経済の発展には、仕事や雇用の創出が必要不可欠です。そして、その担い手として、アントレプレナー(起業家)および起業活動が果たす役割は小さくありません。起業活動やスタートアップ企業により経済発展や産業の成長が促されるといった経済観は、経済学者のシュンペーターの名前を用いてシュンペータリアン・ビューと呼ばれます。この視点に基づけば、起業活動は、生産や経済成長に影響をおよぼす生産要素の一つであり、経済学における土地、労働、資本を主とした生産要素に、起業活動も考慮できるということです。
ところで、人類は、産業革命の後、人口増大と経済発展に成功しました。しかしながら、それと同時に、農牧地の不足や、資源エネルギーの枯渇、生態系の破壊、環境汚染の問題、さらには、社会システムの内部においても、資源や食料の分配、貧富の格差、政治の腐敗、都市機能の麻痺、内戦・民族抗争の激化など、様々な社会問題が生じるようになりました。
そのような国際状況の中、世界の社会問題、特に環境問題に関する議論を行う様々な国際会議が開催され、日本が設置を提案した「環境と開発に関する世界委員会(WCED)」の初会合が1984年10月にジュネーブにおいて開かれました。この会合の初代議長であるノルウェーの元首相の名をとって「ブルントラント委員会」と呼ばれるこの委員会での議論の結果、経済発展と環境は、両立不可能なものではない、という認識が生まれ、ここではじめて「持続可能な開発」という新しい概念が提示されました。「持続可能な開発」の概念は、「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような発展」と定義されています。
ミレニアム開発目標(MDGs)の後継として、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された「持続可能な開発目標(SDGs)」も、その名の通り、この「持続可能な開発」の概念無しでは成り立たないものといっても過言ではありません。なお、SDGsでは具体的に、国際的な社会課題を克服するための17の目標・169のターゲットが掲げられています。
前述したアントレプレナー(起業家)から派生し、企業家精神や起業家精神とも呼ばれるアントレプレナーシップという言葉は、新しい事業や組織を創造しようと果敢に挑む姿勢や態度を意味します。また、ソーシャル・アントレプレナーシップは、その中で、社会課題を解決するという点により重点を置いているものです。つまり、ソーシャル・アントレプレナーシップが意味するところは、社会課題を解決する際に、ビジネスやマネジメントのスキルを応用し、問題の解決とともに収益の確保にも取り組む事業や組織を創造しようとする取り組みであると言えます。
世界中のアントレプレナーシップの状況に関する研究を長年実施しているGlobal Entrepreneurship Monitor(GEM)では、2009年および2015年の調査報告書において、ソーシャル・アントレプレナーシップについて特集を組んでいます。そこでは、ソーシャル・アントレプレナーシップを、簡潔に、「組織あるいは個人が関与している、社会的志向を有する、企業家・起業家活動」として定義し、詳細な類型化がなされています。類型化の決定基準・プロセスは、1.経済活動・お金よりも社会的ミッションを優先しているかどうか、2.主たる活動やプロジェクトから収益を得ているかどうか、3.社会的なイノベーション・変革を起こしているかどうかの3つであり、これらを組み合わせると、次の4つに類型化されます。1.伝統的なボランタリーな非営利組織・NPO・NGO、2.非営利型社会的企業または事業型NPO・NGO、3.ハイブリッド型社会的企業、4.営利型社会的企業の4つです。GEMの2009年の報告書によれば、これらの類型のなかで典型的なものは、「2.非営利型社会的企業」(24%)と「3.ハイブリッド型社会的企業」(23%)となっています。
近年、ソーシャル・ビジネスという言葉を目にすると思いますが、ソーシャル・アントレプレナーシップは、必ずしもソーシャル・ビジネスと同義ではありません。ソーシャル・ビジネスという言葉は、貧しい人々の経済的自立を助けるマイクロ・クレジット(小額無担保融資)という金融サービスを発案し、それをバングラデシュ全土に広めることによって貧困を軽減したノベール平和学賞受賞者ムハマド・ユヌス氏によって提案されたと言われています。ムハマド・ユヌス氏は、ソーシャル・ビジネスを提案するにあたって、次の三つのことを指摘しています。
第1に、経済学などにおいて、従来、人間は利己的な存在であるとされ、人間の集合体である企業(会社)も私的利潤の追求を前提に行動していると理解されてきました。しかし、人間は利己的であると同時に利他心を併せ持つ存在であり、会社組織にとっても、これら2つの行動動機に対応した次の2つの制度が必要といいます。1つは、従来型の個人的利益または利潤最大化を追求する会社(営利企業)であること、そしてもう1つは、他者の利益に専念する会社(ソーシャル・ビジネス)であり、資本主義社会において後者を新しく制度的に導入することが必要であるというのです。
