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研究

吉見 太洋

吉見 太洋 【略歴

決済通貨と為替パススルーの研究

吉見 太洋/中央大学経済学部准教授
専門分野 国際金融論

決済通貨とは何か?

 異なる国の企業が輸出や輸入といった貿易取引を行う際には、様々な契約事項が存在します。何を(取引製品)、どれだけ(取引量)、いくらで(取引額)、などがすぐに思い浮かぶかと思いますが、これらに加えて、何の通貨で支払いを行うか(決済するか)というのも重要な契約事項の一つになっています。この「決済を行う契約通貨」のことを、一般に決済通貨と呼びます。文献やデータベースによっては建値通貨や取引通貨と呼ばれることもありますが、基本的には同じものを指しています。表は、財務省関税局・税関が公表するデータに基づき、2017年上半期の日本から外国への輸出における決済通貨比率をまとめたものです。ここから、日本からの輸出であるにも関わらず、米ドルを中心とした様々な外国通貨が使われていることが分かります。

 なぜ決済通貨が重要な契約事項なのでしょう?例として、米国に輸出を行う日本企業を考えます。仮に1万ドルのドル建て決済契約が結ばれ、契約時の為替相場を1ドル=110円とします。日本企業が為替相場を安定的と予想すれば、契約時に当該企業が予想する円建て受け取り金額は、110万円です。ここで、契約時から決済時にかけて1ドル=100円まで円高が進んだとします。この場合、日本企業の円建て受け取り額は100万円に目減りしますが、米国の輸入企業はあくまで契約通り1万ドルを支払います。この例で為替リスクを負担したのは、日本企業と言えます。当然、逆に円安が進んだ場合は日本企業の受け取り額が増大することになりますが、契約時に決済時の為替相場が分からないことを踏まえれば、日本企業が為替リスクを引き受けていると言えます。ここから、決済通貨は為替リスクを誰が負担するかに直結する、重要な契約事項であることが分かります。

為替パススルーとは何か?

 為替パススルーとは、為替変動が貿易価格に与える影響を指します。上記の例からも分かる通り、決済通貨が自国通貨以外の通貨である場合、為替変動の多くは自国通貨建て貿易価格に転嫁され、自国企業は短期的には為替リスクの多くを引き受けることになります。「短期的には」と書いたのは、中長期的には為替相場の変動を考慮して、決済通貨建て貿易価格が変更される可能性があるからです。実際にGopinath, Itskhoki and Rigobon (2010)は米国の輸入データを用いて、ドル建て決済が行われている輸入財のドル建て輸入価格に対する為替相場の影響は、一カ月程度の短い期間ではほとんどゼロなのに対して、二年間を通して蓄積された影響を見ると、17%程度まで上昇することを発見しています。この発見は、短期的な為替パススルーはほぼ決済通貨によって決まる(決済通貨建ての貿易価格に対する為替パススルーはほぼゼロになる)のに対し、中長期的には一定程度決済通貨建て価格にも為替相場の変動が転嫁されるということを示しています。

 決済通貨や為替パススルーは、為替相場が企業の国際業務におよぼす影響を決定する重要なファクターです。例えば、『会社四季報』2018年3集・夏号は、日本企業の通期利益が一円の円高によって受ける影響に関する調査結果を発表しています。そこでは、輸出依存度の高い自動車関連については、トヨタ自動車でマイナス400億円、日産自動車でマイナス160億円、石油等の輸入依存度が高い電力関連については、東京電力HDでプラス120億円、東北電力でプラス32億円といった調査結果が示されています。これらの調査結果が示すのは、業種による影響の差はあれ、企業にとって為替変動や変動リスクがもたらす影響は無視できるものではなさそうだということです。したがって、為替リスクの所在を決める決済通貨や、為替変動が価格に転嫁される程度を表す為替パススルーが、政策的にも高い重要性を持つと考えられています。

