私は、入国審査官という職を志し、2011年10月に法務省東京入国管理局に入局しました。
出入国管理行政を所掌する組織として法務省の内部部局である入国管理局が設置されており、その地方支分部局として全国8つの地域ブロックごとに地方入国管理局(その下の支局及び出張所も含みます)が設置されていますが、私が採用された東京入国管理局については、そのうちの関東甲信越地域を管轄しています。
私が最初に配属されたのは東京入国管理局本局にある永住審査部門という部署であり、そこでは主に「日本人の配偶者等」の在留資格の更新の審査を担当しました。入国審査官と聞くと、空港の審査ブースでパスポートを手に取り出入国審査をしている職員の姿を思い浮かべる人が多いと思いますが、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」といいます。)上、入国審査官の仕事は、大別して、①空港や港での出入国審査、②日本に滞在する外国人の在留資格審査、③入管法違反者の違反審査、④難民認定に係る調査の4つがあり、私の最初の業務は②に当たるものでした。
外国人が日本に入国・在留しようとする場合には、原則として入国前に海外にある日本の大使館又は領事館に行き、日本で行う活動の内容に応じてビザ(査証)を取得して旅券等に貼付してもらい、日本に来て、空港にいる入国審査官から在留資格及び在留期間を付与してもらわなければならず、さらにそこで付与された期間を超えて在留を継続したい場合には、地方入国管理官署で在留期間更新の審査を受けることになります。
一例として、日本人配偶者の在留期間更新の審査では、提出された資料・書類に基づいて立証される様々な事実関係から、外国人が日本人の配偶者としての活動を行っているか、あるいはこれから行っていくかを見極めなければなりませんでした。日本人の配偶者としての活動とは、簡単に言えば、民法752条に基づく同居・協力・扶助義務の履行のことですが、第三者が配偶者としての活動を行うかを客観的資料に基づいて判断するというのは、容易ではありませんでした。
行政の統一的な法解釈や運用を図るために行政規則や審査要領などがあり、審査に際して依拠すべきものが全くないわけではありません。しかし、それら行政規則や審査要領においても、起こりうる全事象について網羅的に規定されているわけではなく、時には個別の事実関係について個別の判断が要求されることもあります。
婚姻形態の多様化や国際化にともなって、従来とは異なったいわゆる現代的な夫婦関係も発生してきていることから、結婚や配偶者たる活動については今後も変容し続ける分野であるといえますし、必ずしもこれまでの日本社会における社会通念が通用しないという場面も生じ得ます。そのような社会変化にも柔軟に対応できる臨機応変さは行政全体においても、また行政官個々人においても常に持ち続けることが重要なことだと感じました。
その後、私は2014年4月に成田空港支局へ異動となり、出入国審査の担当となりました。
入国審査では、不法滞在・偽装滞在をする可能性がある者を見抜き、またテロリスト等の入国を阻止するため、日本への入国を希望する外国人と対面でブース審査を行い、旅券・査証の真偽と当該外国人の入国目的が虚偽でないかを見極めなければなりません。ブース審査の結果、さらに詳しく話を聞く必要があると判断される場合には、特別審理官と言われる上級の入国審査官に引き渡されて別室で口頭審理という手続がなされ、そこで入国の可否が判断されることになります。
在留審査においては提出された資料・書類を基に審査するのに対して、入国審査では旅券の手触り、外国人の挙動や身なり等の様子、こちらの質問に対する返答及びその内容等の今まさに目の前に存在する全ての事実をもとに審査することになります。様々な事実から審査をするとはいえやはりある程度の語学力は必要となるため、当初は英語に苦手意識すら抱いていた私も英会話や中国語会話の修得に励み、多少のやりとりができるまでになりました。
厳格な入国審査が求められる一方で、2016年3月に「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」において、2020年までに4,000万人、2030年までに6、000万人の訪日外国人旅行者数の達成を目指すという政府目標が掲げられたことから、迅速・円滑な入国審査も求められており、近年では、①顔認証ゲートの導入、②自動化ゲート利用対象者の拡大、③バイオカートの導入など様々な施策が講じられています。
