0.01ミリ単位で調整、命を吹き込む
松本幸四郎(以下、松本)文字盤の優雅な白さが印象的ですね。それでいながら冷たい感じがせず、むしろぬくもりを感じさせてくれます。日用品に使われているイメージがある琺瑯ですが、腕時計のような精密機械に応用されるケースはあったのですか。
横澤満(以下、横澤)実はセイコーが1913年に発売した国産初の腕時計「ローレル」の文字盤にも琺瑯が採用されていたと聞いて、それを現代によみがえらせることに職人としてやりがいを感じました。当時のローレルは今見ても文字盤が色あせておらず、琺瑯の魅力を十分に保ち続けていることに私自身も感動しました。
松本「腕時計の顔」となるわけですから、気合が入りますよね。実際に取り組んでみて、どの工程が最も難しかったですか。
横澤文字盤が直径約3センチと小さく、サブダイヤルなどもあるため、釉薬を均一な厚さで金属に塗布することに細心の注意を要します。食器などの場合は、厚さにある程度のばらつきがあっても許されますが、腕時計の場合、針の動きを妨げることもあるのでそうはいきません。釉薬を吹き付ける厚さが厳密に指定されています。一方で白という色をはっきり出すためには釉薬をしっかりと定着させなくてはなりません。そのためには釉薬を吹き付ける際に0.01ミリ単位の調整が求められ、最終的には感覚の世界になってきます。
指定されたものに真摯(しんし)に向き合って、一定の品質を保ちながら作り上げる。そうしたモノづくりの姿勢に、1か月という期間、基本的に決められた同じ役をブレなく演じ続けなければならない歌舞伎俳優という松本さんの仕事が重なったようです。
「文字盤のぬくもりある白さが、長く色あせず保たれることに正直驚きました」と
プレザージュを見つめながら話す松本さん。