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オピニオン

佐々木 信夫 【略歴

これからの日本―廃県置州のススメ

佐々木 信夫/中央大学名誉教授
専門分野 行政学、地方自治論

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明治維新150年に何を学ぶか

 その時代にふさわしい「国のかたち」を設計する、それが政治の役割だ。明治維新から150年、時代は大きく変わった。本格的な人口減少時代を迎えた日本をどうするか、「新たな国づくり」を本格的に議論すべき時期ではないのか。だがこの十数年、政治は景気対策の話ばかりだ。行政改革を含め根本に立ち返って国家の統治構造を見直そうという話は全くない。政治の怠慢である。

 ことしは統一地方選、参院選と続くが、その勝敗のみを意識し与野党ともサービスの大盤振る舞い合戦の様相にある。“サービスは大きく、負担は小さく”、こんな手品師のようなポピュリズム政治が続くと何が生まれるか。国民への重い負担の話ばかりとなる。

 ガバナンス(舵取り)を失った国家に未来はない。当面、消費税値上げは認めるとしても、今の統治機構「国—都道府県—市町村」の3層制とそれに連なる膨大な出先機関等をそのままにする限り、この先、何度増税を繰り返しても1200兆円を超える財政赤字は消えない。

 バブル崩壊後、日本の国地方の歳出合計は160兆円を超える方向にあるが、一方、税収など歳入は100兆円に届かない。こうしたワニの口のように開いたこの差(赤字)を借金(赤字国債地方債)で穴埋めする財政運営が続く。よく中身を診て欲しい。歳出の160兆円が私達への直接サービスに回るならまだしも、歳出の約半分は公債費、人件費、管理費など統治機構を維持するための間接経費に消えている。間接経費が半分を占めるような会社はみな潰れている。

 何度増税しても国民に”豊かさの実感“がないのは、こうした背景による。これを放置したまま、若者に夢を持て!と幾ら叫んでも無理な話。なぜなら、彼ら彼女らの行く先には借金地獄が待っているからだ。これほど無責任な政治はない。歴史上、江戸末期ぐらいしか例がない。明治維新がなぜ起きたか、滅ぶべきして滅んだ徳川幕藩体制に学ぶべき点は多い。

制度疲労、空洞化する都道府県体制

 いまの日本の統治構造は人口増時代に対応したもの。明治維新後日本は、ひたすらヒトは増え、所得は増え、税収は増え、拡大の続く「右肩上がり社会」だった。しかし一転、この先は「右肩下がり社会」へ向かう。坂を下るように減り、年を追う毎に厳しい下り坂となっていく。人口減少時代に合う簡素で効率的な統治機構に衣替えする改革が不可欠だ。特に明治23年創設以来ほとんど無傷できた47都道府県体制は、抜本から見直さなければならない。

 日本列島はこの先、少子化で100万人に達しない県が続出する見通しだ。現在100万人以下は香川、和歌山など9県だが、あと20年もすると奈良、長崎、岩手など10県が加わり19県にもなる。しかも人口が4割も減る県が軒並み増え、政令市の最低要件70万人にも届かない県が続出する。中規模市並みの県が半数近くになる傍ら、100万人規模の政令市が20近くに増える。こうした広域自治体と基礎自治体が逆転する現象の続出は自治制度を根幹から揺るがす。

 入れるものが小さくなっていくのに、入れる器が人口増時代のままというのは誰が見てもおかしい。135年前の馬、船、徒歩の時代につくられた47の府県割は、広域化した現代に合っていない。だが、制度の枠に縛られた現在の都道府県はあたかも47の国のように振舞っている。広域圏に1つで十分な空港が各県横並びで競い合った結果、97にもなった。9割以上が赤字だ。県内に政令市を抱える県庁は、その政令市と張り合い、人口減で需要が大幅に減るにも拘わらず、同じモノ、同じようなサービスを創り続ける。統治のしくみが二重、三重行政のムダを生んでいる。

