科学技術と社会をつなぐ
~URAの役割~
三田 香織(みた かおり)/中央大学研究支援本部URA
専門分野 政治学、比較政治学、科学技術・イノベーション政策
<特集「科学技術と社会の関係について」に寄せて>
科学技術の発展は人と社会に変化をもたらす。例えば、歴史的にみると第一次産業革命(工業化)は技術の発展により従来人間が手で行っていた作業を効率化させたが、それと同時に時間というコンセプトや個々の価値観や行動を変容させ、それは当然ながら社会状況、経済活動など、多岐にわたり変化をもたらした。農作をしていた頃は太陽とともに目覚め、作業は季節や天候により左右され、収入も不確かなものであった生活様式は、時計が示す時間通りに起きて工場という決まった場所へ行き、決まった時間分の労働をして定期的な収入を得るという生活様式に移行していった。
現在では、AI、IoT、ビッグデータ利活用、最先端技術の発展により、私たちの日常の利便性はさらに向上した。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、「科学技術に関する国民意識調査」調査を2014年から始めて、毎年継続的に行っている。科学技術の受容については回答者のデモグラフィ属性や技術そのもの、そして科学技術政策に関する意識によって異なるということが明らかになっているものの、2019年8月の調査によると今後の科学技術発展への期待においては、自然災害から私たちを守る分野、AI(人工知能)、エネルギー開発や貯蔵、生命・医療分野などが全ての年代において高いことがうかがえた。
その一方、これまで想定していなかった新たな倫理的・法的・社会課題(Ethical, Legal, Social Implications)が私たちに投げかけられている。同上NISTEPの調査によると、科学技術の発展に伴う不安については、サイバーテロなどのIT犯罪、地球環境問題、原子力発電の安全性、遺伝子操作などによる倫理的な問題などが全ての年代において上位に入る結果となっている[1]。例えば、医学における人間の遺伝子情報の研究における倫理の問題、AI実装が引き起こすかもしれない問題に対する責任の所在、自動運転車の製造物責任、行動追跡アプリや個人情報の問題、個人情報におけるアカウンタビリティ、顔認証技術などのデータを使ったマーケティング、私たちの身近なところではネットでの購買行動や視聴履歴、ロケーション機能での行動記録、SNSなど、科学技術が発展するとともにその安全性と信頼性、そして私たち人間との関係性についてなどが問われるようになった。この問いを掘り下げることは同時に、そもそも私たち人間とは?という根本的な問いとも向き合うことである。
<責任ある研究と技術開発>
第5期科学技術基本計画(2016年~2020年度)において、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会課題の解決を両立させる、人間中心の社会」[2]というSociety 5.0[3]が提唱されている。1995年に施行された科学技術基本法の改正が2020年6月に可決・成立し、特に「人文科学のみに係る科学技術」と「イノベーションの創出」の追加については、「Society 5.0の実現と将来像との連動」を目指す第6期科学技術・イノベーション基本計画設定検討の中でも重要な位置づけを示す。
Society 5.0の実現と将来像の連動」において、人間中心という原則を守りながら科学技術を社会実装するには、科学技術に連動して絶えず変化を遂げる人間と、人間の集合体である社会における価値観や規範の変化を考察し、社会的課題の割り出しや、課題そのものの設定を得意とする人文学・社会科学の知見が不可欠であると言える。また、科学技術が私たち人間中心原則から離れて独り歩きの発展をしないよう、研究開発段階から社会実装にあたり学術界、産業界、行政、社会一般など様々なステークホルダーが参画することで安全性、受容性、持続性を担保することが重要である。こういった動きは欧州では責任ある研究・イノベーション(Responsible Research and Innovation)として、政策的課題の一環として2014年から取り組まれている[4]。そうすることで、その社会的意義を示すソーシャルインパクトがより大きく深いものとなることが可能となる。
責任ある研究・イノベーションの創出、そしてその先にある科学技術の社会実装においては、分野を横断しアカデミア以外のステークホルダーも含む超学際的研究(Transdisciplinary Research)が主流となってきている。そういった新しいチーム型研究は、研究者のみならず様々な人材がかかわり実現しており、その中でも研究に必要な資金獲得支援や企画立案、プロジェクトマネジメントなどの役割を果たすリサーチ・アドミニストレーター(University Research Administrator、以下URA)は、日本では大学等などの研究機関で働く研究マネジメント人材のことを指す。
<科学技術と社会をつなぐリサーチ・アドミニストレーター>
