トップ>特別企画>【対談】中村昇×akiko 言葉で読む「哲学」と「音楽」
中村 僕の研究は言語と時間が大きなテーマになっていまして、実はakikoさんのお話と重なる部分もあるんです。言語については、最近になってようやく、自分は最終的に「言語じゃ何も表すことはできない」ということを表現したいんだなということがわかってきました。もう一つ、時間については、われわれは共同体の中で共通の時間を持っていますが、実は時間はそんなものではなくて、個々人で違う時間が流れていて、色々な時間が同時に流れているのではないかと。だからまずは「時間は相対的だ、共通の時間のようなものはない」ということを言いたい。その上で、最後には「でも時間は流れていない(連続していない)」ということを言いたいんです。ウォルシュさんも、『神との対話』の中で同じようなことを言っていますね。
akiko 言語、言葉は本当に難しいですね。例えば私が好きな詩に感動するように、言葉はすばらしく美しいものであると同時に、すごく難しいものでもある。ウィトゲンシュタインの「語り得ないものについては沈黙しなければならない」という言葉がありますが、まさにその通り、言葉にはやはり限界があるんですよね。でもその矛盾や二元性は、世界のあらゆるものについてあると思うんです。
中村 そうですね。そして時間についてさらに言えば、世界の構造はRPG(ロール・プレイング・ゲーム)のようなものになっていると思うんです。RPGって、ソフトの中であらゆる可能性が尽くされていますよね。無限の可能性がある世界が、初めから出来上がっている。けれど、われわれがプレイしないとその世界は展開していかない。この世界も同じで、全てが決まっている中で各々の人間が自分の役割をプレイしていく──そんな構造を持っているんじゃないかと。それを僕なりに、時間という視点から追究したいんです。この問題は『神との対話』に出会ってから常に意識していて、読んでいない人にも、「世界はそうなっているんだよ」と上手に教えることができたらいいなと思います。
akiko 私も、時間とは垂直ではなく、水平な相対性の概念だと思っています。そして、自分のライフワークである音楽について言えば、言葉に矛盾や二元性がある中で、音楽は言葉でない何か中間的なものを伝えうる手段かもしれないと思うんです。もちろん音楽にも歌詞や言葉があって、私はそれも大事にしていきたい。でも音楽ってそれだけではなくて、「サウンド(音)」全体で何かを表現できるんじゃないかと。例えば、私たちは『神との対話』がすごく好きですが、やはり題名に「神」という言葉がついた本って、人に勧めるときに躊躇してしまう。言葉にはイメージがつきまとうから、表現の難しさを感じますね。
中村 ウィトゲンシュタインが、言葉と音楽についてこんなことを言っています。音楽には、その曲を決定づけるフレーズなどの「テーマ」があることが多いと思いますが、われわれが言語において「意味」だと思っているものが、このテーマと同じようなものではないかと言うんですよ。例えば「コップの意味は?」と聞かれても、コップとしか答えようがない。音楽のテーマも、それが聞こえたら「あ、こういうテーマだな」と理解するもので、それ以外に表しようがない。僕はそういう議論を目指しているので、今akikoさんが言ったことに「なるほどな」と思いました。言葉そのものの持っているある種の物質性や「そのまま性」みたいなものがあるんじゃないかと。「DOGの意味は犬」じゃなくて、DOGはDOG、犬は犬だよと。そういうことも言えるんじゃないかと、今思いました。
中村 こういう話は日常生活に必要ないものですが、僕の場合はなぜかそこが気になってしまう。akikoさんも言っていたように、やはり小さい頃から、気になることがどうも人と違うみたいなんですね。僕はずっと周囲との違和感を感じていて、どうにか世界と一体化しようと演劇や暗黒舞踏をやったり、そして哲学の道に入って……。今の研究も、世界と一体化できないもどかしさを何とかするための方法を、言葉や時間を通して探ってみようということなんです。akikoさんは、音楽を始めたきっかけは何だったんですか?
