浮世絵の三大ジャンルと言えば、役者絵・美人画・風景画。たびたび記念切手にもなっている。私の手元にも、「ふるさと切手 江戸名所と粋の浮世絵 広重・歌麿・写楽の弐」がある。東洲斎写楽画「四代松本幸四郎の山谷の肴屋五郎兵衛」、喜多川歌麿画「高名美人六歌撰 辰巳路考」、歌川広重画「名所江戸百景 亀戸梅屋鋪」他、1シート10枚組の80円切手である(2008年8月1日発行)。
このような記念切手を通して、浮世絵に慣れ親しんだ人も少なくないだろう。私も、そのうちの一人である。そのような私が、いろいろな経緯があって、浮世絵について学び始めて数年経つ。2016年度からは、中央大学教育力向上推進事業「浮世絵展示を活用したアクティブラーニング」の実施責任者として、学生と一緒に、浮世絵展を開催してきた。これまでの展覧会は、役者絵と美人画(2016年度)と風景画(2017年度)だった。3回目となる今年の浮世絵展は、「おもちゃ絵」がテーマである。
「おもちゃ絵」と聞いて、ピンと来る人は、かなりの通である。「おもちゃが浮世絵になるの?」「浮世絵のおもちゃ?」など、頭の中が「?」だらけの人も多いかもしれない。そこで、浮世展の紹介をしつつ、おもちゃ絵の魅力や楽しさについて語ってみたい。
役者絵・美人画・風景画と比較して、今も残っているおもちゃ絵は数が少ない。それは、なぜだろうか。おもちゃ絵とは、子どもが遊んで楽しむ浮世絵である。子ども雑誌の付録のようなものだ。付録とは、切ったり貼ったりして、完成させて遊ぶもの。どんなものが出来上がるか、どんな遊びができるのか。ワクワクした気分になる。付録が欲しくて、雑誌を選んで買ったりすることもある。出来上がったときの高揚感。壊れてしまったときの切なさ。今月号の付録で遊び、来月号の付録を楽しみに待つ。こんなふうにして、付録は消費されていく。おもちゃ絵も、また同じ運命にあった。今も残るおもちゃ絵の数が少ない理由は、こうことなのだ。
おもちゃ絵は、遊ぶための浮世絵、来場者の方々にも、大いに遊び気分に浸ってもらいたい。それには、展覧会を準備する側も、遊び心を大事にしていかなければならない。そんなことを話し合いながら、受講生は、展覧会のポスターやちらし、図録を用意していった。
みんなで決めた展覧会のテーマは、「来て!見て!遊べる!? 浮世絵横丁 ~あなたの知らないおもちゃ絵の世界」である。「横丁」という言葉には、独特の響きがある。大勢の人々が行き交い、店からはさまざまな掛け声が聞こえる。そこには、人々の暮らしが息づいている。懐かしさと賑わいに溢れた「浮世絵横丁」で、おもちゃ絵の世界を楽しんでもらいたい。そういう気持ちを表現したのが、次の3枚のポスターである。図柄は同じだが、色合いが異なっている。横丁の朝、昼、夜という3つの顔を表現したものである。夜の提灯は、ことさら明るく見え、人々の気持ちを横丁へと誘っているようだ。
朝
昼
夜
展覧会の図録も、おもちゃ絵を楽しんでもらえるよう、工夫を凝らしている。遊び心満載のものとなっている。表紙は、子ども雑誌のように、「ワチャワチャ、ガチャガチャ」したものにしたい。そんな思いを表現したものである。題して、「江戸一年生」。表紙のあちこちに並べられている絵柄は、展示した浮世絵の中から取ってきたものばかり。図録をお持ちの方は、どの浮世絵からのものか探すのも、一興かもしれない。
見開き2頁になる目次にも、遊び心をくすぐる仕掛けがある。浮世絵横丁を廻る双六仕立てになっているのだ。「ごあいさつ」から始まり、次は、「おもちゃ絵とは?」という解説。学生が書いた文章を紹介してみたい。
浮世絵と聞くと、敷居が高く、とっつきにくいイメージを持っていませんか?