リサーチ・アドミニストレーター制度は科学技術関係人材の育成・確保という目的で、平成23年度の文科省の科学技術・学術政策局「リサーチ・アドミニストレーター(URA)を育成・確保するシステムの整備」という事業のもとに始まった[5]。もっとも、その制度が始まる以前にもURA的な研究支援職はすでに存在していたが、金沢大学の調査によると、現在ではおよそ1,400名のURAが大学等の研究機関で活動をしている。近年では「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」のなかで、博士人材の多様なキャリアパスの一つとしても検討されており、様々なステークホルダーの参画からなる超学際的研究チームへの研究企画・運営やプロジェクトマネジメントを担う、専門性とマネジメント力と兼ね備えた人材としての期待が大きい[6]。
また、URAの役割は、研究機関における研究環境の充実、研究活動の活性化、研究戦略の立案・作成、産業界との連携強化、組織的機能の強化まで様々なものがあげられる[7]。その位置づけも、外部資金獲得のための研究支援と推進、産官学連携、研究戦略や戦略的経営にまでかかるものなど、組織により異なる。また、バックグラウンドも博士号を取得し専門領域を持つ人材から、競争的資金にかかるプレアワードやポストアワードを中心とした研究マネジメント全般を専門とした人材など幅広い。研究機関での研究職や教員職を経て企業も経験した者、資金配分機関やシンクタンクに在籍した経験がある者、国際機関に在籍していた者、広報専門企業からURAへ転職した者など、まさに多種多様な背景を持った人材がいる。
<おわりに>
科学技術と社会の関係については、これまで全く検討されたことがないわけではなく、新しい科学技術が社会実装されたり、それにより人への影響が出た時などに、どちらかというとその技術を開発した研究者への問いとして対話が行われてきた[8]。それが今では、科学技術が私たちの日常へ入り込み距離が近くなり、研究者のみではなく社会の様々なステークホルダーが参画して研究・イノベーション創出にに取り組むうえで、科学技術と社会の対話の重要性がより増している。そのなかで、リサーチ・アドミニストレーターは通常直接的に研究者と研究をおこなうことはないが、その研究をよく理解し産業界につなげたり、その研究成果を社会一般にも広めたり、または研究者と地域や行政との連携をはかったり、組織での研究環境向上や戦略的経営の機能を果たしたりと、その多様な人材から科学技術と社会を結ぶコミュニケーターとしての役割を担うことが期待されている。
[1] 2020年8月 文部科学省 科学技術・学術政策研究所
「科学技術に関する国民意識調査―新技術の社会受容性―」調査資料-296
[2] 第5期科学技術基本計画
https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/5honbun.pdf
[3] 内閣府 Society 5.0
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/
[4] 責任ある研究とイノベーションのホライゾン2020での実施について
https://ec.europa.eu/programmes/horizon2020/en/h2020-section/responsible-research-innovation
[5] 文部科学省 科学技術・学術政策局「リサーチ・アドミニストレーター(URA)を育成・確保するシステムの整備」
https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/20200702-mxt_sinkou01-000008373_11.pdf
https://www.mext.go.jp/a_menu/jinzai/ura/
[6] 内閣府 研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ
https://www8.cao.go.jp/cstp/package/wakate/index.html
[7] 令和2年3月 金沢大学「リサーチ・アドミニストレーターに係る質保証制度の構築に向けた調査研究」成果報告書
https://www.mext.go.jp/content/20200430-mxt_sanchi01-000005991_1.pdf
[8] 2019年11月 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター
「科学技術イノベーション政策における社会との関係深化に向けて 我が国におけるELSI/RRIの構築と定着」
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2019/RR/CRDS-FY2019-RR-04.pdf
三田 香織(みた かおり)/中央大学研究支援本部URA
専門分野 政治学、比較政治学、科学技術・イノベーション政策神奈川県出身。
政策研究大学院大学 科学技術・イノベーションプログラム博士課程在籍。
カリフォルニア州立大学ノースリッジ校 政治学修士課程修了。
2007-2013 カリフォルニア州立大学勤務。
2013-2018 在米クウェート領事館文化部政府奨学金プログラムアドバイザー/アシスタントディレクター。
2018年より現職。