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オピニオン

上原 誠

上原 誠 【略歴

銀行員から弁護士に転身して

上原 誠/上原誠法律事務所、弁護士、中央大学法科大学院実務講師
専門分野 法律実務、企業法務、金融法務

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銀行員から弁護士になって

 裁判員裁判の導入といった、我が国の一連の司法制度の変革の基礎となった司法制度改革意見書[1](以下、「意見書」。)が出されてから17年が経過した。また、意見書の中で、「プロセス」としての法曹養成制度の整備がうたわれ、その中核として法科大学院が誕生[2]してから14年が経とうとしている。その間、一定数の社会人経験者が、企業から、行政機関から、その他様々なバックグランドを有する者が法曹界に転身したことであろう。そこで、銀行員とりわけメガバンクで10年以上の勤務経験者が、実際に弁護士に転身して経験したこと、あるいは考えたことを述べてみたい。

法科大学院をめぐる状況

 法科大学院を設置する大学は最大74校あったが、平成30年度の入学者募集をしたのは僅か39校となり、35校が撤退している[3]。また、入学定員は、平成17年度には74校で5,825人となっていたが、平成30年度の予定では2,330人と4割にまで低下している[4]。さらに、実入学者数を見てみると、平成17年度の5,544人から、平成30年度は1,621人と3割にまで激減しており、法科大学院を経由して法曹になろうとする母数は大きく減少している。我が中央大学法科大学院の実績を見てみても、平成16年度の募集人員は300名、出願者は5,413名であったが、平成30年度の募集人員は200名、出願者は1,012名と、大きく減少している[5]

司法試験合格率について

 法科大学院の数及び入学者数が減少しているとはいえ、法科大学院修了後に司法試験に合格していない滞留者が未だ一定数いるためか、司法試験の合格率は、現時点では僅かに上昇傾向が認められるにすぎず、平成29年でも25.9%にとどまる[6]。今後の合格者数は毎年1,500人程度で推移するとみられており、現状の法科大学院の入学者数(平成30年度は1,621人)からすると、将来的に合格率は大幅に上昇することが予想される。また、法科大学院の修了者が最終的に司法試験に合格した割合を示す累積合格率をみると[4]、50%を超えているのが16校、40%を超えているのが29校となっており、かつ累積合格率が高い学校こそが撤退せずに生き残っていることになる。さらに、累積合格率が60%を超えているのが12校、その中でさらに70%超の最上位も5校あり、これらはいわゆる上位ロースクールと称されている。参考までに、我が中央大学は、68.2%で6番手に位置している。これらの数値から、累積合格率の高い学校が、抑えの利いた入学者数を受け入れる状況が見受けられ、今後は、法科大学院を経て司法試験を目指せば、相当程度の割合で合格し法曹資格を得る可能性があり、当初の理念であった、「プロセス」としての法曹養成制度が、紆余曲折の末にやっと整備されようとしているのではないだろうか。

 もっとも、司法試験の受験資格として法科大学院の修了ではなく、予備試験に合格するルートもあり、予備試験組の合格率の高さ[6]及びいわば近道との印象から法科大学院を経由せずに合格を目指す者も多く、意見書で懸念されていた受験予備校の弊害や「プロセス」としての法曹養成制度の潜脱が懸念されるところである。

法曹を目指す動機

 各種統計では、年齢、法学部か非法学部か、既修か未修か、といった計数は発表されているが、社会経験の有無及びその経験年数といったカテゴリーでの集計がないため、例えば10年以上の社会経験を有する者の計数を把握することは困難である。もっとも自身の法科大学院、司法修習及び弁護士としての法曹実務家の経験からすると、一定年数の社会経験ある者は、1割程度は存在しているであろう。そして、法曹への転身の動機として、専門性の特化、社会貢献、組織を離れる、力量を試す、といった言葉を聞くことが多い。公約数的には、自身の人生を自身でコントロールする、といったことに収斂されると考えている。つまり、転身するということは、人それぞれ動機は異なるにしても、その動機を実現するために、所属組織、社会的地位、職責、人的関係、時間や資金等の資源配分といった環境を、自らの意思で変化させることになるのであるから、積極的に自身の人生に働きかけることで自身の人生のコントロール度合いを高める点において違いはないのであろう。

社会経験と任官任検

 一定年数以上の社会経験を有する者は、基本的に弁護士となるのであろうが、裁判官又は検察官となる道はありうるのか。裁判官又は検察官として採用されるにあたり、年齢等で排除する明確なルールはないが、実際は極めてハードルが高い。これは、弁護士も含めた法曹界全体において司法修習を受けた時期にて、法曹としての経験年数が序列化しているため、仮に10年の社会経験があったとしても法曹としては1年目としてしか迎えられないという現実があるからである。法曹経験年数にのみ比例した給与体系及び一定の年数を経ないと任じられないポジションに上がることを考えると、実年齢とのギャップはデメリットとなる。弁護士が裁判官に任官する制度もあるが[7]、これとて一定年数の弁護士経験が求められている点で同様である。必要な素養と見識を備えていたとしても、転身組にはデメリットの壁はあまりに高い。私のように10年以上の社会経験ある者が任官等した例は寡聞にして知らないが、はたして存在するのであろうか。

弁護士となって銀行に思うこと

 銀行の収益環境が厳しいとは巷間よく言われていることである。低金利により間接金融の利幅が薄くなったため、手数料収益で稼ぐビジネスモデルを目指すものの、なかなか有意に転換するのは困難なようで、特に地域金融機関がより困難な状況にあると聞く。そんな中、中小企業の経営者から、従来の融資をパッケージ化して高額のアレンジメントの手数料を徴収される、個人の方から、乗り気ではないのに投資信託や保険商品等の運用商品をしつこく勧誘される、といった話を聞く機会がある。銀行員時代は、顧客と銀行は同じ方向を見ていると信じていたが、契約法理では利害が対立する立場にある取引の相手方でしかない。弁護士として代理人になるのとは天と地ほどの差があると感じている。現在は、消費者が、買いたいものを、買いたい時に、買いたい場所で、買いたい値段で買うのが当たり前である。はたして、金融商品は、そうなっているだろうか。売りたいものを・・・となっていないか。その他にも、民事信託における信託口座の開設ができない、経営者保証に関するガイドライン[8]に基づいて従来の保証の解除を交渉しても埒が明かない、複雑な仕組債を投資に不慣れな高齢者に勧誘する等、外から眺めて、はじめて分かることはあまりに多い。私自身は、銀行に対するアンチテーゼとして法曹を目指したわけではないが、銀行の立場も経験したことのある弁護士として、いたずらに対立するのみではなく、有益な提言もしていきたいと考えている。

上原 誠(うえはら・まこと)/上原誠法律事務所、弁護士、中央大学法科大学院実務講師
専門分野 法律実務、企業法務、金融法務
千葉県出身。1971年生まれ。1994年明治大学政治経済学部経済学科卒業。1994年から2007年まで株式会社三井住友銀行(入行時は住友銀行)勤務。2011年中央大学法科大学院修了、司法試験合格。2013年弁護士登録。松田綜合法律事務所を経て、2016年神保町に上原誠法律事務所を開設。2013年より中央大学法科大学院実務講師、明治大学法制研究所指導講師を務め、2014年より独立行政法人中小企業基盤整備機構 経営支援アドバイザーに就任。共著「消費者相談マニュアル(第3版)」(東京弁護士会 消費者問題特別委員会編/商事法務)他、多数。

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