日本学術振興会科学研究費補助金(科研費)の支援を受けた私の研究

 ここまでに見てきた通り、決済通貨と為替パススルーは企業の国際業務に関わる大変重要な事柄であると言えます。また、為替の変動がどの程度貿易価格に転嫁され、結果として貿易額や貿易量にどの程度の影響を与えるかを知ることは、為替への波及効果を持つ国内のマクロ経済政策運営を考える上でも重要な視点であると言えます。私はこうした問題意識に基づき、決済通貨と為替パススルーがどういった要因で決定するのかを明らかにするため、2015年の4月から、科研費・若手研究(A)の支援を受け、「貿易決済通貨と為替相場パススルーの関係」と題したプロジェクトを開始しました。当該プロジェクトでは、決済通貨と為替パススルーに関連する複数のトピックについて研究を進めてきました。以下ではこのプロジェクトの研究成果の一つであるLaw, Satoh and Yoshimi (2018)の概要を簡単に紹介したいと思います。

 同研究で私たちは、日本とタイにおける中古建機オークションの価格データを利用して、個別製品の為替パススルーを計測しました。具体的には、日本で仕入れが行われ、タイで再販された建機について、仕入れ時と再販時の間の為替変動が再販価格に与えた影響を分析しました。ここでは、タイバーツが円に対して増価した場合にはバーツ建て再販価格が低下した一方、減価した場合には有意な反応がないという、非対称的な為替パススルーを観察しました。バーツ高局面では仮にバーツ建て売上が低くとも、日本円建ての仕入れ価格を賄うことができるので、仲介業者は低いバーツ建て再販価格を受け入れやすいでしょう。また、再販時の買い手にとって価格下落はありがたいことなので、買い手としても受け入れやすいものだったと思われます。反対に価格上昇は買い手に受け入れられにくいものであったために、バーツ安局面でも再販価格の上昇が実現しなかったのかも知れません。

 また、上記の若手研究(A)と同時期に開始したプロジェクトとして、科研費・挑戦的萌芽研究の支援を受けた、「為替レートの変化が特恵税率の利用に与える影響」があります。その研究成果の一つとしてHayakawa, Kim and Yoshimi (2017)が挙げられます。当該研究で私たちは決済通貨が、為替相場と自由貿易協定の特恵関税利用の関係にどのように介在するかという点に着目しました。詳細は割愛しますが、輸入国通貨建て決済が支配的である経済において、輸出国通貨の輸入国通貨に対する予期せぬ減価(増価)が、特恵関税の利用率を上昇(下落)させるという理論的帰結を導きました。また、韓国の対ASEAN諸国輸入データを利用して、韓国・ASEAN自由貿易協定の特恵関税利用率に関して分析を行うと、ASEAN諸国(輸出国)通貨の韓国ウォン(輸入国通貨)に対する予期せぬ減価(増価)が、当該特恵関税利用率を上昇(下落)させる影響を持つという、理論分析と整合的な結果を得ました。

 今後も決済通貨や為替パススルーをはじめとする国際金融論の研究を深め、経済社会の理解と発展に貢献できるように努力していきたいと考えています。

出所:財務省関税局・税関ウェブサイト「貿易取引通貨別比率」より作成。
注:表中の数字は各通貨の比率(%)を表している。

参考文献
  • Gopinath, Gita, Oleg Itskhoki and Roberto Rigobon. 2010. Currency choice and exchange rate pass-through. American Economic Review, Vol.100 (March): 304-336.
    Hayakawa, Kazunobu, Han-Sung Kim and Taiyo Yoshimi. 2017. Exchange rate and utilization of free trade agreements: Focus on rules of origin. Journal of International Money and Finance, Vol.75 (July): 93-108.
    Law, Kai Po Jenny, Eiji Satoh and Taiyo Yoshimi. 2018. Exchange rate pass-through at the individual product level: Implications for financial market integration. North American Journal of Economics and Finance. Manuscript in Press.
吉見 太洋(よしみ・たいよう)/中央大学経済学部准教授
専門分野 国際金融論
中央大学経済学部准教授。研究分野は国際金融論。
東京都出身。1982年生まれ。2005年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。
2007年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。
2010年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。商学博士(一橋大学)
南山大学経済学部専任講師・准教授を経て、2017年より現職。

研究ホームページ http://tyoshimi.net/

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