おもちゃ絵とはその名の通り、江戸時代から明治時代にかけて特に子どもたちに向けて「おもちゃ」として出版された浮世絵です。
芝居のミニチュアや生き物図鑑、着せ替えに双六などなど、高級な絵画ではなく、あくまで「おもちゃ」だから、ほとんどが切ったり貼ったりして遊ばれたため、現存するものは多くありません。
カラフルでポップ、それでいてどこか懐かしい。そんなおもちゃ絵の世界から、私たちの知らない、新しい江戸・明治の生活が見えてくるかもしれません。
目次にあるとおり、展覧会は三部構成になっている。第1章「細工もの」、第2章「ものづくし・絵解き」、第3章「すごろく」。全部で20点の浮世絵を展示している。その中から、組み上げ絵(細工もの)、ものづくし、双六の3点を紹介する。「カラフルでポップ、それでいてどこか懐かしい」おもちゃ絵の世界を味わっていただければと思う。
組み上げ絵とは、ペーパークラフトのようなものである。切り取り線に沿って紙を切り抜き、山折り・谷折りにする。部品を組合せて、糊で貼っていく。浮世絵が摺られている和紙は、触ってみると意外と厚手である。普通のコピー用紙よりも厚みがある。それでも、紙は紙。しっかり組み立てるには、裏打ちしたのかもしれない。完成までには、根気のいる作業が続く。子どもは初め面白がってやるが、そのうちに飽きてくる。大人が手助けをすることもあっただろう。やっているうちに、大人が夢中になったかもしれない。そんな光景が思い浮かんできたりする。
大判の浮世絵は、タテ39㎝×ヨコ26㎝ほどの大きさ。その中に、全てのパーツを入れ込むのは至難の業。さらに、出来上がったときに、立派な天満宮になるというのだから、驚異的だ。果たして、絵師の頭の中は、一体どんなふうになっているのか。不思議でしょうがない。このおもちゃ絵には、「組み立てパズルの箱天神」というキャッチコピーが付けられている。組み上げ完成図と見比べていただきたい。
歌川国長は初代歌川豊国の門人であり、切り抜いて組み合わせや細工をする切組絵を得意とした。この作品はそのうちの一つである。
組み上げると箱型の天満宮が出来上がり、菅原道真と思われる人物の人形も付属している。組み上げ方の説明が各所に書かれており、絵の端には完成のイメージ図、組み上げのヒントとなる箱の絵がある。この少ないヒントで、あなたならどう組み上げる…?
新板箱天神
完成作品
ものづくしとは、図鑑のようなものである。カメラがない時代には、模写や写生が写真の代わりだった。江戸時代、植物や動物を観察し、それを記録する本草学者は、多くの図譜を残している。そうした図譜は精密画で、動植物の生態をリアルに捉えている。図譜が庶民の手には届かない高価な図鑑だったとすれば、ものづくしは庶民の図鑑だったと言えるだろう、
「新板海うをづくし」は、たくさんの魚を描いたものである。「新板」(しんぱん)とは、新しい板で摺ったという意味。浮世絵の版元は、販売戦略の一つとして、新年になると新しいおもちゃ絵を売り出した。そのときに、付けたのが「新板」という言葉である。おもちゃ絵を買う子どもが、お年玉を手にする時期を見計らっていたのだ。
この浮世絵には、「魚魚魚ッ! おさかな大集合!」というキャッチコピーが付いている。たくさんの魚が泳いでいる中、赤い魚は色鮮やかである。明治時代には、赤色を摺るときにアニリンという芳香族化合物を使い始めた。そこで、明治時代の浮世絵は、鮮やかな赤が目立つのである。
このおもちゃ絵を見ながら、子どもは親に尋ねたかもしれない。「このさかなは、何と言うの?」。聞かれた方の親も、見たことがない、食べたことがない魚に、困ったかもしれない。そんな親子の会話が聞こえてくるような気もする。
新板海うをづくし
どこを見ても魚だらけなのがこの絵の特徴。「うをづくし」は数ある魚を一つにまとめたものである。現代の言葉で言い換えれば、昔版魚図鑑とでも言えようか。ところ狭しと描かれた中には、貝やクラゲも登場。一匹一匹鮮やかな着色がされており、見る人を飽きさせないような仕掛けも。
あれ、よく見ると伝説の動物が…⁉何度見ても飽きないこの絵をぜひご堪能あれ!