「HIT PARADE -LONDON NITEトリビュート-」ジャケット
akiko 幼稚園のとき、友達がオルガンを弾いているのを見て、なぜか自分も弾けるような気がしたんです。それで、自分で曲を作って弾いていたら多分友達にほめられたんでしょうね、うれしくなっちゃって(笑)。それから親に言って、ピアノ教室に通い始めたのが始まりです。中学・高校時代は自分から聴く音楽を開拓していって、中古レコード屋に通ってはパンクからさかのぼってロックンロール、ジャイヴなど色々なものを聴いていました。実は去年、「HIT PARADE -LONDON NITEトリビュート-」というロックアルバムを出したんですよ。今も、自分のルーツはロックだと思っているんです。
中村 では、ジャズを歌い始めたのは大学に入ってからなんですね。
akiko はい。大学時代、友達に連れられてマジックを見せるクラブに行ったら、そこでギタリストのおじいさんがジャズのナンバーを弾いていたんです。私はたまたまその曲を知っていたので、「あ、それ歌える」って言って。幼稚園のときと同じで、ジャズを歌い出したのもなぜか歌える気がしたからなんです。そのせいか、ずっと自分が歌う理由や意味がよくわかりませんでした。でも、去年ぐらいからやっと自分の中で色々なものがつながってきて、自分が歌うことの意味を意識し始めました。今は、このつながったという感覚を、歌うことにどう反映していけるかに興味がわいてきています。
中村 僕の場合は、『神との対話』を読んだとき「ああ全部わかった、もう新しいものを知る必要も研究する必要もない」というぐらいの勢いがあったんです。ところがここ10年ぐらいの間で、実際の生活の中で大変なことを次々に経験した。今は、本を読んで頭で理解することと、実際に経験することとは全く別なんだと、やっとわかったところです。いい歳して言うことじゃないですが、経験してみないとわからないことって本当にあるんですね(笑)。ところで、akikoさんは英語やフランス語で歌っていますが、ドイツ語はいかがですか?
akiko 私、ドイツ語はわからないんです。フランス語も、レコーディングのときは発音の先生についていただきました。今日の対談も「言葉」が一つのテーマになっていますが、言葉と音楽ってすごく結びついていると思うんです。言語の発音からはリズムが生まれるから。例えばボサノバなどのブラジル音楽に興味を引かれたら、私の場合はそこにポルトガル語が伴う形で歌いたいなと。
中村 哲学の研究でも、内容と言語が結びついていることがあります。訳文だと意味が違ってくる場合があるので、僕はドイツ語、フランス語、英語は原文で読むんです。面白いもので、国によって哲学の文献にも特徴があって、フランスは非常に明晰、ドイツは徹底して言葉にこだわる、そして英語圏はとてもわかりやすいという感じです。
akiko 言語圏ごとに違った特徴があるんですね。ブラジル音楽の場合は詩の内容がとても深くて、詩人という立場も非常に尊敬されているんです。そういった国ごとの文化や文学、音楽をもっと知りたいなと思います。それこそ、大学時代にもっと勉強しておくべきでした(笑)。今日は久しぶりに中央大学に来ましたが、あらためて見ると緑が多くていい場所ですね。大学時代はただ「遠い」と思っていましたが、今は都心から離れた自然豊かなこの場所を魅力的に感じます。私、年をとるごとに、学問に対する興味や「自然に触れたい」という人間本来の感覚のようなものを取り戻してきている気がします。
中村 僕にとって中央大学は「居心地がいい場所」ですね。僕はこの大学で学部から大学院へ進み、今に至るまでずっといますが、一度も嫌だと思ったことがない。個性が強かったり変に特徴があったりする場所が苦手なので、静かな環境や落ち着いた素直な学生が多い点なども含めて、ここの雰囲気が自分に合っていると感じています。ある意味無色透明の場所──それが、僕にとってはとても居心地がいいんです。今日はどうもありがとうございました。
akiko どうもありがとうございました。
お互いに「シンクロしすぎて気持ち悪い」と笑い合うほど、多くの共通点が見つかった二人。シンクロニシティ、時間、言語──。言葉で表現すると抽象的になりがちなこれらのテーマを、二人がそれぞれの体感を通して共有しているのが会話の端々から見えてくる。その原点でもある『神との対話』は、世界各国で翻訳され、日本にも多くのファンがいるベストセラー。米国で映画化されたのち、今年に入って日本語版DVDが発売され、今再び熱い注目を集めている。