれど、少し使っただけで壊れてしまう」というのでは通用しないわけです。そこで佐賀県窯業技術センターの協力を得て高精度の鋳型を使い、磁器の素材も新たに開発しました。
職人として有田焼の伝統を守りながら、新しい可能性を模索する橋口さんの話に松本さんは静かに聞き入り、そして深くうなずきます。