2020年には東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催されるということもあり、テロの未然防止を含む厳格な入国審査と、観光立国推進に向けた円滑な入国審査という一見相反する目標を高度な次元で両立させることが、出入国管理行政の抱える一つの課題であると言えます。
私は、2017年7月から外国人技能実習機構へ出向することとなりました。
外国人技能実習制度とは、日本が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、「人づくり」に協力することを目的とする制度です。具体的には、開発途上国等の経済や産業の発展を担う人材に対して「技能実習」の在留資格を付与し、日本国内でのOJTを通じて技能、技術又は知識を学んでもらい、帰国後にこれらを活かして活躍してもらうというものです。
同制度はこれまで入管法とその省令を根拠法令として実施されてきましたが、その制度趣旨に反して、日本国内における人手不足を補う安価な労働力の確保策として同制度が悪用され、その結果、技能実習生が低賃金で酷使されるなど、入管法令や労働関係法令に違反する不適正な事例の発生や人権侵害を生じるケースが横行しました。
そこで、そのような状況を改善して制度の趣旨に沿った運用の確保を図るために、同制度の抜本的な見直しが行われ、これまで入管法令によって在留資格「技能実習」に係る要件等とされていた種々の規定を取りまとめ、同制度の基本法として「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(以下「技能実習法」といいます。)が制定され、2017年11月1日に施行されました。
また、技能実習法に基づいて、認可法人である外国人技能実習機構(以下「機構」といいます。)が設立され、主務大臣である法務大臣と厚生労働大臣から、技能実習計画の認定、監理団体の許可申請の受理、実習実施者に対する指導監督、技能実習生からの申告・相談に応じるなどの新たな制度の運営における中核的な役割が委ねられることとなりました。
機構については、東京に本部事務所が置かれているほか、全国13か所(札幌、仙台、水戸、東京、長野、富山、名古屋、大阪、広島、高松、松山、福岡、熊本)の地方事務所・支所が置かれています。
技能実習法においては、一定の評価基準を満たした優良な実習実施者については、通常よりも多くの技能実習生の受け入れが可能であり(拡大人数枠)、また、基本的に一人の技能実習生の実習期間は3年間であるところ、最長5年間の技能実習まで認められる(技能実習3号)という法制になっています。これは、優良な実習実施者を優遇することで、適正な実習を行わせしめるというインセンティブを与え、技能実習生の保護を図るという考え方に基づくものであり、従来の入管法に基づく技能実習制度にはなかった新しいシステムです。
技能実習法に基づく制度の運用はまだ開始したばかりですが、職人技と言われる日本の技術と国際社会とを直接結びつける制度であり、また、従来の技能実習制度が濫用され労働関係法令の違反や人権侵害が行われていた状況から現代の奴隷制などと厳しい批判を受けたことも顧みて、この制度運用には国際社会における今後の日本の評価がかかっていると言えます。
私は、様々な場所での業務経験を通して、法的知識や法解釈のノウハウを持つことと同程度あるいはそれ以上に、多分野の知識を持っている若しくはすぐさま修得できる柔軟性や応用力を備えていることが非常に肝要なことであると実感しました。
拙い文章ではありますが、今後行政職を志す方々にとって参考になれば幸いです。
2019年冬号
学生記者が、中央大学を学生の切り口で紹介します。
外務省主催「国際問題プレゼンテーション・コンテスト」最優秀の外務大臣賞に 及川奏さん(法学部2年)/赤羽健さん(法学部1年)
Chuo-DNA
本学の歴史・建学の精神が卒業生や学生に受け継がれ、未来の中央大学になる様を映像化
Core Energy
世界に羽ばたく中央大学の「行動する知性」を大宙に散る無数の星の輝きの如く表現
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