私たちが知っている双六のルールは、概ねこういうものだ。サイコロを振って、出た目の数だけ前のマスに進む。「休め」のマスや「戻る」のマスもある。スタートから始まって、早くゴールに辿り着いた人の勝ち。それで上がりである。
江戸時代の双六は、これとはちょっと違っている。飛び双六と呼ばれるものだ。出たサイコロの目の数に従って、指定されたマスに飛ぶのである。通常の双六と異なり、上がるのが難しい。浮世絵のキャプションにあるとおり、「辿り着けないマスもある」のだ。上がりたいのに、なかなか上がれない。上がるかと思ったら、また下がる。飛び双六は、まるで人生そのもののようにも思える。
この「踊形容見立寿語六」は、三代目歌川豊国画による芸術性の高い浮世絵である。当代の歌舞伎役者がずらりと並んだ豪華版の双六となっている。子どもというよりは、むしろ大人が夢中になって遊んだのではないだろうか。大人も遊べるおもちゃ絵の代表とも言えるだろう。
踊形容見立寿語六
安政2年頃の歌舞伎役者の当たり役を、絵双六のマスに配した一枚。双六の中でも「飛び双六」と言って、賽の目次第で指定されたマスに飛んでいくというもの。画面にはゲームの流れが視覚化される仕組みができており、上の段に向かうほど「上り」へ繋がる〔準上り〕マス、さらにその〔準上り〕マスに飛べる〔準々上り〕マスへの収束率が高くなる。自分のコマが上段に飛ばされるほど、興奮できる仕様なのだ。 〔 〕内は便宜上の造語。
これまで同様に、2018年度も文学部提供課外プログラム「実践的浮世絵学」を開講して、展覧会の準備に当たってきた。受講生は、学部1年生から大学院修士2年生まで15名。前期は6月から、座学で浮世絵の基礎知識を学んだ。夏休みには、自分の好きな浮世絵展に行って、展覧会の様子を見てきた。それらを踏まえて、後期は、展覧会のための準備作業をおこなってきた。その内容は、分担した浮世絵の考証、展覧会のテーマ決定、浮世絵のキャプション作成、チラシ・ポスター・図録(パンフレット)の制作、展覧会会場の構成プラン作成、学内外への広報、浮世絵の額装など、多岐にわたった。展覧会期間(前後を含む)には、会場設営作業、受付・運営、会場撤収作業などをおこなった。「実践的浮世絵学」は、展覧会を中心にした、それに関連する多種多様な活動への取り組みなのである。これぞ、正真正銘のアクティブラーニングだと言えるだろう。
準備段階の話し合いの中で出たのは、「おもちゃ絵だったら、普通とはちょっと違う展覧会にしたい」という意見だった。額縁に入れて浮世絵を飾るだけでなく、手に取って遊べるようなものにしたい。図録も、少し変わったものにしたい。会場も1つの教室では足りないので、2つの教室にしたい。会場には、横丁らしい飾り付けをしたい。などなど、さまざまなアイディアが出された。浮世絵の展覧会を自分たちで創っていくということは、いろいろ大変なこともあるが、楽しみもある。準備を重ねる中で、そういうことを強く感じた。自分たちが楽しめば、それだけ楽しい展覧会になるはずだ。多くの方に、おもちゃ絵の楽しさを味わっていただきたいと思う。
最後に、三人の方にお礼を申し述べたい。
今回展示した20点の浮世絵は、公益財団法人平木浮世絵財団からお借りしました。展覧会開催に対して、格別のご理解とご協力をいただいた佐藤光信理事長に感謝申し上げます。同財団の森山悦乃主任学芸員ならびに松村真佐子学芸員には、浮世絵展示全般にわたり、懇切丁寧に学生をご指導いただきました。お二人にも、心からお礼申し上げます。
2019年冬号
学生記者が、中央大学を学生の切り口で紹介します。
外務省主催「国際問題プレゼンテーション・コンテスト」最優秀の外務大臣賞に 及川奏さん(法学部2年)/赤羽健さん(法学部1年)
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本学の歴史・建学の精神が卒業生や学生に受け継がれ、未来の中央大学になる様を映像化
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世界に羽ばたく中央大学の「行動する知性」を大宙に散る無数の星の輝きの如く表現
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