トップ>特別企画>【対談】中村昇×akiko 言葉で読む「哲学」と「音楽」
哲学者とジャズシンガー、その肩書きを一見しただけでは何の共通点もないように見える二人。けれど対談が進むにつれて、興味の対象や思考の道筋に意外な共通点が見えてきて──。かたや思想、かたや音楽、それぞれを表現する者として歩み続ける二人が、哲学から言葉、音楽まで様々な事柄について語り合った。
中村 初めまして、今日はよろしくお願いします。akikoさんは、中央大学の文学部を卒業されているんですね。
akiko はい、英米文学を専攻していました。哲学を履修していたときは、木田元先生の授業を受けていました。
中村 僕は、木田先生の後に哲学の授業を受け持つようになったんです。もう少し時期が遅ければ、僕の授業を受けていたかもしれないですね。で、もしかしたら哲学を嫌いになっていたかもしれない(笑)。
akiko そんなことないと思います(笑)。実は私、10代の頃から哲学という分野に対して曖昧な興味を持っていたんです。ただ、専門的に勉強するとなると難しそうだなと思って、大学時代も遠くから何となく見つめているような形でした。でも今は哲学に対して興味が大きくなってきていて、入門書や解説書を読んだりしています。今回は、対談にあたって中村先生の著書を送っていただいて、どうもありがとうございました。
中村 『ウィトゲンシュタイン ネクタイをしない哲学者』、『ホワイトヘッドの哲学』、『小林秀雄とウィトゲンシュタイン』ですね。
akiko はい。今のところ2冊、『ホワイトヘッドの哲学』と『ウィトゲンシュタイン ネクタイをしない哲学者』を読ませていただきました。どちらもとても面白かったです。特に『ウィトゲンシュタイン~』は読みやすくて、哲学に興味があるけれど、どこから手をつけたらいいのかわからないという人にお勧めだと思いました。私も、とても興味深く読ませていただきました。
最新アルバム『Words』
中村 僕もakikoさんのアルバムをいただきました。最新アルバム『Words』の中の5曲目、『It』はすごく哲学的ですね。
akiko ありがとうございます。実は先生の本を読んで、シンクロニシティ(※1)がたくさんあり、これまで自分が思っていたこととつながる部分があって、とても興味を引かれました。私は読書が好きで、ヘッセの小説やユングの本など、とにかく本から影響を受けることがすごく多いんです。
中村 ユングは神秘的なことも探求していましたね。僕は実は神秘主義が大好きで、シンクロニシティ的な世界のあり方に興味があるんです。シンクロニシティは、これまで西洋哲学があまり追究してこなかった分野なので、これからの哲学のキーワードになるだろうと思っています。これを研究するためには、現代の論理的な問題を追究する哲学とはちょっと違った世界へ行かなくてはならない。僕にとってはユングや神秘主義との出会いは、そのよいきっかけになりました。
akiko そうなんですか。実は私、なぜだかわからないんですけど、小さい頃から頭の中に幾何学的な形を思い浮かべたり、それが「ある」ってどういうことなんだろう、「同時」ってどういうことだろう、そもそも「時間」とか「空間」って何だろうと考え出してしまう子どもだったんです。それがすごく嫌で、なんで私は現実の生活と関係ないことを考えてしまうんだろうと思っていました。だから、そのことはずっと心の中だけに留めていたのですが、去年読んだ『神との対話』(※2)という本に、自分が思っていたことそのものが書かれていて、とても驚いたんです。
(※1)シンクロニシティ=分析心理学において「意味のある偶然の一致」を指す言葉。スイスの心理学者カール・ユングによって提唱された概念。
(※2)神との対話=アメリカの著作家、ニール・ドナルド ウォルシュによって書かれたベストセラーシリーズ。主に宇宙や生命、生きることについての考察が綴られている。
中村 ウォルシュの『神との対話』ですか? これはすごいシンクロですね、あの本は僕にとってバイブルなんです。1990年代の後半に初めて読んで、それから何度も読み返しています。
akiko すごいですね。私はこれを読んでから意識が変わりました。「ああ、私が感じていたことって間違いじゃなかったんだ」と思えるようになったんです。
中村 僕も同じような感じですね。最初に読んだとき、「初めて全部教えてくれる本が出てきた」と思いました。今まで、哲学とか神秘主義とか色々な本を読んできたけれど、どうしてもよくわからなかったことがあったんです。そうした疑問がこの本に出会って氷解しましたね。僕、ネット通販サイトのこの本のレビューコーナーに投稿していますよ。シリーズの3冊全部に、ものすごい長文で(笑)。
akiko じゃあもしかしたら、私はそのレビューを読んで買ったのかもしれないですね。ネット通販のサイトでは、画面に「この商品を買った人はこんな商品も買っています」ってお勧めの本が出てきますよね。私は何冊かを経て、最終的に『神との対話』に行き着いたんです。その後に中村先生の著書を読んだので、すごくシンクロする部分があるなぁと思えました。
中村 なるほど。僕はakikoさんの曲『It』が哲学的だと思ったのですが、あの曲はどのようにしてできたのですか?
akiko 『It』や『Words』では、メロディーなしで詩だけを読む「ポエトリー」というものに初めて挑戦しました。ただ、これは始めから意図していたわけではなくて、自分の心の変化などが全部つながった結果のような気がしています。普段は音楽が先に出てきて、歌詞は後から乗せるんですが、今回は言葉がどんどんあふれてきて、なのに音楽がそれに追いつかなくて……。「ああ、これはもうメロディーなしでやれってことなんだな」と思ったんです。
中村 詩そのものはお好きなんですか? 先ほどヘッセが好きだと伺いましたが、日本人の作品についてはいかがですか?
akiko ヘッセ、それからゲーテの詩もすごく好きです。日本人の詩はあまり触れたことがなくてよく知らないんですが、思想や考え方といった部分では南方熊楠(※3)が好きです。
中村 また共通点がありましたね。僕は高校のとき南方熊楠が大好きでした。実は長男の名前を「南楠(みなくす)」とつけたんですよ。親戚には「本人が大変な人生を送ることになる」って反対されましたが(笑)。
akiko そうなんですか、それはすごいですね。熊楠も最初は粘菌探しから始まって、だんだん宇宙論のようなものに結びついていきますよね。それがすごく理解できるというか、つながっているんだなということを感じます。
中村 ええ、彼が、いわゆる「南方マンダラ」という考えで言っていたようなことですね。akikoさんが話していた、物の形について考え出してしまうことや全部つながっているという感覚、熊楠が考えているのはまさにそういう宇宙だと思いますよ。読んでみると、とても面白いと思います。
(※3)南方熊楠(みなかた・くまぐす)=戦前の博物学、生物学、民俗学の研究者。その活動や研究範囲は非常に広範囲にわたり、膨大な論文や随筆、手紙などが残されている。