トップ>研究>GENOAとエコビレッジ・デザイン教育(EDE)
緒方 俊雄 【略歴】
緒方 俊雄/中央大学経済学部教授
専門分野 マクロ経済学・生態経済学
「国連人間環境会議」が1972年にストックホルムで開催され、「成長の限界」が指摘され始めた。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書では、高度な経済活動や新しいライフスタイル等の人為的な活動が地球温暖化を進行させ、それにより深刻な災害が生じる危険性が指摘されている。1983年の「環境と開発に関する世界委員会」では、「開発か環境か」という二律背反ではなく「持続可能な開発(Sustainable Development)」という地球環境を保全する世界共通の土俵が形成された。2010年に名古屋で開催された生物多様性会議(COP16)で「里山イニシアチブ」が採択され、「里山」という日本語が世界の注目を浴びている。しかし1997年に京都で開催された地球温暖化防止会議(COP3)では「京都議定書」が採択されたが、2012年がその約束期間の最終年であるにもかかわらず、政治の世界ではいまだに「ポスト京都」の行方が不透明のままである。
「持続可能な開発」を推進するには、多くの国・地域において政府、財界、教育機関が協力して取り組み、環境教育などの人材教育を充実させ、市民の啓発活動を展開させる必要があると言われている。そのために、国連は2005年から2014年までを「国連持続可能な開発のための教育の10年」と設定し、各国政府、国際機関、企業、教育機関、NGOなどのあらゆる組織が連携を図りながら、教育活動を推進するとしている。
一方、フィンドホーン財団(Findhorn Foundation)は、1995年に「エコビレッジと持続可能な共同体:21世紀の生活モデル」と題した会議を開催し、それが契機となって1996年の国連ハビタット会議においてグローバル・エコビレッジ・ネットワーク(Global Ecovillage Network, GEN)が設立された。その後、GENから発展したガイア教育(Gaia Education)は、世界からエコビレッジの暮らしの実践を伴う研究教育者を集め、生態学、経済学、精神性、持続可能性の社会的側面の各領域における国際的な事例を参考に、エコビレッジでの標準的なカリキュラムを作成した。これは、「エコビレッジ・デザイン・エデュケーション(EDE)」と呼ばれ、2005年10月にユネスコ(UNESCO)により「国連持続可能な開発のための教育の10年」の重要な構成要素として承認され、欧米の大学教育機関にも導入されている。
世界のエコビレッジ運動、およびGENのネットワーク化は地球規模で広がっている。米国ではENA (Ecovillage Network of the Americas),欧州ではGEN-Europe、そしてアジア地域ではGENOA (GEN Oceania & Asia)が組織され、各地でエコビレッジ設立のための情報共有が行われている他、その多くがエコビレッジ・デザイン教育(EDE)を実施している。これまで、緒方研究室は、海外フィールド調査を通じてアジアの「エコビレッジ(生態村)」を視察してきた。ここでいう「エコビレッジ」とは、行政単位の「村」を指すのではなく、「人間の活動が自然界と共生しているヒューマンスケールのコミュニティ」、つまり、日本の伝統的な「里山」である。
写真1 日本のエコビレッジ「木の花ファミリー」
日本では、富士山麓の静岡県富士宮市で農事組合法人を運営している「木の花ファミリー」(写真1)と呼ばれるコミュニティがある。そこは血縁を超えた家族約80名が共同生活を営み、有機農法の安全な野菜栽培、水田、養鶏等の農業活動を行っている。GENOA総会で、今年からこの地がGENOA本部に選ばれ、アジア各地と連携を組むことになっている。
中国の「生態村」は、2009年の現地調査の際には、政府が全国24カ所を認定していたが、2011年には107カ所に増加して、地域毎にその政策的特徴があった。山東省(艾花村)では、農家が村の目標に「浄化」、「緑化」、「近代化」を掲げ、屋根に太陽光温水器を設置し、毎日の農作業後の温水シャワーとして使用している。地下には家畜の糞尿を貯蔵してバイオガスを発生させ、家庭の暖房や調理用の燃料にしている。湖南省(双峰村)では、森林を再生させる「退耕還林」政策によって傾斜農地から追い出された農民が、政府に新たに許可された地域に、環境に配慮した家屋と農地を生態的にバランスよく配置し、近所の張家界(世界遺産)への旅行客を受け入れようとしていた。