 国と市町村間で「卸売業」を営んできた都道府県は、2000年の分権改革でその役割を失い、各省の機関委任事務を大量に処理する役割もなくなり空洞化している。その一方、府県業務を移された政令市が20、中核市が60にもなり、地位の逆転現象が起きている。こうした統治構造の矛盾、空洞化を放置したままで何が生まれるか。国民への大増税と行政サービスの劣化だ。

地方分権体制への流れ

図―1 道州制の区割りイメージ

 私達の日常は、経済も生活も県境に関わりなく広いフィールドで行われている。地方自治のエリアは実際都市と行政都市が一致していることが大原則。だが現在の47都道府県体制はそこから大きくズレ、社会の広域化が進む一方で各府県域は狭域化している。

 拡大した実際都市(圏)に合う新たな行政都市(圏)の創設、人口大減少のトレンドを加味した広域自治体の再構築は待ったなしだ。47都道府県という旧体制を解体再編し、広域圏を単位に約10の州をつくり、日常生活にあった広域圏行政の仕組みを創るべきだ。それが道州制である(図―1)。この改革で財政面だけでも20兆円近く浮く。消費増税10%分カットできる。

 日本はこの十数年、中央集権に代え地方分権体制が望ましいとし、様々な制度改革を進めてきた。2000年に475本の法律を一括改正した「地方分権一括法」の施行はその意思の表れだ。分権国家の究極の姿は「道州制」だとし、それに向けた改革構想も練ってきた。10年前の第1次安倍政権(06年~07年)は道州制担当大臣を置き、その設計を委ねられた道州制ビジョン懇談会は「2018年までに日本は道州制へ完全移行すべきだ」(08年3月中間報告)と提言し、必要な法整備を求めている。 

 この流れはいったん民主党への政権交代で止まるが、再び12年12月に政権復帰した自民党は「道州制推進基本法」をまとめ、与党公明らと法案提出の準備に入った。だが、迫る衆院選を前に格差拡大などを主張する全国の町村などの反対運動を受け、選挙に不利とみた安倍政権は2014年春、通常国会への法案提出を見送った。その後は鳴かず飛ばずである。

 しかし、そうした政治の意思とは別に、世の中の事態はより深刻な方向に進んでいる。人口減少は加速し、累積債務は1200兆円を超え、市町村の半数が消滅する危機にある。

大都市をベースに日本型州構想を

 現在の細切れのフルセット体制と、国民から遠い中央政府がセンターとして仕切る中央集権体制はどうみても時代に合わない。その改革方向は道州制移行にある。日本全体を約10の広域州とし、各州政府が内政の拠点となるよう大胆に分権化する。身近なところで税が集められ、使われていく。結果として、ムダは省かれ、人口・企業の地方分散は進み、日本全体が元気を取り戻すことになる。

図―2 新たな国と地方の仕組み

 これまで「幻の改革」構想と揶揄されてきた道州制だが、じつは日本は既に道州制の素地はできている。20政令市、60中核市をそれぞれ政令市→特別市、中核市→政令市に格上げし、この都市自治体に多くの府県業務を移管する。その上で内政(厚労、国交、文科など)に関わる国の本省業務、ブロック機関の業務、残存する都道府県の業務を融合する形で「州」政府を創設し、内政の拠点とすれば道州制は実現できる(図―2)。これまで北海道の「道」を意識し「道州制」と呼んできたが、北海道州、九州州と「州」で呼称を統一すれば、もはや道州制と呼ぶ必要もない。筆者はこれを「日本型州構想」と呼んでいる。

 歴史軸でいうと、明治期に国→府県→郡(一部市)→町村という4層制でスタートした統治体制は、20世紀中頃から国→都道府県→市町村の3層制となり、21世紀の今後は国→州(一部都市州)→市(一部町村)に組み替えることになる。心配だという、日常生活に定着している都道府県名は地名として残るし、甲子園の47県対抗高校野球も残る。生活上何の支障も出ない。自治体としての府県機能を即廃止という考えもあるが、新特別市、新政令市区域外の市町村を補完するカウンティ(郡)として残し、これまでの県の下にあった「郡」が半世紀かけて次第に自然消滅していったのと同じ方向をカウンティとしての府県も辿ればよい。

