「堆積する闇」を生む0.1ミリの塗りと研ぎ
松本幸四郎(以下、松本)文字盤そのものは薄いのに、奥行きがあって吸い込まれそう。まさに「漆黒」ですね。谷崎潤一郎が「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」で触れた言葉を借りれば、「闇が堆積(たいせき)した」ような深遠な色合い。どうしたらそのような奥深さを表現できるのですか。
田村一舟(以下、田村)「堆積」という言葉がありましたが、まさに漆を重ねて塗っていくことで色に深みが出てきます。漆器が海外で「Japan」と評されるように、日本の伝統に根差した色合いであるとも言えます。
松本塗料をさっと塗って終わりというわけではないのですね。腕時計の文字盤に応用する際に難しかったことは何ですか。
田村塗りと研ぎを何度も繰り返して仕上げていくのですが、気温や湿度によって漆の乾き方が違ってくるので、その見極めが難しい。漆は空気中の水分を取り込むことで硬くなる性質があるので、梅雨時の方が乾きやすかったりするんです。しかも、漆の厚さを0.1ミリに抑えなくてはなりません。品質チェックを兼ね、最後に指に特殊な粉をつけて艶出しを行うのですが、全工程が手作業になります。理屈で理解して仕事をするというより、これまで重ねてきた経験を頼りに仕事を進めることになります。
一見、単調な作業でも気を抜かずに全力で向き合う。「『到底できない』から始めるのではなく、『どうしたらできるのだろう』という思いから始めるようにしています」と田村さん。その姿勢に松本さんも共感したようです。
「漆でなければ表現することのできない色合い。同じ黒でも普通の黒とは
全く違いますね」と、漆芸の奥深さに驚く松本さん。