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研究

飯村 周平

飯村 周平 【略歴

わたしの大学院生活:現在・過去・未来

飯村 周平/中央大学大学院文学研究科・日本学術振興会特別研究員DC1
専門分野 発達心理学

 長かった学生生活も残りあと数か月。わたしはいま、中央大学大学院の博士後期課程3年生。つい最近、博士学位請求論文を提出した。来年の3月には博士号(心理学)を取得する見込みだ。わたしの大学院生活を紹介することを通じて、いまを生きる大学院生のリアルな姿の一端を伝えたい。

「院生のわたし」と研究者キャリア

 わたしは、いままさに研究者としてのスタートラインに立とうとしている。とはいえ、もともとわたしは研究者になろうとは思っていなかった。保健体育の教員になろうと地方から上京してきたのである。振り返ると、わたしが研究者を志望するに至った分岐点が3つあった。

 一つ目の分岐点。学部から修士課程にわたって、大学近隣の中学校で教育支援を行った経験。大学で学んだ理論通りに生徒が成長していく姿に、学問の面白さを感じた。同時に、必ずしも理論通りにはならないことも知り、それもまたわたしの学問への関心を高めさせた。

 二つ目の分岐点。研究の面白さを教えてくれる先生や先輩がいたこと。学部時代の比較的早い段階で、「問いを立て、データを集めて分析し、結果をまとめ、発表し議論する」という学問の基本を知った。その面白さにハマり、学部2年生の時に志願して学会発表デビューをした。

 三つ目の分岐点。経済的な支援が得られたこと。隠すことではないので書くが、わたしの家庭は母子家庭の三人兄弟で、それなりの貧乏だった。学費の支払いは、ほぼ全てが貸与の奨学金。返還額は高級車一台分。博士課程に進学したかったが、相当悩んだ。最終的に決断したのは、日本学術振興会特別研究員に採用されなければ、研究を諦めること。狭き門だが、採用されれば、月20万円の生活費と年間数十万円の研究費がもらえる。幸いにも採用され、研究を続けることができた。

 こうした分岐点によって、わたしは研究者になるキャリアを歩むことになった。

「わたしの経験」と研究テーマ選び

 子どもの成長は見ていて面白い。とくに思春期・青年期の発達は個人差が大きくて面白い。たった1年間同じ生徒にかかわるだけでも、驚くほどの変化がみられる。1年間で制服のサイズが合わなくなるほど身長が伸びる生徒もいれば、同じ年齢でもそうではない生徒もいる。男女差も大きく、第二次性徴の開始は、平均的に女子の方が2年ほど早い(Berenbaum, Beltz, & Corley, 2015)。この時期は女子の方が大人びてみえる。

 発達のタイミング、スピード、方向性は、生徒によって大きく異なる。このことを、学部から修士課程で子どもたちとかかわる経験の中で学んだ。結果として、その経験が大学院での研究テーマ選びにつながった。

 心理学において、研究テーマ選びは、その人の経験や関心にもとづいて決定されることが多いように思う。わたしもその一人だ。「自分自身に足りないもの」や「自分の抱えている問題」を研究テーマに選ぶ人もいる。もちろん、研究室から与えられたテーマで研究する人もいる。

「わたしの研究」と中央大学のOB・OG

 子ども一人ひとりの発達が多様であること。それはとくに、学校環境が変わるときに顕著にみられる。ここでの学校環境の変化とは、慣れ親しんだ中学校を卒業して、高校という新たな環境に移行することを指している。高校移行と呼ばれる。新しい学校環境では、生徒はさまざまな適応上の課題に直面することになる。

 新しい学校環境に応じて、子どもたちの間には、発達の仕方に個人差(多様性)がみられるようになる。このような発達の多様性が生じるのはなぜか?それを心理学的に明らかにするのが、わたしの博士課程での研究だ。この研究のために、総勢3,700名の中学生と高校生に対して複数回の追跡調査を行った。

 この調査が予想以上に大変だった。東京都内の137校の高校にハガキで調査依頼をした。協力が得られたのは5校(調査参加率4%)。49校からは協力不可の返信。83校からは返信が得られなかった。多忙な学校現場で調査を実施することの難しさを突き付けられた。

 そのなかで助けてくれたのは、中央大学にゆかりのある高校の先生たちであった。調査に協力してくれる高校に挨拶へ訪れると驚いた。なんと中央大学を卒業したOB・OGの先生方が調査協力を後押ししてくれていたのだ。校長先生のご子息が中央大学に在学しているという理由で協力してくれた学校もあった。

 中央大学の院生だったから博士論文が書けたといっても過言ではない。わたしは最終的に、3年間で博士論文を提出することができた。その成果を一枚の図で表すと以下のようになる。要約すれば、「子どもの発達をよりよく理解するには、高校移行を発達のリスクと考える従来の発達観から脱却しよう。高校移行を多様な発達が生じる機会として考えよう」ということである。

さいごに:大学院生としてのわたしの願い

 大学院生たちの間でよくある会話は、「博士号をとっても就職先がない」という話題だ。多くの大学院生たちは、未来が見えないなか、不安と戦い、必死に研究を続けている。まるで細いロープの上で綱渡りをしているような気持ちである。それゆえに、ある論文によれば、大学院生の精神疾患率は高い(Levecque, Anseel, De Beuckelaer, Van der Heyden, & Gisle, 2017)。これは決して他人事ではなく、わたしもこれまで心療内科にはだいぶお世話なった。

 わたしは、幸いにも、来年度の日本学術振興会特別研究員PDの採用が内定している。来年度には、東京大学という新たな環境で研究活動を継続しているだろう。任期は3年間である。進路や生活が保障されていることは、何よりの精神安定剤だ。

 大学院生活の最後に、わたしは当事者として願う。大学院生が心から安心して研究活動を続けられることを。

引用文献
  • Berenbaum, S. A., Beltz, A. M., & Corley, R. (2015). The importance of puberty for adolescent development: Conceptualization and measurement. In Advances in Child Development and Behavior, 48, 53-92.
  • Levecque, K., Anseel, F., De Beuckelaer, A., Van der Heyden, J., & Gisle, L. (2017). Work organization and mental health problems in PhD students. Research Policy, 46(4), 868-879.
飯村 周平(いいむら・しゅうへい)/中央大学大学院文学研究科・日本学術振興会特別研究員DC1
専門分野 発達心理学
茨城県出身。1991年生まれ。2014年桜美林大学健康福祉学群卒業。
2016年中央大学大学院文学研究科修士課程修了。修士(心理学)。
立教池袋中学・高等学校兼任講師を経て、2016年より中央大学大学院文学研究科博士後期課程在籍、日本学術振興会特別研究員DC1。
現在の研究課題は、中学校から高校への学校移行によって生じる発達多様性の測定とメカニズムの検討。
関連業績として、“Iimura, S. & Taku, K. (2018). Positive Developmental Changes after Transition to High School: Is Retrospective Growth Correlated with Measured Changes in Current Status of Personal Growth? Journal of Youth and Adolescence, 47(6), 1192-1207.”(https://link.springer.com/article/10.1007/s10964-018-0816-7)などがある。
個人HP:https://sites.google.com/view/iimurashuhei/top

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