 日本を道州制に移行させるねらいは、次の3点にある。
 第1に、日本を地方分権の進んだ地方主権型の国家体制に変えること。
 第2に、東京一極集中を抑え、各圏域が自立的できる活力ある競争条件を整えること。
 第3に、国地方の統治機構を簡素化し、効率的で賢い統治システムに変えること。

 道州制移行で、各州は国から移された財源や立法権、行政権、一部司法権をフルに使い地域的に自立を始める。内政の拠点となる各州は広域政策の主体として、道路・空港・港湾など広域インフラの整備、科学技術の振興、州立大学などの高等教育、域内経済や産業の振興、海外都市との交易、文化交流、雇用政策、州内の治安、危機管理、環境保全、医療保険など社会保障サービスを担当する。政策減税で企業を呼び込むことも可能となる。国家権力は分散し、各州知事には実力ある政治家が就くようになる。ゆくゆく日本の首相は、州知事から選ばれる時代ともなろう。

国鉄改革と似ている道州制改革

 巷間、「道州制」はよく理解できないという声を聞く。実体がないのでそれも分かるが、ざっくり言えば、それは40年前の「国鉄改革」に似ているとみてよい。それまで万年赤字であった国鉄、全国の鉄路を1つのサイフと東京の本社で一括管理してきた「ドンブリ勘定の国鉄」を思い切って7つの民間会社(JR)に分割民営化し、日本の鉄道を再生させたあの改革だ。当初、地方切り捨てとか運行本数の地域格差が拡大すると批判されたが、それから40年経って結果はどうか。広域のJR各社が様々に経営努力をし、慢性赤字とガバナンスを失った国鉄は見事蘇ったではないか。

 日本の国地方を通じた道州制改革も同じことだ。現在のような、国地方がもたれ合い毎年60兆円もの赤字をたれ流し、歳出削減すらできず、累積債務が1200兆円にも膨れ、誰が経営責任を負っているか分からない。人気取り政策合戦、ポピュリズム政治が続き、与野党とも改革案すら出せない。こんなもたれ合い政治、どんぶり勘定の国家経営の先に何があるか。国家の破綻しかない。

 政策の失敗、歳入不足をひたすら借金で隠し、選挙が終わると屁理屈をつけながらそのツケを増税(値上げ)で国民に付け回す。これはどう見ても旧国鉄と同じではないか。

 こうした日本の統治体制を打破することなく、日本の将来に希望を持てと言っても国民には虚しく聞こえる。明治の「廃藩置県」が人口拡大期に備えた政治革命だったとすれば、これからの未曽有の人口縮小期に備えた政治革命は「廃県置州」ではないか。真の地方創生、日本再生はこうした統治機構の大改革からしか生まれない。日本の政治が真正面から挑むべきテーマは、この大改革だ。

佐々木 信夫(ささき・のぶお)/中央大学名誉教授
専門分野 行政学、地方自治論
1948年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了、法学博士(慶應義塾大学)。東京都庁16年勤務を経て、89年聖学院大学教授、94年~2018年中央大学教授。この間、2000~01年米カリフォルニア大学(UCLA)客員研究員、慶應義塾大学、明治大学、日本大学、埼玉大学など講師兼任。専門は行政学、地方自治論。第31次地方制度調査会委員、日本学術会議会員(第22・23期)、大阪府・市特別顧問など歴任。18年4月から中央大学名誉教授、(社)日本国づくり研究所理事長、大樹総研顧問教授。
著書に『老いる東京』(角川新書、17年3月)、『地方議員の逆襲』(講談社現代新書、16年3月)、『人口減少時代の地方創生論』(PHP研究所、15年3月)、『新たな「日本のかたち」』(角川新書、13年3月)、『日本行政学』(学陽書房、13年3月)、『都知事―権力と都政』(中公新書、11年1月)など多数。NHK地域放送文化賞、日本都市学会賞受賞。『この国のたたみ方―廃県置州のすすめ』(新潮新書)出版予定。

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