企業団体献金の禁止-憲法論として考える
橋本 基弘(はしもと もとひろ)/中央大学副学長、法学部教授
専門分野 公法学
1. 八幡製鉄政治献金事件最高裁大法廷判決
(1)最高裁大法廷判決は企業団体献金を容認しているか
企業団体献金は禁止できるか。この問題は、憲法論を抜きに議論することはできない。そして、わが国においてこの問題を考える際、1970年に下された八幡製鉄政治献金事件最高裁大法廷判決(以下「大法廷判決」という)が出発点となる。この判決は次のように述べている。
憲法第三章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用されるものと解すべきであるから、会社は、自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有するのである。政治資金の寄附もまさにその自由の一環であり、会社によつてそれがなされた場合、政治の動向に影響を与えることがあつたとしても、これを自然人たる国民による寄附と別異に扱うべき憲法上の要請があるものではない。
(2)大法廷判決の意味
企業団体献金の禁止は憲法違反となると主張する立場は、この判決を直接のよりどころとして、企業や団体には政治献金を行う自由があると考える。実際、石破首相も岸田前首相もこの立場に立ち、企業団体献金に消極的な姿勢をとっている(朝日新聞デジタル2024年11月13日https://www.asahi.com/articles/ASSCD42SHSCDUTFK00CM.html)。ただ、この判決は代表取締役が行った政治献金が会社の目的の範囲内の行為といえるかどうかが争点となった株主代表訴訟に答えを出したものであって、企業団体献金を禁止すると憲法違反になるかには一切言及がない。本判決をもって企業団体献金の問題に答えが出たと即断することはできない。大法廷判決の次のようにも述べている。
豊富潤沢な政治資金は政治の腐敗を醸成するというのであるが、その指摘するような弊害に対処する方途は、さしあたり、立法政策にまつべきことであつて、憲法上は、公共の福祉に反しないかぎり、会社といえども政治資金の寄附の自由を有するといわざるを得ず、これをもつて国民の参政権を侵害するとなす論旨は採用のかぎりでない。
大法廷判決は、企業団体の政治資金が政治腐敗を醸成する危険性があることを認め、その防止を立法政策に委ねている。公共の福祉の観点から正当化される規制なら、企業団体の政治献金への制約は憲法上許されると述べているのである。つまり、大判決は企業団体献金の禁止に反対する論拠とはならない。政治腐敗の深刻さ次第では企業団体の政治献金を完全に禁止する可能性があることも否定していない。したがって、企業団体献金が政治腐敗を招くかどうか、どの程度深刻な腐敗をもたらしているのかが議論の焦点である。
2. 企業団体献金と政治腐敗
(1)企業団体献金の目的と効果
政治腐敗(corruption)の典型はわいろである。政治献金が特定の政治家の特定の職務と結びついたなら、収賄罪となり、刑事責任を免れない。わいろになる危険性があるから、企業団体献金は利益の対価とみなされないよう注意深く提供される。政治資金規正法が政治家本人に対する政治献金を禁止しているのも、政治の廉直さというより、政治家を守るという視点に立つものといえる。
しかし、政治家個人に対する企業団体の政治献金を禁止しても、政党本部や支部への政治献金が認められている以上、この規制はあまり意味がない。政治献金そのものを禁止しない限り迂回献金はいくらでも可能である。巨額の献金をもらった以上、出資者の意向をまったく無視するような政策はとれない。実際、政治献金が多い業界ほど政策減税の恩恵を受けているとの報道もある(2021年04月22日 東京新聞 朝刊)。2023年度に自民党の政治資金団体「国民政治協会」への2023年分の企業・団体献金は24億円に上っているという(日本経済新聞デジタル版2024年11月30日https://www.nikkei.com/article/DGKKZO85134430Z21C24A1M11300/)。
(2)企業団体と政治活動の自由
大法廷判決は、会社にも市民と同じ政治的自由があるという。一方で、政治腐敗を招く手立ては国会の判断に委ねている。つまり、政治腐敗を招き、民主主義の歪曲させないためにはどのような制度を作るべきかは国会に突きつけられた課題である。その結果、企業団体献金が大幅に制限されることも大法廷判決は否定していない。
ただ、たとえ企業団体献金を禁止しても、政党機関誌への広告掲載やパーティー開催によって、いくらでも抜け道は作り出すことができる。これはイタチごっこでもあり、モグラ叩きにも似ている。企業団体献金の禁止を論じるなら、政治にいくら金がかかるのかを明らかにして、金がかからない政治はどうすれば実現できるかを議論すべきなのではないか。また較差のある選挙制度の改正や政策決定プロセスの透明化を合わせて議論する必要がある。
ちょうど1年前のこのコラムで、政治献金の問題は広い視点から議論する必要があると述べた(Chuo Online「政治献金と民主主義一つの視点」https://yab.yomiuri.co.jp/adv/chuo/research/20231221.php)。国会での議論を見ていると、議論があまりに対症療法的で、場当たり的であるように思えてならない。共同通信の世論調査によると、企業団体献金廃止に賛成の意見は67.3%に上るという(11月17日17時8分配信)。憲法上、国会議員は全国民の代表(41条)であり、国民からの信託に基づいて行動している以上(前文)、政治の廉直さは政治家や政党自らが説明する責務を負っている。そのためには、一度大法廷判決が何を書き、何を書いていないのかを確かめるところから出発した方がよい。
参考文献
古賀潤一郎『政治献金-実態と論理-』(岩波新書・2004年)
上脇博之『検証 政治とカネ』(岩波新書・2024年)
拙稿
「会社の言論」法学新報127巻11号77頁・2021年)
「政治資金規制と司法審査」比較法雑誌49巻1号1頁・2015年)
『近代憲法における団体と個人』(不磨書房・2004年)
橋本 基弘(はしもと もとひろ)/中央大学副学長、法学部教授
専門分野 公法学徳島県出身。1959年生まれ。1982年中央大学法学部法律学科卒業。
1989年同大学院法学研究科公法専攻博士後期課程単位取得。博士(法学)。
高知県立高知女子大学(現高知県立大学)助教授・教授を経て2004年4月より中央大学法学部教授。
2009年11月 中央大学法学部長に就任(2013年10月まで)
2009年11月 学校法人中央大学理事に就任(2013年10月まで)
2014年11月 中央大学副学長に就任(2017年11月まで)
2017年11月 学校法人中央大学常任理事に就任(2020年6月まで)
2021年5月 中央大学副学長(現在に至る)現在の研究・活動分野は、憲法における個人と団体の位置付け、現代社会と情報の自由、条例制定権をめぐる諸問題など。
主な著作に、『近代憲法における団体と個人』(不磨書房・信山社)、『プチゼミ憲法1(人権)』(法学書院)、『よくわかる地方自治法』(共著、ミネルヴァ書房)、『憲法の基礎』(北樹出版)、『国家公務員法の解説』(共著、一橋出版)、『表現の自由 理論と解釈』(中央大学出版部)、『日本国憲法を学ぶ第3版』(中央経済社)などがある。