第2に、ソーシャル・ビジネスは、その目的を確実に達成するため、組織面で、従来の会社にはない幾つかの特徴を持たせる必要があるといいます。具体的には、まず企業の所有者(株主ないし出資者)に対して配当金の支払いを行うとは限らないということです。これは、ソーシャル・ビジネスの活動に伴う利益は、その将来の活動のために使う必要があるという考え方に基づいています。つまり出資者にとっては、配当の受領ではなく他者の役に立つことが報酬になります。
第3に、上記の特徴を持つソーシャル・ビジネスは、現在の資本主義制度の中で運営されるべきものであり、ビジネスとしての厳しさが強く要請されることを強調しています。とくに、持続可能性のある経営、つまり営利企業と同様、経費を賄うだけの収益を確保すること、自らのアイディアを実行に移す野心的な起業家によって設立される必要があることなどの重要性を指摘しています。
ソーシャル・ビジネスの最も重要な基準は、社会的価値と経済的価値の創出と利潤を社会的活動の発達に再投資することです。
ここまで、持続可能な開発目標とソーシャル・アントレプレナーシップやソーシャル・ビジネスについて整理しました。それでは、日本の現状はどうなのか、また今後どのような研究や取り組みが必要なのか、最後に考えたいと思います。
筆者が「楽天インサイト株式会社」に委託し、11月22日~27日に配信回収した有効回答5,000サンプルの国内ウェブ調査結果(配信数66,636のうち回収数7,016(回収率10.52%))(性別・年代・都道府県で人口構成比に合わせて割付回収)を以下紹介します。
まず、「ソーシャル・ビジネス」という用語自体を知っている人の割合は全体の16.4%にすぎませんでした。そこで、ここでは、「社会起業」という用語を用い、その定義を「社会課題や地域課題を解決するために製品やサービスを提供する事業を始めること」としました。日本の起業家(経験者含む)は計7.9%に対し、社会起業家(経験者含む)はわずか4.4%でした。なお、社会起業家のうち、社会起業において、ボランティアや無償ではなく、サービスや商品の提供によって収益を得ている割合は、55.7%におよんでいることが分かりました。
また、今後、社会起業する意思が少なからずある人は7.8%である一方で、社会起業や社会起業支援に関心ある人の割合は21.7%、具体的に社会起業支援投資に関心がある人は12%に及ぶことが分かりました。なお、社会起業の阻害要因として、「失敗のリスク」や「自己資金不足」、「不十分な収入」を挙げる人が多く、関連して、どのような社会起業支援があれば良いかという質問に関しては、「資金調達支援(融資、投資、補助金、助成金など)」および「それらの情報」と回答する人が多い結果となりました。
一方で、SDGsに関しては、SDGsの内容を知っているという人はわずか7.3%、聞いたこともなく内容も知らないという人は74.7%におよぶことが分かりました。なお、SDGsの17の目標のうち、社会起業家が重要だと考える目標は、「貧困をなくそう」、「すべての人に健康と福祉を」、「安全な水とトイレを世界中に」が上位3つとなりました。
このように、日本においては、SDGsの認知も、ソーシャル・アントレプレナーシップを有した人も、ソーシャル・ビジネスも、まだまだ少ないのが現状であると言えます。しかしながら、その一方で、社会起業に関心がある人、支援したいと思っている人は少なからず存在し、実際に様々な社会起業支援も進められています。
例えば、九州大学には、ユヌス&椎木ソーシャル・ビジネス研究センターというムハマド・ユヌス氏の名前を冠し、同氏と連携した活動を実施しています。同センターが主催するユヌス&ユー(YY)ソーシャル・ビジネス・デザイン・コンテストは、若い人へのソーシャル・アントレプレナーシップの醸成を促しています。(なお、2018年の同コンテストには、筆者の所属する中央大学商学部の学生も多数参加し、そのうちの1グループが、学生部門で優勝しました。)
このような地道な活動および関連する学術的な研究を積極的に進め、持続可能な開発目標におけるソーシャル・アントレプレナーシップの実践者、支援者、研究者の有機的なネットワーク、いわば、「ソーシャル・アントレプレヌール・エコシステム」を構築することが、今後、必要不可欠であると思います。
2019年冬号
学生記者が、中央大学を学生の切り口で紹介します。
外務省主催「国際問題プレゼンテーション・コンテスト」最優秀の外務大臣賞に 及川奏さん(法学部2年)/赤羽健さん(法学部1年)
Chuo-DNA
本学の歴史・建学の精神が卒業生や学生に受け継がれ、未来の中央大学になる様を映像化
Core Energy
世界に羽ばたく中央大学の「行動する知性」を大宙に散る無数の星の輝きの如く表現
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