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オピニオン

上原 誠

中川 深雪 【略歴

児童虐待防止多機関連携への更なる強化に向けて

中川 深雪/中央大学法科大学院特任教授・派遣検察官
専門分野 刑事法学

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児童虐待の現状

 新聞報道によると、全国の児童相談所(児相)が平成28年度に対応した児童虐待件数(速報値)は、12万件超と、調査を開始した平成2年以降連続増加、過去最多を更新している。平成29年度犯罪白書においても、児童虐待に係る事件の検挙数は1041件と平成19年の約3.5倍であり、とりわけ暴行事件が著しく増えている。刑法犯の認知件数は,平成14年をピークに減少しており、平成28年は99万6,120件と戦後初めて100万件を下回っていることと対比すると、児童虐待事件数の増加は極めて顕著である。

 また、児童虐待事件の加害者の67パーセントが実親であることからもわかるように、児童虐待事件は、家庭内での犯罪であり、第三者には見えにくい、いわば密室での犯罪である。これまでは、法は家庭に入らずとの考えや、親のしつけと称する暴行を容認する風潮があったが、DVの犯罪化をはじめとする、家族内暴力に対して社会が介入するという社会的態度の変化、国民意識の変化が、近年における児童虐待事件数増加の一因であることは間違いないであろう。

 児童虐待事件を早期に発見し、死亡事件等取り返しのつかない事態を未然に防止するためには、何よりも、関係機関における情報共有と迅速な対応が不可欠である。

アメリカにおける児童虐待防止多機関連携チーム

 筆者は、約20年ほど前、法務省在外研究として、アメリカ合衆国における児童の性的搾取及び被害児童の保護に関する刑事制度の運用実情調査を行ったが、その際、児童虐待の事件に関係する機関が一か所に集まり、被害児童が必要とするサービスを一か所で提供する「子供の権利擁護センター(Children’s Advocacy Center)」を見学する機会を得た。被害児童は、それまでは、医者、福祉関係者、警察署、検察庁と関係機関に個別に出向かねばならず、かつ何度も事情聴取を受けることから、さらなる精神的苦痛を受けることや、また必要なサービスを受けられず、事件処理も効果的ではなかった。そこで、被害児童保護の観点から、被害児童の精神的苦痛を最小限にし、児童虐待事件の捜査・公判を効果的に遂行するために、上記関係機関による多機関連携チーム(Multidisciplinary teams)を構築することが求められるようになった。

 具体的には、児童虐待の報告があると、ただちに被害児童がセンターに連れてこられ、まずは被害に関する事情聴取が行われるが、児童からの事情聴取に必要な訓練を受けた取調官1人が被害児童から事情聴取し、他の関係者は別室のモニター画面でその模様を見るという方法で行われる。その後、必要に応じて、医療サービスやソーシャルサービスなども受けることができるというシステムである。

 見学したセンターのうちの一つであるジョージア州のセンターには、待合室、会議室、カウンセリング室、治療室、インタビュールーム等合計14個の部屋があり、いずれの部屋も訪れた児童に威圧を与えないよう配慮され、日本の保育園のような内装が施されていた。センターには、責任者、セラピスト、警察官が常駐し、医者や検察官は必要に応じて招集されるというものであった。

 さらに、アラバマ州にある「全米子供の権利擁護センター」が毎年開催する全米会議にも参加したが、そこでは、アメリカ国内から児童虐待事件に関与する司法関係者、医療関係者、福祉関係者が集まり、被害児童の面接方法や迅速的確な証拠収集方法等児童虐待に関する問題についての熱い討論が繰り広げられていた。

我が国における関係機関連携の現状

 我が国でも、児童虐待事件の増加を受け、平成27年から、検察、警察、児童相談所の連携強化に向けた取組が開始され、三者ないし二者による協同面接が実施されるようになった。検察庁では、心理学知見を用いた児童の事情聴取方法に関する外部研修への参加や、外部講師を招いての児童虐待事案に適切に対処するための研修が実施されている。

 また、同じ平成27年には、アメリカのセンターと同様な施設、スタッフを備えた日本初の「子どもの権利擁護センター」が神奈川県内に設立された(https://cfj.childfirst.or.jp/参照)。

 このような中、本年3月に5歳の女の子が目黒区内で両親からの虐待によって死亡するという痛ましい事件が発生したことは、関係機関の連携がいまだ不十分であることを如実に物語っている。20年前に出会った児童虐待事件を扱ってきたアメリカの検察官も、当初は福祉関係者と司法関係者の間で、事件処理に関する意見が食い違い衝突することもあったが、徐々にお互いに歩み寄って理解を深めていったと述べていたが、異なる分野での専門家同士の連携を図るには、有る程度の時間がかかることはやむをえないところでもあろう。

児童虐待防止多機関連携への更なる強化に向けた提言

 福祉関係者と司法関係者の協力関係は、再犯防止に向けた取組の中でも既に始まっている。各省庁縦割組織である我が国においては、人や予算に関する制度上の壁があり、なかなかすぐには実現できないところもあろうが、増加の一途を辿る児童虐待を少しでも防止するためには、まずはできることから始めることが必要である。

 そこで、すぐにでも取り組めるものとして、児童虐待防止に関する共同研修の実施を提案したい。上記アラバマ州で開催される研修のように、一年に一回、児童虐待事件に関与する司法関係者、医療関係者、福祉関係者が集まって、児童虐待に関する基本的なものから最新の問題点を含めてさまざまなトピックについて議論する。参加者は、専門分野の知識をより一層深めることをできるだけでなく、専門分野以外の知識も修得できる。何よりも、普段は接点のない他の専門家と顔を合わせ意見交換することで信頼関係の構築に役立つ。一方通行型の研修よりは、双方向、多方向型の研修のほうが、多機関連携を強化するためには有効である。法務省、警察庁、厚生労働省には、早急にこのような共同研修の実現に向けた検討を開始されることを願っている。

中川 深雪(なかがわ・みゆき)/中央大学法科大学院特任教授・派遣検察官
専門分野 刑事法学
広島県出生。京都大学法学部卒業。
平成2年4月検察官に任官、東京地検、広島地検、横浜地検、さいたま地検、法務省人事課、内閣官房等で勤務。
平成27年4月 中央大学法科大学院に派遣、現在に至る。

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