写真2 ベトナム・ナムディン省のエコビレッジ
ベトナムでは、生態経済研究所が中心になって、山岳地域、デルタ地域、沿岸砂地において、それぞれの生態的特徴を生かしながら貧困対策と環境保全を図る混合農業(VACモデル)を指導し、現在では19カ所が「生態村(Lang Sinh Thai)」に認定されている。ベトナム語のイニシャルのVは果樹園、Aは養殖池、Cは畜産を意味し、家族総出で各生物資源や廃棄物を循環的に活用する有機農業で幸福社会をめざしていた。(写真2)
緒方研究室は、毎年、海外フィールド調査と夏季研修として「アジア・インターンシップ(海外研修)」を実施している。中央大学と国際交流協定を締結している、タイ、ベトナム、ラオスなどの大学で合同ゼミ、地域農村での社会調査、植林活動等を内容とする実践プログラムである。合同ゼミでは、事前に学生が日本の事例について英文論文を準備し、夏季休暇に現地の大学生や環境省研究所の若手研究員に対して政策提言のプレゼンを行う。さらに地域農村や生態村を訪問し、現地大学生と中大生がペアを組んで農民や住民にアンケート調査を実施する。また「日越友好の森」植林活動を行い、森林生育に伴う二酸化炭素吸収(地球温暖化抑制)と植林後5年を経過した樹木を伐採し販売することによる「エコビレッジ基金」の確保を通じて、生態村の混合農業や貧困な地域教育のための施設整備を支援することにしている。
また中央大学経済研究所では、2011年の初夏に「エコビレッジ・デザイン・エデュケーション(EDE)」を試行的に実施してみた。教室において、ガイア教育のEDEテキストに、学生は、価値観、社会、経済、環境(生態)、ホーリズムの考え方などの5回の講義(写真3)を受講し、静岡県富士宮市の「木の花ファミリー」に宿泊して、エコビレッジ体験学習を受けた。環境問題の解決のためには、たんに知識の詰め込みでなく、環境に優しいライフスタイルを実際に体験することが重要である。つまり、「エコビレッジ」あるいは「里山」から学ぶことは、1人では解決できない問題に対して、コミュニティ(共生社会)を組織し、「絆の力」でスクラムを組んで解決するというものである。こうしたエコビレッジ・デザイン教育(EDE)は、国際的にも大きな教育効果をあげているという報告もある。緒方研究室の実践活動は、緒方・松谷編著『幸福な共生社会をめざして:エコビレッジ・デザイン・エデュケーションの実践』(ヒルトップ出版)として公表している。(写真4)
写真3 中央大学でのEDE
写真4 『幸福な共生社会をめざして』(ヒルトップ出版)
写真5 GENOA総会での各国の意見交換
2011年11月13日~16日にタイのバンコクにおいてGENOA総会が開催され、私はオブザーバーとして初めて参加許可を得た。参加国は、タイ、フィリピン、インド、ネパール、バングラデシュ、カンボジア、ベトナム、そして日本の8カ国で、参加人数は合計14名あった。(写真5)
総会の最初は、2011年のアジア各国のエコビレッジ活動報告が行われた。特にフィリピン、インド、ネパール、バングラデシュ、カンボジアからは、美しい自然景観と伝統文化の写真を使った報告があり、エコツーリズムやエコビレッジ・デザイン教育(EDE)の実施活動が報告された。この報告を通じてアジアのエコビレッジ運動の動向を展望することがでるとともに、情報と人的ネットワークを広げることもできた。
今年からGENOA総会に参加が認められたベトナムの代表は、エコビレッジ推進機関の生態経済研究所の設立の経緯とベトナムのエコビレッジ(生態村)の特徴や支援の方法を説明してくれた。私も、中大のベトナムでの「アジア・インターンシップ」活動や「日越友好の森」植林活動、ハノイ国際シンポジウム『生態的地域主義とエコビレッジ:緑の経済回廊と目的共同体(Ogata, T. ed., Bioregionalism and Ecovillages: Green Economic Corridor and Intentional Community, Hilltop Press,2011)』のコンテンツを報告した。
21世紀は「アジアの時代」と言われながらも、グローバリゼーションの波にもまれ、先進国と途上国の格差、途上国内でも都市と地方の格差が膨らみ、経済的弱者や環境破壊の進行が止まらない。そうした環境の中で、簡素なライフスタイルを保持しながら、豊かな人間関係と強い「絆の力」のもとで、幸福な共生社会を形成しているエコビレッジや、それを推進・指導し運営しているGENOAの人々との交流に21世紀の明るい展望を見ることができた。